第14話 森屋紅葉は評価したい
伊織は片目を閉じ、魔性の女っぽく指を振りながら――
「放課後、君と大地でデートすればいいんじゃないかな?」
「「お前頭大丈夫か?」」
俺と森屋さんの声が見事にシンクロした。
「酷い言われようだなあ」
「いやいや、だって言ってることおかしいじゃん? 俺を見定めるために森屋さんが俺をデートするって意味不明にもほどがあるだろ」
「デート中に君がどういう風に振舞うのか、は君を見定める上でかなり重要な評価要素になると思うんだよね。ほら、恋人に対しては礼儀正しいのに店員を前にすると態度が豹変する人とかよくいるじゃない? 君がそういう人なのかどうかを確かめる場として、デートは打って付けだと思ったんだけど」
「そもそも森屋さんは恋人じゃねえだろ」
「じゃあデート中は森屋さんを雨宮さんだと思って接してみたらいいんじゃない? 君が雨宮さんに相応しいかどうかを見定めるんだからさ」
俺と雨宮さんは許嫁だけど恋人じゃないんだが、そこんところはどう考えているんだろう。……世間的には許嫁=恋人みたいなものだろうから、説明したところで無駄なんだろうけど。
伊織の意見を静かに聞いていた森屋さんは顎に手を当て眉を顰めると、
「ふむ……一理ありますね」
「うっそぉ」
「いいでしょう。その提案を採用とします」
「マジで? ちょっと考え直した方が良くない? ここで反対しとかないとお前、放課後に俺とデートすることになるんだぞ?」
「構いません。あたしは別にあなたに悪感情を抱いている訳ではありませんので」
「じゃあ何でそんなに敵視してるみたいな態度なんだよ」
「あなた個人を嫌ってはいませんが、雫様の許嫁という立場を与えられたあなたのことは嫌いです」
「その説明で納得できてしまう自分がなんか嫌だ」
好きなアイドルと結婚した俳優のことを嫌いになってしまう原理と理屈は同じ。その俳優自体は嫌いではないが、好きなアイドルを奪ったから嫌いになった。独占欲の間違った進化というか、こじらせたオタク特有の感情の変化というか……とにかく、森屋さんが俺に抱いている感情はまさにこんな感じなのだろう。
森屋紅葉――本当に、どこまでも俺と似ている。
「……あーもーはいはい、分かりました、分かりましたよ。お前とデートして、俺の紳士力を全力でアピールすればいいんだろ? 余裕だよ余裕。経験豊富な俺に任せとけって」
「……へえ?」
「もしもし雨宮さん? どうしてそこで謎の殺気を放つのかな?」
「……別に」
「ちなみに今の大地の発言は嘘だからね。五年以上の付き合いがある僕が保証するよ」
「(ぱああああ)」
「どうして満面の笑みを浮かべるのかな雨宮さん???」
俺が経験豊富じゃないことの何がそんなに嬉しいのだろうか。マウントを取られるのが嫌だからとか? 雨宮さんがそんなこと考えるかなぁ。
「……この人のことはまだよく知りませんけど、とてつもなく鈍感なんだということはとても理解できた気がします」
「異議なし」
「そうだね~。大地はずっと鈍感だからね~」
「ちょっと待て。何でこの流れで俺が鈍感って話になるんだ」
「そういうところじゃないですか?」
納得いかねえ。
「まあ、とにかく、放課後に大地と森屋さんはデートをするってことで」
「分かりました。それでは放課後、校門傍の桜の木の下であなたを待たせて頂きます!」
「なんか愛の告白みてえだな」
「…………」
「雨宮さん? 今まで見たことがないレベルで目つきが険しくなっていますよ……?」
「気のせい」
よく分からないが、雨宮さんの機嫌がとてもとても悪かった。
★★★
そして放課後。
校門傍に聳え立つ桜の木に向かうと、森屋さんが学生鞄片手に待機していた。
「逃げずに来るとは殊勝な心掛けですね、日野大地」
「逃げたら逃げたで絶対その後が面倒臭くなりそうじゃん……」
「ええ。もしあなたが逃げていたら『雫様に相応しくない男』として毎日遠くから呪詛をお届けすることになっていたでしょうね」
「やることがみみっちいなオイ」
つーか、逃げてたとしても結局付き纏われるのかよ。ほんと怖いな厄介オタク。
「はぁ……まぁ、いいや。それで? どっか行きたいところでもある? ないならこっちが勝手に決めるけど」
「そうですね……今日はあなたを見極める事が目的ですので、全てあなたに任せようかと」
