第16話 日野大地は葛藤したい
「わぁああ……凄く美味しそうですねえ……」
いろんなフルーツがこれでもかってぐらいに詰め込まれたパフェをキラキラした瞳で見つめる森屋さん。即座にスマホを取り出してパシャパシャ写真を撮っているあたり、とても最近の女子高生っぽい。
そんな彼女を眺めながら、俺は苦笑を零す。
「危ない宗教の教祖様みたいだなって思ってたけど、結構可愛らしい一面があるんだな」
「ド直球に失礼なのでマイナス1紅葉ポイントです。それはそれとして、二つ並べて写真に収めたいのでそちらのパフェを少しお借りしても良いですか?」
「別に構わないけど……」
「やったー♪」
中身が零れないように慎重にテーブルの上を滑らせ並べると、森屋さんは様々な方向から写真を撮り始めた。鼻歌交じりになってるところなんかとても可愛らしい。顔も可愛いんだから彼氏の一人や二人いてもおかしくなさそうなんだが、それについて質問したらまた減点されそうなので黙っていることにする。
写真を十枚ほど撮ったところで、森屋さんは俺の方にパフェを戻した。
「ありがとうございます。良い写真が撮れました」
「かなり真剣に写真撮ってたけど、もしかしてインスタとかやってたりするの?」
「いえ別に。これは友達に見せる用です」
「はー」
写真といってもいろんな用途があるらしい。食べた料理の写真もあんまり撮らないしそもそも人に自分が撮った写真を見せることもない俺としましては驚くばかりである。
森屋さんから返してもらったパフェをスプーンで掬い、ぱくりと一口。うん、思っていたより甘いけど凄く美味しい。
俺がパフェの甘味に舌鼓を打つ中、森屋さんはスマホをテーブルに置くと、イチゴと生クリームをスプーンで器用に掬い取り、そして口の中にひょいぱくと放り込んだ。
「ん~~! 甘くて美味しくて幸せですぅ……!」
「初めて来た店だけど結構良いな。他の味も食べたくなる」
「ですです。という訳でそのパフェも食べさせてください。はい、あーん」
「え」
「どうしたんですか? はい、あーん」
「ど、どうしたんですか、って……」
ひな鳥のように口を開けて待ち構える森屋さんに思わずドキリとしてしまう。しかしそれはトキメキとは少し違い、困惑とか驚愕とかの部類のドキリだった。
周囲にちらりと視線をやる。仲良く談笑するカップル、勉強する学生、井戸端会議に華を咲かせる主婦の皆様方……割と見慣れた光景なのか、他の客はこちらを見向きすらしていない。
と、そこで俺の目にとある二人組の姿が映り込んできた。
(あン? あれって……伊織と雨宮さんじゃねえか……?)
入り口から最も離れたトイレの近くのテーブル席。そこの陰から二人がこちらの様子を窺っていた。
「そこで何を――」
「日野大地? どうしたんですか? 口の中が渇いちゃうんですけど」
「あえ? え、えっと、その……」
立ち上がろうとしたタイミングで森屋さんに呼び止められる。視界の端では二人が慌てて物陰に隠れようとしていた。大方、俺の様子を見に行こうと提案した伊織に雨宮さんが押し切られたとかそういう感じなんだろう。
(って、二人のことは後で考えるとして、今は森屋さんに集中しなくては)
このデートについて、森屋さんは『あたしのことを雫様だと思え』と言っていた。つまりは許嫁を相手にしているていで振る舞え、ということなのだろうが……だからといって本当はただの同級生、しかも今朝知り合ったばかりの二人がパフェをあーんで食べさせて良いものだろうか。
それに、店内には本当の許嫁である雨宮さんがいる。彼女の目の前で他の女性にこんなことをしてしまっても果たして問題はないのだろうか。
(森屋さんは自分のことを恋人だと思って相手しろ、と言ってたし、そもそも俺と雨宮さんは許嫁であって恋人じゃあないし……別に迷う必要とかないんじゃねえか……?)
確かに友達として互いを知ろうと誓い合ったけれども、恋人同士になった覚えはない。だからこれは浮気ってことには絶対にならないし、俺が罪悪感を覚える必要もない。……でも、雨宮さん以外にこういうことをしたくない、という自分がいる。
「……ごめん、森屋さん。いくらこれが試験でも、恋人でも何でもない人にあーんはできねえよ」
「…………そうですか」
開いていた口を閉じ、眉を顰める森屋さん。ああ、これは減点ものだな。恋人同士なのにあーんを拒否するとかなっていません、って痛烈に批判される未来が見える見える。
森屋さんは険しい表情のまま腕組みすると、
「で、理由はそれだけですか?」
「……どういう意味だ?」
「あたしへのあーんを止めた理由ですよ。恋人として接しろ、と予め言っておいたのにそれでも拒否するというのですから、それはもう大層な理由があるとあたしは踏んでいるんですが……」
「……笑わねえか?」
「内容によりますかねー」
「そこは約束してほしかった!」
大きく溜め息を吐き、俺は頭を掻く。
「雨宮さん以外の人にこういうことをしたくなかった。それだけだ」
「…………」
森屋さんの表情は変わらない。眉を顰めたまま、俺を真っ直ぐと見つめてきている。視線から放たれる重圧に冷汗が噴き出しそうになる。背筋には寒気が走り、喉はカラカラに渇き始めていた。
五秒、十秒……一分が経っただろうか。
森屋さんは組んでいた腕を解くと――満面の笑みを浮かべた。
「はい、正解です。特別に10紅葉ポイントを差し上げましょう」
「……は?」
「何ですか。せっかく加点してあげたのに何が不服なんですか?」
「い、いや、だって、絶対に減点されると思ってたから……あれー?」
「恋人でも何でもない女性とこういうことしたくない、ぐらいの理由だったら確かに『試験の前提を分かっていない』と大幅に減点していたところでしたが、そういう理由であれば話は別です。あなたの雫様への想い入れの強さが伝わる大変良い理由でした」
「えぇ……」
この人の基準がよく分からないが、とにかくお気に召してくれたらしい。
スプーンでパフェをグサグサ刺しながら、森屋さんは続ける。
「あたしが今回見極めたかったのは、『あなたが雫様に相応しい男であるかどうか』です。他の女に移り気するような男では話になりません。……しかし、あなたは雫様のことをまず考えた。しかも他の女に求められていたのに、です。これは『雨宮雫様を幸せにしたいの会』会長として認めざるを得ません」
「相応しいかどうかって気持ちだけで判断できるものなのか……? もっとこう、包容力とか男らしさとか立ち振る舞いとか、そういうので判断するものなんじゃねえのか……?」
「ご心配なく。それについてはここに来るまでの間に既に評価しており、全て問題ないと判断させていただいておりますので」
「いつの間に!?」
「荷物を代わりに持ってくれていた。道を歩く時は車道側に立っていた。歩く速度もしっかり合わせてくれていた。道中、相手が暇にならないように慣れないなりに必死に会話を展開しようと努力してくれていた。店に入った時も入り口とは逆側の席を率先して譲ってくれていた。……とてもちゃんとしていましたので、立ち振る舞いについては得点を差し上げることにした訳です」
特段意識はしていなかったことが全て評価されていて寒気が止まらなかった。よ、良かった……幼い頃から親父にうるさく言われていた男としてのマナーを無意識の内に守れるようになってて本当に良かった……まあ、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったけど。
緊張から解放された俺は安堵の呼吸を零し、椅子の背もたれに寄り掛かる。
「あ、でも、今何点ぐらいなんだっけ。というかそもそも何点ぐらい取れてれば合格なんだっけ……」
「さあ」
「さあって……点数つけてたのお前だろ」
「あんなのその場の勢いでてきとーに言っていただけですよ。今何点なのかなんて覚えている訳がないじゃないですか」
「お、俺の緊張を返せ!」
「ご遠慮させていただきます」
ぴしゃりと一言。ぐう、やっぱり聞く耳を持っていない。マイペースの化身かな?
「ということで、あなたは合格です。とてもちゃんとしていましたからね。雫様を取られてしまうのはとてもとても悲しいですが、まあ、あなたが雫様に足る人物であることは今回の試験でよく理解しましたので。これ以上グチグチ文句を言ったりするつもりはありませんので、ご心配なく」
「そうは言いつつ目は笑ってねえんだよなあ」
「心では嘘を吐いていても身体は正直ですから」
「エロ同人誌みたいなこと言いなさんな」
リアルでそんなこと言うやつ初めて見たわ。
「……つーか、さっきも聞いたけど、何でそんなに雨宮さんに心酔してんの?」
「パフェを食べた後に話と言ったはずですが?」
「気になりすぎてパフェが喉を通らねえ」
「そのしつこさにマイナス3紅葉ポイントです」
森屋さんは露骨に肩を竦めると、
「しかし、パフェが食べられないのでは仕方がありません。この甘くて美味しいパフェと雫様のことが大大大好きなあなたに免じて、その質問に答えてあげましょう」
すぐに綺麗な微笑みを浮かべ、そう言った。
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