第17話 森屋紅葉は語りたい

「突然ですが、実はあたし、一年生の頃、雫様と二人で図書委員を務めていたんです」


 パフェをスプーンでザクザク刺しながら、軽い口調で森屋さんは話し始めたってちょっと待て。


「え、雨宮さんと同じ委員会だったの?」

「一年生の一学期の間だけですが」

「じゃあ何で雨宮さんはお前と初対面みたいな態度だったんだ……?」

「ああ、それはあたしのビジュアルが大きく変化しているせいかと」


 森屋さんはスマホを操作すると、俺に画面を見せつけてきた。見ると、そこには黒縁眼鏡と黒髪ロングが特徴の少し地味目な美少女が。


「これが一年生の頃のあたしです」

「想像以上に陰属性ッ!? 一年の間に何があったんだよ!」

「根暗女なりの一年遅れの高校デビューです。因みに髪は染めて、目にはコンタクトをぶち込んでいます」

「胸の大きさはリデビューしなかったんだな」

「あなたの胸をあたしの拳で凹ませてあげましょうか?」

「全力でごめんなさい」


 椅子から飛び降り即土下座した。周りの視線が痛かったが、それ以上に森屋さんの殺気に満ちた絶対零度アイの方が怖かったので仕方がない。多分こいつ今までに五、六人は殺してると思う。


「ったく……話を戻しますよ? いいですね?」

「もう余計な茶々は入れないからそのアツく握りしめた拳をどうかお納めください……」

「チッ」

「何で今舌打ちしたの?」


 縋るような俺の視線を華麗に見なかったことにしつつ、森屋さんは話を再開する。


「図書委員の選定についてですが、立候補する人がいなかったため、くじ引きによって決められました。雫様と図書委員をすることになったあたしに友人達は『羨ましい』と言い、男子達は『代わって欲しい』とか言ったりしていましたけど、その時のあたしは彼女達の態度が理解できませんでした」

「へえ……今とは全然違うんだな」

「雫様の魅力を全く理解できていなかったのですから当然です。ぶっちゃけ『美少女だからって周囲から持ち上げられて良い御身分だな』ぐらいに思っていました」

「よく知らなかったくせに初期評価低過ぎだろ」


 そこまで言ったところで、伊織と知り合ったばかりの頃、俺も同じような評価をあいつに抱いていたことを思い出し、静かに口を引き結んだ。

 森屋さんは依然パフェを突きながら、


「気に食わない美少女との委員会活動はぶっちゃけ何も楽しくありませんでした。まあ、雫様は無口な方ですしあたしも自分から仲良くしようとするタイプではありませんでしたので当然っちゃあ当然の結果なのですが、せっかくの放課後をこんな退屈な時間で潰さなければならない日々にあたしは段々と辟易していきました」


 想像以上に今とは似ても似つかない森屋紅葉さんだったようです。つーか思考回路が捻くれ過ぎだろ一年生森屋さん。今とは別ベクトルで拗らせまくってるよ。


「委員会の活動は学期末まで。あたしは早く夏休みになることを願いつつ毎日を過ごしていました」


 森屋さんは頬杖を突き、窓の外を見つめる。緋色に焼けた空が一面に広がっていた。


「……そんなある日、友人達との雑談で委員会に遅れたあたしは図書室の扉を恐る恐る開きました。そこにはもちろん、雫様が相変わらずの無表情でたった一人でいらっしゃいました」

「…………」

「ああ、怒っているなと身震いしたあたしは足音を立てないように図書室に足を踏み入れ……そして、雫様が本を見ながら何かを呟いている姿を目撃したんです」

「何かを……?」

「それはコミュニケーションについて書かれた本でした。雫様はコミュニケーションについての本を読みながら、会話の切り出し方の練習をしていたんです」


 窓の外から俺へと視線を移し、森屋さんは照れ臭そうに微笑む。


「後になって聞いてみたら、雫様は退屈そうなあたしに委員会活動を楽しんでもらいたくて、会話の練習をしていたそうです。それを聞いて、あたしはその健気さ、そして優しさに心を打たれました。いけ好かない奴、とまで思っていたのにですよ?」

「……まあ、あんなに可愛い人が自分のために一生懸命になってくれてたら、誰だってときめいちまうわな」

「我ながらちょろいと思いますが、でも、だからこそあたしは雫様のことを好きになってしまったんです。……本人には言ってませんし、あたしもあたしで姿やキャラを変えてしまっていますから気づかれもしないでしょうけど」

