第18話 日野大地は信じたい
『今日の一位はてんびん座のあなた! 予想だにしない方向からラッキーが飛んでくるでしょう! でも、油断は禁物。調子に乗りすぎると後で痛い目を見ることになるかも? ラッキーアイテムはピンクのシャツ。ピンクな装いでラッキーを呼び集めちゃお☆』
「…………」
森屋さんとの疑似デートから数日が経ったとある休日。
親父と雨宮さんがまだ爆睡する中、俺は居間でミカンを貪り食いながら今日の星座占いをぼーっと眺めていた。
「予想だにしない方向からラッキーが……」
意外と思われるかもしれないが、俺は結構占いの類を信じるクチだ。血液型占いに名前占い、誕生日占いに星座占い。駅前の手相占いなんか何度も行き過ぎて占い師の婆さんに顔を覚えられてしまっている。
それぐらい占いを信じている俺が、星座占いで自分の星座が一位に選ばれたのを見たらどんな行動を起こすのか……そんなの、わざわざ答えるまでもない。
「ピンクのシャツはまだ持ってなかったな……」
タンスの中の衣服を思い浮かべながら、俺はその場で立ち上がった。
★★★
「という訳で近くのショッピングモールにピンクのシャツを買いに行きたいんだが、良かったら一緒に行ってくれないか?」
「占い一つで休日の行動が決まるんだ、日野くん……」
部屋を訪れた俺を出迎えたのは、寝惚け眼を擦る雨宮さんだった。寝起きということもあってか頭には寝癖がついており、ただでさえいつも眠そうな瞼は今にも閉じようとしていた。
雨宮さんは欠伸を噛み殺しながら、
「ふぅ、っく……ふにゃむ……私は構わない、けど……準備の時間が欲しい……」
「そりゃあもちろん。流石に寝間着寝癖寝惚け眼のまま外に連れ出そうとは思ってねえよ」
「うん……」
会話の途中なのに舟を漕ぎそうになっていた。学校がある日はいつもシャキッとしてるから朝は結構強い方だと思っていたのだが……今日が休みだから夜更かしでもしていたのかな? それとも単に休日だから気が緩んでいるだけとか?
「じゃあ、準備ができたら居間に集合ってことで。オーケー?」
「おうけぃ……」
「……本当に大丈夫かなあ」
むにゃむにゃと眠気と戦う雨宮さんに苦笑しつつ、俺も準備のために自室へと戻る。扉を開いて入室し、今日着る服の選定に入——ろうとしたところで、俺はふと気づいた。
「あれ……これってもしかしなくても、俺が雨宮さんをデートに誘ったってことになるのでは……っ!?」
俺の人生の中で二度目のデートってことになるのでは? 因みに一度目はこの間の森屋さんとの偽デートです。
「いや、待て待て。俺たちは恋人じゃなく友達だ。許嫁の関係ではあるが、今はただの友達ってことになってる。だからこれはデートじゃあなくて、互いの好みとか意外な一面とかを知るために必要なこと……ええと、つまり、遊びだ遊び、うん」
必至に言葉を探しながら、俺は何を言っているのだろうか。これがデートだと認められない自分への言い訳か? それとも俺とどこかに出かけることをデートと言ったら雨宮さんに『自意識過剰すぎる』と言われてしまう未来へのショックを和らげるための予防線?
「……いっそのこと友達じゃなく恋人同士だったらこんな変な悩みを抱かずに済むのかなあ」
叶いもしない願いに肩を竦めつつ、俺はクローゼットの扉を開いた。
★★★
「お待たせ」
天使が舞い降りた。
「…………」
「……日野くん?」
「——ハッ! ご、ごめん。あまりの衝撃に脳がショートしちまってたみてえだ」
「???」
言葉の意味が分からないのか、雨宮さんは可愛らしく首を傾げる。小動物を彷彿とさせるその動きに俺の心臓が大きく跳ねた。
どうして俺がそんな露骨な反応をしてしまっているのか。それは、初めて見る雨宮さんの私服が原因だ。
服装としては、黒のキャスケットとバルーン袖のトップス、下には裾を捲ったデニムを履くという至ってシンプルなもの。だが、シンプルだからこそ彼女の美貌が引き立てられている。まさに天使。雨宮雫イズエンジェル。俺のテンションがおかしくなってしまうぐらいに超可愛い。
(いかん。このままでは心臓が破裂しちまう。落ち着けー……落ち着けー……)
深呼吸深呼吸アンド深呼吸。乱れた精神を押さえつけ、呼び起こすのは普段の落ち着いた理性。いつものモブイズモブな日野大地よ、目覚めたまえ……。
「って、誰がモブやねん」
「さっきからどうしたの?」
「何でもねえから気にしないで。寝起きでまだちょっと頭が覚醒し切ってないとかそんな感じだから」
「ん、分かった。あなたがそう言うなら気にしないことにする」
気を遣わせてしまっただろうか。……後でスイーツでも奢って埋め合わせするとしよう。
「じゃ、互いの準備も終わったことだし、そろそろ行くとするかー」
「……父さんを置いて二人でどこに行くんだぁ?」
「ひっ……」
「心臓に悪いからいきなり現れるのやめろや」
慌てて俺の背後に隠れる雨宮さんを庇いつつ、いつの間にか居間に現れていたクソ親父に文句を飛ばす。
親父は無精髭を手で摩りながら、
「いやあ、すまんすまん。なんか良さげな雰囲気だったから声をかけるのが少し憚られてな」
「そうか。それで本音は?」
「すげえイチャラブ空間だったから小説のネタになるんじゃないかと思った」
「息子とその許嫁を自分の仕事に使おうとするんじゃねえ……ッ!」
職業病ここに極まれり。小説家ってのはみんなこうなのだろうか。……こうなんだろうなあ。
「で、そんなおめかししてどこに行くんだ?」
「ピンクのシャツを求めて近くのショッピングモールに」
「……なんで?」
「今日の星座占いでラッキーアイテムとしてピンクのシャツが提示されたから」
「……オレが言うのもなんだが、お前って結構変わってるよな」
「本当にあんただけには言われたくなかったよ!」
面白い小説を書くためなら手段を択ばないような変人にだけは絶対に言われたくない一言だった。つーか占い大好きな男子高校生がいたって別にいいじゃんかよ。俺だって幸せになりてえんだよ。
「まあ、何を買うかはともかくとして、二人が許嫁になってから初めてのデートに行くということだな。よし、お父さんが特別にお駄賃をくれてやろう」
そう言って親父は懐から一万円札を取り出し、こちらに手渡してきた。
「生みたてホカホカの一万円札だ。これで美味しい物でも食べてきなさい」
「生暖かくてキモいから財布に入れたくないんだけど……」
「私のお財布に入れておく?」
「それはそれでなんか嫌だから大人しく俺の財布に入れとくわ」
「息子が辛辣すぎてお父さん泣きそうだよ」
「親父がバカすぎて息子も泣きそうだよ」
よよよ、とわざとらしく嘆く親父に溜息をお見舞いしつつ、俺は雨宮さんの手を取り玄関へと移動を始める。親父は腹を掻きながらついてきた。どうしてついてくるんだよ、と聞く必要はない。どうせ暇だから見送る、とかそんな理由に決まってるし。
雨宮さんが靴を履き終わるのを待ちながら、俺は親父に礼を言う。
「とりあえず食費ありがとう。夕飯までには帰るよ」
「オレの昼飯は?」
「自分で作れ。それが嫌ならカップ麺でも食ってろ」
「うーん、しょうがない。出前でも取るとするか」
「また無駄遣いを……」
金遣いの荒さは本当に直してほしい。いくら小説で稼ぎまくっているとはいえ、あまり褒められた癖ではないし。
「日野くん。次どうぞ」
靴を履き終わった雨宮さんに促されるがまま、自分のチャッカブーツに足を滑り込ませる。少し行儀が悪いが、足が奥まで入るように爪先をタイルに打ち付けることも忘れない。
「よし、と……んじゃ、いってくるよ」
「いってきます、お義父さん」
「おーう。初デート楽しんでくるんだぞー。そしてオレにどんな感じのデートだったかをちゃんと報告するんだぞー」
「善処します」
「嫌なら嫌って言ってもいいんだからな?」
親父の悪ノリに律義に返す雨宮さんに呆れつつ、俺は玄関の扉を開け放った。
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