第12話 日野大地は誤魔化したい
という訳で、知り合ったばかり(ただ名乗られて宣戦布告されただけ)の同級生から観察されることになりました。
「二日足らずで君の日常崩壊しすぎじゃない? なに、呪いの人形でも引き裂いたの?」
「俺が聞きてぇよ……」
学園一の美少女である雨宮さんが自分の許嫁であると判明。
雨宮さんと手を繋ぐ。
雨宮さんとの同居生活開始。
雨宮さんと友達になる。
雨宮さんオタクに付き纏われることになる。
たった二日でこの有様である。本当に呪われてるんじゃないかってぐらいの濃密さに眩暈が止まらない。
「日野くん大丈夫?」
「ああ、大丈夫大丈夫……なんか慣れてきたし……」
「大地のそれは慣れるというよりも諦めてると言った方が合ってそうだよね」
「俺みてえなちっぽけな存在が運命に逆らうだなんて烏滸がましいだけだからな」
「混乱のあまり変な宗教に目覚めちゃってない? 大丈夫? 僕のおっぱい揉む?」
『『『(ザワッッッッ)』』』
「言葉には気をつけろ伊織。今のお前の発言を聞いた女子生徒たちが俺に殺気を向けてきているから」
「あはは……まるで世紀末だね……」
全くだ。つーか、どこの世界に背筋を打ち貫くような殺気を放てる女子高生がいるというのか。しかも十人以上いるんですが。俺いつの間に異世界転移した訳?
はあ、とわざとらしく溜息を吐き、教室の扉の方に視線をやる。――森屋紅葉さんとやらが扉の陰から熱い視線を送ってきていた。
「観察するにしてもせめて気づかれないように努力してくれんだろうか……」
「構図だけを見ると『大地に惚れてるけど告白する勇気がなくて遠くから見るしかなくなっている恋する乙女』って感じだよね」
「そういうシーン、漫画で読んだことがある」
「ちなみに雨宮さんは告白する勇気はある派? ない派?」
「……時と場合による」
「あら、はぐらかされちゃった」
「何聞いてんだよお前。また怒られても知らねえからな」
「そうは言いつつ一言一句聞き逃さないように耳を澄ませてたよね」
「黙秘権を行使させてもらう」
「顔が赤くなってるけどー?」
分かっているならそっとしておいてほしい。恥ずかしさで噴火しそうだから。
伊織から目を逸らし、ぶっすーと机の上で頬杖を突く。
伊織と同じように机の傍に立っていた雨宮さんはその場に膝立ちになると、机の上に手と顎を乗せながら口を開いた。
「……日野くんは告白する勇気がある人? それともない人?」
「この話まだ続くの!?」
まさかの雨宮さんによる延長ムーブだった。視界の端で口を押えてぷるぷる震えている伊織については後で渾身のヘッドバッドをお見舞いしてやろうと思う。
雨宮さんは足をぱたぱたさせながら、
「友達である日野くんのことをもっと知りたい。……ダメ?」
「俺は告白する勇気がない人です」
「君って雨宮さん相手の時は本当にちょろいよね」
聞かなかったことにした。
「意外。日野くんは自分から告白する人だと思ってた」
「あーいや、俺は自分から告白するタイプだぞ」
「???」
言葉の意味が分かっていないのか、きょとんとしてしまう雨宮さん。
そんな可愛らしい彼女を見下ろしつつ、俺は説明を開始する。
「告白する勇気はないけど、その時になったら覚悟を決めて自分から告白する、って感じだな。ちょっと古い考えかもしれないけど、自分から告白せずに相手から告白されるのを待ち続けるだなんて男らしくないだろ?」
「覚悟を決めて……」
「と言っても、俺なんかに告白されてオーケーしてくれるような心の優しい御方なんてどこにもいないだろうがな」
自分のモブさ加減は自分がよく理解している。雨宮さんや伊織と一緒にいなければそれこそ周囲から存在を認識されているかも怪しいに違いない。現在進行形で森屋さんに監視されているけど、これも雨宮さんの存在があってこそだし。
雨宮さんは机上に置いた両手の上に顎を乗せ、頭をゆらゆら左右に揺らす。あまりの可愛さに俺の鼓動が速度を増した。
「……もし、告白してくれる人が現れたらどうするの?」
「また有り得なさそうな質問だな……」
俺は頭を掻きつつ、
「告白されたら当然嬉しいだろうが……でもまあ、きっと断るだろうな」
「どうして?」
「ど、どうして、って……」
……本当にどうしてだろうか?
