第19話 雨宮雫は選びたい
駅から出ているバスに揺られること十数分。
俺達は県内屈指の大きさを誇るショッピングモールを訪れていた。
「わぁ、大きい……」
「もしかして雨宮さんはここに来たの初めてだったり?」
「(こくり)」
「そりゃまた珍しい」
この町の人間なら誰でも一度は訪れてそうなものなんだが。
雨宮さんはキャスケットで目元を隠しながら、
「お父さん達が忙しくて、こういうところにはあまり連れてきてもらえなかったから……」
「そういえば湊さんって編集者だったっけか」
特に出版社の編集者の忙しさは群を抜いていると聞く。毎日終電、休日返上、酷い時には一週間ほど泊まり込み。将来どんな仕事に就くかなんてまだ考えてすらいねえが、編集者だけは絶対に目指さないと思う。まあ、だからって小説家を目指したりもしないだろうけど。親父があんなだし、そもそも小説家なんて今のご時世生き残れるような仕事じゃねえし。
って、そんな大人の事情についてはどうでもいいんだ。今は雨宮さんとのお出かけに集中せねば。
「じゃあ、ショッピングモール初見の雨宮さんが楽しめるように俺がエスコートしてやらねえとな。……まあ、彼女いない歴=年齢のド平凡モブである俺が学園一の美少女である雨宮さんを上手くエスコートできるとは思えないけど」
「大丈夫。日野くんが選んだ場所なら、どこだって楽しいと思う」
「…………」
これが他の人だったら『アハハお世辞が上手いなあ』で終わるんだろうが、相手はあの雨宮さんだ。思ったことはフィルターを通すどころかオブラートに包むことすらせずにそのまま口に出してしまう、あの雨宮雫さんだ。きっと、今の言葉も本気で口にしているに違いない。
雨宮さんは俺を嫌ってはいない。それはもう分かっている。俺ともっと仲良くなりたい、もっと距離を縮めたい――数日前に彼女は確かにそう言っていた。
だからこそ、分からない。
俺のことを何も知らないはずの彼女がどうしてそこまで俺に友好的なのか、俺には全然分からない。
「…………本当の気持ちなんてそう簡単にゃ分かんねえよなあ」
「本当の気持ち?」
「何でもない。そんなことより早く行こうぜ」
「???」
不思議そうに首を傾げる雨宮さんに俺は取り繕った笑顔を向けつつ、彼女の手を取り駆け出した。
★★★
雨宮さんを引き連れた俺がまず足を運んだのは、ショッピングモール内で最大級の規模を誇る大手カジュアル衣料品店だった。
(同級生の女子をユニ〇ロに連れて行くのはどうなんだ、と思わないでもねえが、今日の目的はピンクのシャツだからなあ……)
ピンクであればどんなシャツでも良いからなるべく安いものを買おうってことでこの店を選んだ訳だが、やっぱりまずかっただろうか。……ここに森屋さんがいたら「マイナス10紅葉ポイントです」って言われそうだなあ。
自分の選択に自信が持てず、恐る恐ると言った様子で隣の雨宮さんのほうを見やる。
「ここがユニ〇ロ……!」
なんか異常なぐらい目を輝かせていた。
「……もしかしてユニ〇ロに来たことないんすか……?」
「(こくり)。服はいつも都市部にあるブランド品ばかり買っているから、こういうところに来るのは初めて……新鮮……」
「…………」
偶然にも喜ばれてしまったのでとても複雑な気分でございます。いや、男としては女の子をユニクロに連れてくるのは普通に不正解だと思うんだよ。だってデートで来るようなところじゃないし、ここ。
でも、まあ……うん。雨宮さんが喜んでくれてるからいっか!