「そっすか。んじゃ、まずは駅にでも向かうとするかね」
そう返しながら、俺は彼女の手から学生鞄を引っ手繰る。
「あたしの荷物をナチュラルに持とうとするとは……その紳士力を評価して1紅葉ポイントを差し上げます」
「……もしかして今後の行動にいちいちその紅葉ポイントとやらがつけられるの?」
「そうですが、何か問題が?」
「いや別に何でもないです……」
やりにくいんだけど、とか言ったら減点されそうだったので、俺は唾と一緒に軽口を呑み込んだ。
★★★
「二人は駅に向かったみたいだね。見失わないように僕たちも後を追おうか」
「……本当に尾行するの?」
「もっちろん。まあ、大地にバレたら怒られるだろうけどね」
「日野くんに怒られるのは、嫌かも……」
「じゃあ雨宮さんは帰る? 僕は大地が森屋さんとどういうデートをするのかが気になるから尾行するけど。もしかしたら思いの外盛り上がっちゃって、そのまま本当の恋人同士にまで発展しちゃう――みたいな展開がないとも限らないしね」
「……やっぱり私も一緒に行く」
「あはは。大地は本当に果報者だなあ」
★★★
「ところで、どうしてあなたは雫様の許嫁になったのですか?」
学校から駅へと向かう道中。
俺の一歩後ろを歩く森屋さんがいきなりそんなことを聞いてきた。
「……それ、説明しないとダメ?」
「説明したくないのなら強制はしません。ただ――」
「ただ?」
「――明かさない場合、根も葉もない噂が学園を駆け巡ることになります」
「そこをあえてぼかされると逆に怖いんだけど!?」
もし『俺が雨宮さんの弱みを握っており、雨宮さんは無理やり許嫁にさせられている』などという噂が吹聴されてしまったら、俺の平和な学園生活は即終了。全校生徒から後ろ指差される物悲しい青春を送ることになってしまうだろう。それだけは嫌だ。俺はまだバラ色の青春を諦めていないんだ。
俺は頭を雑に掻きながら、
「お互いの子供を結婚させる、って約束を親同士が勝手に交わしてたんだよ。別に俺と雨宮さんが好き合って婚約関係を結んだ訳じゃねえから安心しな」
「嘘を吐くならもう少し現実味のあることを言ってもらわないと……」
「嘘じゃねえよ! 何だったら今から雨宮さんに電話してみるか!?」
「冗談ですよ。紅葉ちゃんジョークです。そもそも今この場であなたが嘘を吐くメリットが思い浮かびませんし」
「分かってんなら焦らせようとしてくるのやめてもらえます?」
「突然の冗談にも対応できるかを試したんです」
「ねえこれデートだよね? お笑い芸人の面接じゃないよね?」
「デートですよ。あなたを見極めるための……ね?」
片目を瞑って得意げに微笑む森屋さん。不覚にも可愛いと思ってしまった。
そんな動揺を誤魔化すように咳払いしつつ、俺はとりあえず話を変えることにした。
「そういえばずっと気になってたんだけど、『雨宮雫様を幸せにしたいの会』って普段はどんな活動してんの?」
「基本的には雫様を遠くから見守りつつ、彼女に害を為す者が現れたらそちらの処理……もとい除去に努めるようにしています」
「なるほど。つまりはストーカー過激派ってことだな?」
「あたしの話ちゃんと聞いてました?」
「監視しつつ日常に干渉してくるとかストーカー以外の何者でもないじゃん……」
「失礼な。干渉すると言っても雫様に気づかれないように努めていますよ。ここまで干渉したのは今回が初めてです」
「それってつまり俺がそれ程までの脅威として認識されたって事っすかね……?」
「今まで一度も浮わついた話のなかった学園一の美少女に突然許嫁ができた。しかもそのお相手はぱっとしない一般生徒だった。我々だけでなく学園中が震撼する程の大事件だと思いますが?」
「ぱっとしない一般生徒で悪かったな」
自覚はあるが他人から改めて言われると悲しくなる。俺のモブさは自称だけじゃなく他称でもあった訳だ。
俺はずり落ちそうになっていたブレザーを整えつつ、
「……まあ、ぱっとしない一般人なりに頑張ってエスコートさせて頂きますよ」
「あたしを楽しませようとする意志が見えました。3紅葉ポイントです」
指を三本立てながら、森屋さんはクスリと笑った。
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