何も考えずに思ったことを口にしたのはいいが、俺は自分がどうしてそんなことを言ったのかが全く理解できないでいた。どうせモテないのだから告白されたら受け入れればいい。そもそも俺に人を選ぶ権利なんてない。……なのに、どうして俺は「断るだろう」なんて言ったのだろうか。
どうして俺は、「雨宮さんから告白されたら付き合うけど」と思ってしまっているのだろうか。
「……ま、その時になってみないと分からないってことで」
「誤魔化した……」
「お、俺にだって秘密の一つや二つあるからな! 全てを開けっ広げにする訳にはいかんのだよキミィ」
「……むぅ」
不服そうに頬を膨らませる雨宮さん。感情を表に出してくれているところを見るに、少しは俺に心を開いてくれているようだ。いやまあ、友達になってくれと頼んできたくせに「実は心開いてませんでしたー」とか笑い話にもならないけども。
フグのような雨宮さんに苦笑していると、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
「ほら、チャイム鳴ったから席に戻った戻った」
「次の休み時間に絶対聞き出してみせる(ふんすっ)」
「勘弁してくれ……」
それはともかくふんすふんすな雨宮さん超かわいいですね。
「じゃあ、日野くん、巡坂くん。また後で」
「ん」
「またねー」
軽く手を振り、雨宮さんは自分の席へと戻っていく。彼女を見送る流れで扉の方を見てみると、不機嫌顔の森屋さんが口パクで何かを言っていた。
『(あたしはまだお前を認めていないからな!)』
負け惜しみじみた言葉を残し、そして足早にその場から走り去る森屋さん。もしかして暇なのかな?
「大地は人気者だねえ」
「全てを分かった上であえてそう言ってるならお前マジで性格悪いぞ」
「あはは、ごめんごめん。君が盗られたみたいでちょっと嫉妬しちゃった」
「はいはい。BL営業BL営業」
イケメンとモブのカップリングは確かに高い需要を持つが、別に自分がそうなりたい訳じゃないです。コイツと俺はあくまでも親友同士。学園内で俺と伊織のカップリング本が出回っているとかいう噂を耳にしたことがあるが、きっと虚報だ。というか虚報であってください頼むから。
俺は鞄から取り出した教材を鞄に置きつつ、
「いいからお前も授業の準備しろよ。先生に怒られても知らねえぞ」
「(……嫉妬してるのは本当だけどね)」
「あン? 何か言ったか?」
「次の休み時間にどうやって大地をからかってあげようかなー、って」
「やっぱりお前性格悪いわ」
★★★
午前の授業を終え、待ちに待った昼休み。
俺は昨日と同じように伊織と雨宮さんとの三人で昼食をとるべく腹を鳴らしながらお弁当を開いたのだが……。
「どうしてお前も同伴してる訳?」
「あ、あなたを観察するためですよ日野大地! 何か問題でも!?」
「え、なんでいきなりキレてんの怖……カルシウム足りてる?」
「足ーりーてーまーすー!」
いつの間にか俺と雨宮さんの間に椅子を運んで座っていた森屋さんが声を荒げる。やっぱりカルシウム足りてないんじゃないだろうか。
森屋さんは焼きそばパン(購買で売ってるやつ)の袋を乱暴に開けながら、
「いいですか? あたしはあなたが雫様を幸せにできる人であるかどうかを見極めるためにここにいるんです。別にあなたの学園生活を邪魔したいとか、雫様を独り占めしていてずるいとか、雫様を許嫁にするだなんて妬ましいとか……ッッチィィイイ!」
「言葉の途中でマイナス感情爆発させるのやめてくれません?」
俺の平穏な学園生活を返してくれ。
「と、とーにーかーくー! 『雨宮雫様を幸せにしたいの会』会長として、あたしはあなたを見極めなくてはならないんです! いいですn――むぐう!?」
「食事中は静かに」
森屋さんの言葉を遮るように、雨宮さんが彼女の口に卵焼きを突っ込んだ。
「むぎゅむぎゅもぐもぐもっきゅもっきゅ……ごくんっ! し、しししし雫様!? いきなり何を……あれ、ちょっと待って? 今のってもしかして雫様によるあーん♡なのでは……ッ!?」
「お前最強かよ」
意中の人から注意されても幸せ気分で全てを上書きする森屋さんの恐ろしさに俺は寒気すら覚えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます