第13話 巡坂伊織は提案したい


「つーかさ、俺が雨宮さんに相応しいかどうかっていったいどういう基準で決まる訳?」


 雨宮さんにあーんしてもらって絶賛有頂天な森屋さんに俺は疑問を飛ばす。

 森屋さんはとろけていた顔を瞬時に正常化させると、


「もちろん『雫様が幸せそうにしているかどうか』です」

「感覚の問題じゃねえか」


 しかも評価基準を他人に依存しているからかなり曖昧だし、そもそも雨宮さんって表情があまり顔に出ない人だからぱっと見で判断するのは難しいし。……まあ俺は雰囲気で判断できるようになってきてるけどね。絶対に突っかかられるだろうから言わねえけど。

 しかし、俺の指摘が不服だったようで、森屋さんはピクリと眉をひそめた。


「失礼な。あたしは雫様を心から崇拝している生粋のシズラーですよ? 雫様の心内を表情の機微で判断することぐらい造作もありません」

「シズラーって何だよ。流行範囲が数人にしか及んでいなさそうな限定言語を公用語みたいに使うのやめろや」

「あなたが無知なだけなのでは?」


 やっぱりコイツ最強だろ。思考が己の中で完結してるから、俺がいくらツッコんだところで完全無欠にノーダメージ。暖簾に腕押しとはよく言ったものである。


「…………どうせ私の表情は乏しいですよーだ……」


 そして雨宮さんが可愛らしく拗ねていた。頬を膨らませちゃって本当に可愛いなあ。相変わらず目は死んでるけど。

 溜息を吐き、唐揚げを口の中に放り込んで数度咀嚼。ゴクンと飲み込みお茶で口内を潤わせたところで、俺は雨宮さんに視線をやった。


「いっそのこと雨宮さんに直接聞いてみたらいいんじゃねえの?」

「逆に聞きますが、あたしが雫様に話しかけることができるとでも?」

「さっきまで普通に話しかけてたじゃねえかよ」

「先ほどまではあなたを経由して雫様との会話を成立させていたのです。なのに、雫様と同じ空気を吸えているという事実を認識しただけで腰が抜けそうなこのあたしが雫様に直接話しかけるだなんて……ああっ、恐れ多すぎる!」

「お前みたいなこじらせたオタクが実在する事実に俺は腰が抜けそうだよ」


 だが、気持ちが分からない訳じゃない。俺だって、雨宮さんに話しかける勇気が持てずにずっと目で追うことしかできていなかったのだから。

 だから少しは共感しないこともないんだが……流石にここまで重度だと、彼女の仲間だと思われるのがとてもとても嫌だったり。なので森屋さんには悪いが、うわー共感できますわーアハハーとは口が裂けても言いません。


「とにかく、雫様に直接聞くのはナシですナシ! いいですね!?」

「本人の目の前で話してる時点でナシもクソもないんじゃなかろうか……」


 そう言いながら雨宮さんの方を向く。俺の視線に気づいた雨宮さんは弁当箱の上に箸を置くと、こほんと可愛らしく咳払いした。


「日野くんは私の友達で許嫁。一緒にいるのにそれ以上の理由なんて不要」

「…………」

「大地ー? 嬉しいのは分かるけど露骨にニヤニヤしないようにねー? 森屋さんだけじゃなくてクラス全体が殺意の波動に目覚めかけてるからねー?」

「だ、誰も嬉しいとか思ってねえし!」


 伊織から慌てて顔を逸らす。雨宮さんの言葉が嬉しいというのはまさに伊織の言う通りなんだが、実際は以前よりも素直な気持ちを吐露してくれるようになった雨宮さんの変化が嬉しくてたまらなかったりする。何というか、心を開いてくれているようで、不覚にも鼻の頭が痒くなる。

 一切の躊躇すらなく言い放った雨宮さんに気圧されながらも、森屋さんの勢いは衰えない。


「ふ、ふんっ! ま、まあ、今のところは及第点って感じですかね!」

「わーすごい負け惜しみー」

「うるさいですよそこのイケメン! リア充から正論をぶつけられると悲しくなるのでちょっと黙っててください! ぐすっ」

「お前のメンタルちょっと不安定が過ぎない?」


 最強だったり最弱だったりと忙しい奴だな本当。厄介オタクってみんなこうなのか?


「大地もあまり人のことは言えないと思うよー?」

「…………(ふいっ)」

「お前は表情から勝手に心を読み取るな。そして雨宮さん? どうしてそこで目を逸らしたのか詳しく聞かせてもらってもいいですかな???」

「…………」

「無視して飯食い始めたぞこの美少女!」


 俺のメンタルが不安定とでも言いたいんだろうか。……なんか否定できない自分がいた。ぐすっ。

 目じりに浮かんだ涙を袖で拭い、悲しみを深呼吸で和らげる。……ふう。


「で、雨宮さんの意見はこんな感じみたいだけど、その監視とやらはまだ続く訳? それとも納得して無罪放免にしてくれるすか?」

「雨宮さんが幸せだというのなら、あたし達は身を引かねばなりません……何故なら我々は『雨宮雫様を幸せにしたいの会』なのですから……」


 森屋さんはそこで一旦口を閉じ、そして勢い良く椅子から立ち上がる。


「ですが! どうして雨宮さんがそこまであなたに心を開いているのかが全く持って理解できないのも事実! これで納得しろと言う方が無理という話でしょう!」

「ただの言いがかりになって来たなオイ」

「ですので! 今日の放課後まではあなたを監視させて頂きます! あなたの何がそこまで雨宮さんに響いたのか……あたしにとくと見せつけやがれください!」

「見せつけろって言われてもな……なに、男らしく壁ドンでもすりゃあいいの?」

「私は男性にそんな格好良さは求めていない」

「わざわざ会話に割り込んで俺の主張をバッサリ斬る雨宮さん流石っす」


 ジト目でもぐもぐとおにぎりを頬張ってるところも流石です。

 と、ずっと黙っていた伊織がここで満を持して手を挙げた。


「はい、ちょっと提案良いかな」

「何ですかリア充」

「リア充を呼び名に使ってるやつ初めて見たわ……」


 森屋さんの狂犬ムーブに気にした様子もなく、伊織は言葉を続ける。


「森屋さんは大地の魅力について知りたいんだよね?」

「ですです。雫様がこの男のどこに惹かれたのか……それを知らなくては引くに引けません」

「でも、放課後までの短い時間でそれを見極められるとはとてもじゃないが思えないんだよね。そこのところはどう思ってる?」

「む。確かに、少し時間が足りないかもですね……」

「……オイ伊織。お前なに企んでやがる」

「大地が面倒事から解放され、なおかつ森屋さんも納得できる方法を提示しようとしてるだけだよ」


 前半については絶対に嘘だ。この笑顔は俺への嫌がらせを思いついた時の顔だ。長い付き合いの俺にはよく分かる。


「あたしが納得できる方法?」

「要するに、君が大地の魅力を知ることができればいいんだからさ」


 伊織は片目を閉じ、魔性の女っぽく指を振りながら――



「放課後、君と大地でデートすればいいんじゃないかな?」



「「お前頭大丈夫か?」」


 俺と森屋さんの声が見事にシンクロした。


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