第15話 森屋紅葉は試したい


 森屋さんのデートの場として俺が選んだのは、駅前にある小さな喫茶店だった。


「最初はファミレスにでもしようかと思ったが、流石にデートにファミレスってのは違う気がしてな……前からずっと気になってたし、なによりスイーツ系が多いみたいだからとりあえずここにしてみました」


 ちら、と森屋さんの顔色を窺う。

 森屋さんは両手でつかんだメニューをまじまじと見つめながら、


「ふむ……ふむふむ。委ねられた選択権を自分の希望だけでなく相手の好みを考慮した上で使用するとは……いいですね、とてもちゃんとしてます。2紅葉ポイントを差し上げましょう」

「素直に喜べばいいのかこんなところに来てまで評価を忘れないお前の態度に呆れればいいのかもう分かんねえな」

「む。女の子からの誉め言葉にケチをつけましたね? マイナス1紅葉ポイントです」

「理不尽の極みが過ぎる!」


 女心は難しい。やっぱりもっとギャルゲーとかエロゲーとかをプレイしておくべきだったかもしれない。


「日野大地日野大地。あたしはこのストロベリーゴージャスパフェにしますが、あなたはどれを注文されますか?」

「普通にコーラでいいよコーラで」

「マイナス3紅葉ポイントです」

「コーラ頼んだだけなのに!?」


 目を見開く俺の鼻先に森屋さんは指を突きつけると、


「いいですか? 今のあたしは雫様の代役、言うなれば、あなたの許嫁なんです。そんな人がイチゴ味のパフェを頼んでいるというのに、独りよがりのコーラを頼んでどうするんですか」

「え、でも喉渇いてるし……」

「これはあなたが雫様に相応しい男なのかどうかを判断する試験のようなものです。目の前にいるのはあたしではなく雫様だと思って、何を注文するべきなのかをもう一度考えてみてください」


 森屋さんからメニュー表を受け取り、ページをペラペラめくりながら思考を開始する。

 森屋さんは――いや、ここでは彼女を雨宮さんだと思って考えよう。

 雨宮さんが注文したのはストロベリーゴージャスパフェ。バナナやミカン、パイナップルなどいろんなフルーツが乗っていることを除けば至って普通のイチゴパフェだ。

 それに対し、俺が注文しようとしたのはただのコーラ。しかし、これは今この場で注文するには相応しくないと却下されてしまった。

 まず注意するべきなのは、許嫁である雨宮さんと一緒にカフェに来た、という事実。許嫁という言葉じゃ想像にくいから、ここでは一旦恋人に置き換えることにする。

 恋人と一緒にカフェに来た。恋人はイチゴ味のパフェを頼んだ。俺は喉が渇いているからコーラを頼もうとしたが、恋人はどこか不満気だ。恋人はカフェでいったい何をしたいのか、何を望んでいるのか。恋人とカフェで食事をするなんてラブコメでは定番の一幕だ。考えろ、考えろ……。


「……あ、なるほど」

「考えはまとまりましたか?」

「ああ」


 俺はニヤリと笑いながら、メニュー表のとある部分を指し示す。



「俺はこの、マンゴースリリングパフェを選ぶぜ!」



「……その心は?」

「恋人がイチゴ味のパフェを頼んだ。そしてコーラには難色を示した。このことから、きっと恋人は『違う味のパフェを共有したい』と考えてるんじゃないかって判断し、マンゴーパフェを選ばせていただきました」

「……ふふっ、正解です。特別に10紅葉ポイントを差し上げます」

「っしゃおら!」


 やはりラブコメなどでよくある「そっちの味も食べさせてー♡」が正解だったようだ。まあそうだよな。恋人同士でカフェに来たのに彼氏がコーラで彼女がパフェっていうのはなんか違うよな。全然ときめかねえし。