「よっし、じゃあピンクのシャツ探すついでに色々と見てみるとするか」
「でも、今日は日野くんの服を見に来たんじゃあ……」
「二人で一緒に来たんだし、二人ともが楽しめるようにしないとだろ? まあ、それだけじゃなく、雨宮さんはユニ〇ロに初めて来たみたいだし、気になるものもたくさんあるだろうなって思ったのもあるんだけど」
「それは、そうだけど……」
遠慮がちに目を伏せる雨宮さんの手を俺は握り直す。
「俺達は友達同士なんだから、遠慮なんてしなくていいよ。……それに、雨宮さんがどんな服を気に入るのか、ちょっと気になるし」
「……本当は、色々と見てみたい」
雨宮さんは俺の手を握り返すと、小さく微笑む。
「付き合って、くれる?」
「ピンクのシャツを買った後で良ければ、いくらでも」
★★★
ラッキーアイテムはピンクのシャツ。
柄の指定も袖の長さの指定もないのですぐ見つかるやろ――そう思っていた時期もありました。
「んー……日野くんにその柄は似合わない。こっちの方が良いと思う……」
「あのー、雨宮さん? そもそも俺はこのシャツを普段使いするつもりはなくてですね……?」
「大丈夫。私が日野くんにベストマッチするシャツを選んでみせる」
「ピンクシャツの何が君をそこまで熱くさせているというのか」
現在、俺はシャツ売り場にて十字架の姿勢で立ち尽くしている。目の前ではピンクのシャツを手にとっては俺の身体に添えてはうんうん唸る雨宮さんの姿が。
もうお分かりであろう。そう、俺は今、雨宮さんに着せ替え人形にされているのだ。
「とはいっても、張りぼてみたいなもんだけどな」
「ボーダーかドット、どっちの方が良いんだろう……」
「もしもし雨宮さん? ピンクの割合がどんどん減ってきてますよ?」
「……気づかなかった。選び直す」
「いやー、もうてきとーで良いんじゃねえかなー……」
「良くない」
「あ、はい、すんません……」
自分の服を選んでる訳じゃないのに何でこんなに真剣になっているのかが分からない。しかも普段用じゃなくて単にラッキーアイテムとして買いに来ただけなんだが……まあ、雨宮さんが楽しそうだし良いか。
雨宮さんは持っていた服を畳んで商品棚に戻し、再び選定作業を開始する。それはさながら獲物の隙を伺う狩人の様。だが残念ながらここはジャングルではなくショッピングモール、対象は動物ではなくピンクのシャツである。
「うーん……うーん……ん、決めた。これにする」
そう言って彼女が手に取ったのは、背中に巨大な猫の顔(やけにリアル)がプリントされたピンクの半袖シャツ。
「……因みに、それを選んだ理由は?」
「猫が可愛い」
「可愛い……?」
キシャーッ、って威嚇してる顔なんですが。歯を剥き出しで今にも襲い掛かってきそうなんですが。……女子の好みはよく分からねえ。
猫顔プリントに頬を引き攣らせていると、雨宮さんが心配そうに下から俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして、気に入らなかった……?」
「…………」
気に入るも何も普段使いするつもりはないから柄なんてどうでも良いんだが、申し訳なさそうな雨宮さんを見ていると何故か尋常じゃない罪悪感に襲われ始めた。ええい、しょうがない。
「いや、すげえ気に入ったよ。特にこの猫の顔が良いな、うん。全てを威嚇し何者も寄せ付けない格好良さを感じるよ」
「格好良さ……? 可愛いじゃなく……?」
「も、もちろん可愛いよ!? だって猫だし! 猫が可愛くない訳ねえじゃん!?」
「ん……猫は可愛い。真理」
どうやら雨宮さんは大の猫好きの様です。
雨宮さんが選んだシャツを買い物かごに放り込み、俺は後頭部を軽く掻く。
「んじゃ、次は雨宮さんの服でも見ようか。時間はいっぱいあるし、好きなだけ連れ回してくれていいぞ」
「ん、分かった。満足するまで連れ回す」
ふんす、と鼻息を荒くする雨宮さんがとてもとても可愛かった。
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