「…………」


 実はその人この会話を同じ店の中で聞いてるんですよ、と言える空気じゃあなかった。本人的には胸に秘めておきたい気持ちだろうし、ここは口を閉ざしておくのが得策だろう。

 スプーンでパフェを掻き混ぜながら、森屋さんはクスリと笑う。


「以上が、あたしが雫様に心酔するに至るまでの経緯です。ご満足いただけましたか?」

「……もう一つだけ聞いてもいいか?」

「はい。何でしょう」

「お前がそんな陽キャみたいになったのって、もしかして雨宮さんと上手く話せなかった頃の自分と決別するためだったりするのか?」

「…………そのデリカシーの無さだけは要改善ですね」


 そう言うと、森屋さんはむすーっと頬を膨らませた。



     ★★★



 パフェを食べ終え、会計を済ませた後、俺と森屋さんは駅の改札口付近にやってきていた。


「今日はあたしの我儘に付き合ってくれてありがとうございました」

「お前の我儘というか伊織のバカの思い付きというか……まあ、楽しかったから別に礼とかいいんじゃねえかな、うん」

「あたしとしては楽しむつもりはなかったんですけどー」

「はいはい。俺を見極めるための偽デートだろ? 知ってる知ってる」

「合格点を上げたからって随分と余裕そうな態度ですね……」

「いや、これで今朝みたいに付きまとわれずに済むかと思うと嬉しくて嬉しくて」

「何を言っているんですか? 今後も付きまとうに決まってるじゃないですか」

「お前が何を言ってんの???」


 眉を顰める俺に森屋さんは悪戯っぽく笑う。


「今のあなたは確かに合格点ですが、今後もそうとは限りません。そういう訳で、『雨宮雫様を幸せにしたいの会』会長としてあなたのことをこれからも監視させていただきますので、そのつもりでよろしくお願いしますね♪」

「……めんどくせぇ」

「女性に対してその露骨に嫌そうな態度、マイナス10紅葉ポイントです」

「いたっ」


 森屋さんは俺の鼻先を指で軽く弾くと、


「では、また明日。……雫様とお幸せにっ」


 大きく手を振りながら、改札を潜り抜けていった。


「……変な奴」

「…………楽しそうだった」

「うぅええひゃひいいっ!? あ、ああああ雨宮さん!? い、いいいいいいつからそこに!?」

「ついさっき」

「い、伊織は? 一緒にいたよね?」

「巡坂くんは日野くん達が店を出てすぐに『後はよろしくー』って言って帰った」

「あのドマイペース野郎……」


 あの野郎、もしや俺にキレられるのを察して逃げやがったな? 明日会ったら爪先踏みにじってやる。

 雨宮さんは片目で俺を見上げながら、


「……それで、どんな話をしていたの?」

「盗み聞きしてたんじゃなかったんですかね……」

「距離が遠すぎてあまり聞こえなかった」

「盗み聞きしてたことを隠すつもりはないんすかね……」

「……怒ってる?」

「いや、微塵も」

「…………やっぱり怒ってる」

「だから怒ってないって……」


 自分が悪いことをしたという罪悪感で思考が固まってしまっているのか、俺が怒っていると思い込んでしまっている雨宮さん。俺と森屋さんがデートすることになった際にどうして不機嫌そうだったのかを聞こうと思っていたんだが……今はやめといた方が良さそうだ。

 うーむ、さてどうしたものか。森屋さんに色々と言われてしまった手前、このまま放っておく訳にもいかない。今もどこかで俺達のことを見ているかもしれないしな。

 腕を組み、唸って悩むこと数秒。俺はポンと手を叩くと、


「よし、買い物に行こうか」

「……え?」

「ほら、今日の夕飯はカルボナーラが良いって言ってただろ? だから材料を買いにスーパーに行こう。それに、今の時間なら半額セールとかやってるかもしれないし」

「覚えててくれたの……?」

「当然。俺はこれでも記憶力には自信があるんだ」


 俺は彼女から鞄を引っ手繰り、慣れないながらに笑顔を浮かべる。


「つー訳で、話の続きは美味いカルボナーラでも食べながらにしようぜ。な?」

「……ん、分かった。話が弾むように、美味しいカルボナーラを作ってみせる」

「コミュニケーションについての本で色々と勉強したんじゃなかったのか?」

「……どうしてあなたがそれを知ってるの?」

「さて、何故でしょう」

「教えて……っ!」

「は、話の続きはカルボナーラを食べながらって――わ、分かった、話す、話すから殺気を向けてこないでくださいぃぃぃ……」


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