 近くを通りがかった店員さんに注文を伝え、料理が来るまでの間、とりあえず雑談でもすることにした。


「そういえばずっと気になってたんだが、そんなに雨宮さんのことが好きなら友達になりたいーとか思ったりしねえの?」

「あたしが雫様のお友達に? いやいや、そんなの恐れ多くて無理ですよ……」

「恐れ多いって、ただの同級生じゃん」

「逆に聞きますが、現役バリバリの大人気アイドルが同級生で、自分がその大ファンだったとして、気軽に声をかけられると思いますか?」

「え、あんた等ってそういう領域に到達してんの? ちょっとしたファンクラブとかじゃなくて、厄介オタクの権化みたいになっちゃってんの?」

「だ、誰が厄介オタクですか! 失礼ですね!」


 むすー、と頬を膨らませる森屋さん。思わず身構えたが、幸いにも紅葉ポイントが減点されることはなかった。

 森屋さんは貧しい胸を押し上げるように腕組みしながら、


「あたし達は『雨宮雫様幸せにしたいの会』です。厄介オタクなどではありません。あたし達の使命はあくまでも『雫様が幸せな学園生活を送れるように全力でサポートすること』であり、雫様と仲良くすることではありません。そこを勘違いされては困ります」

「……推しの生活を遠くから眺めていたい?」

「イエス」

「推しの笑顔が見られるなら死んでもいい?」

「イエス」

「推しのためならどんな投資でもいとわない?」

「イエス」

「ふむ……」


 推しの生活に干渉したくはないが、推しが幸せになるためならどんなことでもやる。推しの笑顔を遠くから眺められたら満足で、推しの顔が曇るならたとえ禁忌を犯してでも推しが幸せになるように動く。


「……やはりこじらせた重度の雨宮さんオタクなのでは?」

「人の趣味趣向で大喜利するのやめてもらってもいいですか?」


 満面の笑みを浮かべる森屋さん。しかし、目がマジで笑っていなくてとても怖かったので彼女をいじるのはここまでにしようと思いますガクガクブルブル。


「わ、分かった。すまん。お前らは厄介オタクなんかじゃない。オーケーオーケー」

「本当に分かってくれたんでしょうかこの男は……本当、どうしてこんな男に雫様は……ぶつぶつ……」

「何度も言ってるが、雨宮さんと俺の関係は親が勝手に決めたものだからな。一応、互いを知るために友達から始めることにはしたけど……」

「何でこういう時だけ難聴じゃないんですか!? しかもサラッと『雫様とは許嫁だけの関係じゃない』アピールされましたし! ここが学校じゃないことを感謝することですね!」

「学校だったら俺はどうなってたんだよ」

「とりあえず額に風穴が空きます」

「世紀末かよ」


 最近クラスメイト達がどんどん世紀末化しているのは事実だけどもね。……明日学校に行ったらモヒカン頭のマッチョが一〇〇人ぐらいいても驚かないぞもう。


「そもそも、あなたはもっと自分の立場を自覚するべきです」

「自覚とか言われても……親が勝手に決めただけだし……」

「そう、そこです。『他人が勝手に決めたから』という態度がいけません。マイナス1紅葉ポイントです」

「えぇ……」

「雫様の立場になって考えてみてください。許嫁がいつまでも『この関係は他人が決めたもの』という態度でいたら、どんな気持ちになると思いますか?」

「…………」


 少し、考える。

 俺との婚約関係について雨宮さんが「これが親が勝手に決めたこと」だと口癖のように言う光景を。


「……なんか嫌だな」

「あたしがあなたを許せないのはそういうところも含まれます。雫様の許嫁として選ばれたくせにいつまで現実から目を背けているんだ、と。あたし達としましては、あなたにはもっと許嫁として堂々としていてほしいんです。うじうじしていても雫様に選ばれなかった人達から反感を買うだけです」

「……俺のことが嫌いなくせにめっちゃ的確なアドバイスしてくるな」

「前も言いましたが、あたしはあなたのことを嫌ってはいません。雫様の許嫁であるあなたのことが嫌いなだけです」


 森屋さんは頬杖を突き、窓の外を寂しげな瞳で眺める。


「……それに、あなたがしゃんとしていないと雫様が悲しむじゃないですか」

「…………」


 その表情、その言葉だけで、彼女が雨宮さんのことをどれだけ大切に想っているのかを理解した。

 そして同時に、俺の中でどうしても解決したい疑問が浮上した。


「……なあ、一つ聞いてもいいか?」

「はい、なんでしょう」

「どうしてお前はそんなに雨宮さんに心酔してるんだ?」

「……それについては、パフェを食べた後にでも話しましょうか」


 微笑む彼女の視線を追うと、二人分のパフェをこちらに運んでくる店員の姿が目に入った。


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