第4話 雨宮雫は食べてもらいたい
「うだー……」
雨宮さんとの『ドキドキ☆二人仲良く登校しましょ♪』タイムを終えた後、俺は教室で屍と化していた。ちなみに、雨宮さんは既に自分の席で一時限目の予習を始めている。
机の上で泥のように項垂れる俺に、いつの間にか近寄ってきていた伊織は相変わらずの晴れやかスマイルを浮かべながら、
「大地。雨宮さんと一緒に登校してきたって聞いたけど、どうだった? 心が舞い上がるぐらい嬉しかった?」
「胃が締め付けられるぐらい辛かった」
主に周囲の嫉妬と殺意が原因で。
「というか、いつの間に二人はそんな関係になったの? 昨日までは普通に険悪だったよね?」
「親同士が勝手に二人の婚約を取り付けていた」
「うん、それどこのエロゲ?」
「残念ながら現実なんだなこれが」
良かった。やっぱりおかしな展開だったんだ。婚約に関わった奴全員が当たり前のように状況を受け入れていたから、俺の感覚だけがズレているんじゃないかと思ってしまっていたわ。
「現実は小説より奇なり、を地で行くだなんて大地は本当に面白いなあ」
「面白がるのやめろ。こっちはいつファンの奴らに刺されるか気が気でないんだから」
「雨宮さんの人気は常軌を逸しているからねえ。特に雨宮雫ファンクラブの過激さは学内、いや、町内一だって言われてるし」
「そんな危険因子が野放しにされてるとかこの町大丈夫なの?」
通学路にいた奇声を上げる女子生徒、絶対ファンクラブの一員だよね? あんなのがまだ何人もいるってことなの? 何それどこのサイコパス集団?
伊織は俺の肩を優しく叩くと、
「まあ、骨は拾ってあげるから安心しなよ」
「ここぞとばかりに満面の笑み向けてくんのやめろ」
★★★
午前中は授業ばかりで雨宮さんと接触する暇もなかったので、特に何事もなく平和に過ごすことができた。
もしかしたらこのまま無事にやり過ごせるのでは? ――そう安心しそうになった昼休み、待ちに待ったとばかりに事件は起きた。
「大地ー。ご飯一緒に食べよー」
「ああ」
「日野くん。ご飯一緒に食べよう」
「ああ。……ああ?」
弁当を取り出そうと鞄に伸ばしていた手を止め、思わず顔を上げる。
コンビニの袋片手に前の座席に座ろうとしている伊織。――うん、それは良い。いつも通りの光景だ。
重箱を両手に抱えて俺の隣に座ろうとしている雨宮さん。――うん、ちょっと待とうか。
「……雨宮さん。君はそんなところで何をしてらっしゃるのかな?」
「一緒にご飯を食べようとしている」
「そのどでかい重箱は何なのかな?」
「日野くんのためにお弁当を作ってきた」
「あー、なるほど。俺のためにお弁当を……俺のためにお弁当を!?」
大事なことだから改めて叫んでしまいました。
「何が好きか分からなかったから、量が多くなってしまった」
「へえ。ねえ雨宮さん。この重箱やけに大きいけど、中には何が入っているの?」
「一段目には白飯、二段目には野菜系。そして三段目には――」
「俺を放置して二人で勝手に話を進めんな! ていうか三段目って何!? 量多すぎだろ!」
「お父さんが『大地くんは成長期だからな』と言っていた」
「どこからツッコめばいいのか頼むから誰か教えてくれ!」
衝撃的とかそういう次元の話じゃなかった。あの雨宮さんが俺のために手作り弁当を持参してきた、とかもう意味が分からなさ過ぎて笑えてくる。そもそもそんなでかい重箱どうやって持ってきたんだよ。朝は普通の学生鞄しか持ってませんでしたよね?
「まあまあ、そう怒らないでもいいじゃないか。せっかくだし三人で一緒に食べようよ」
「……お前がそう言うなら」
「ありがとう、巡坂くん」
「いえいえ。僕も雨宮さんとは色々話したいと思ってたところだしね」
「…………」
渾身のイケメンスマイルを披露する伊織だったが、雨宮さんは全く気にした素振りも見せずに俺の隣に腰を下ろした。
この状況を完全に受け入れた訳ではないのだが、このままツッコみ続けていたら昼食を食べずして昼休みを終えてしまいかねない。俺はとりあえず溜息を零すだけで我慢し、鞄の中から弁当を取り出した。
「……それは何?」
「何って、俺の弁当だけど」
「日野くんは料理できるの?」
「別に得意って訳じゃないが、母さんは家にいないし親父は料理ができないからな。消去法で俺が作るしかないんだよ」
「ふぅん……」
……もしかして、せっかく弁当を作って来たのに何で弁当なんて持ってきてんだよ、と怒っているんだろうか。もしそうだったとしたら、ちょっと理不尽が過ぎると思うんですが……。
「……日野くん」
「はい」
「そのお弁当、私が食べてもいい?」
「……え、何で?」
「許嫁として、日野くんの料理の腕が気になる」
『『『ッッッッチィィッッッッ!!!!』』』
三十人分の舌打ちが教室を震わせた。
「…………」
「助けを求めるように僕を見ないでねー」
たった一人の親友がとても冷たかった。いや、コイツは元々こんな奴だったわ。
「……ダメ?」
上目遣いで俺を見ながら、首を軽く傾げる雨宮さん。
俺としましては、この弁当を彼女に献上することにそこまで拒否感はない。というか実のところ、自分の弁当よりも雨宮さん作の特大弁当の方にかなり興味が湧いてしまっている。結構文句を言わせてもらっているが、俺も男だ。絶世の美少女が手作りしたお弁当に興味が湧くのは自明の理。俺の弁当一つで雨宮さんの手作り弁当が食べられるこの状況は、男としてとても役得感溢れる最高の展開と言える。
――というか、それ以前の問題として。
(こんなに可愛くおねだりされたら断れねえよなあ)
男ってホントバカな生き物だよな、と我ながら思う。
でも、しょうがないのだ。だって可愛いものは可愛いのだから。
「……じゃあ、俺の弁当とその弁当を交換するってことでどうだ?」
「いいの?」
「自分の料理なんて食べ慣れてるし、そっちの弁当の味も気になるし」
「嬉しい……」
雨宮さんが、微笑んだ。
誰に対しても無表情。どんなことがあっても全く動じないことで有名なあの雨宮さんが、俺から弁当を貰えるとなっただけで、微笑んだ。
心臓がバクバク脈打ち始める。一瞬の微笑みだけで、頭がおかしくなりかけている。きっと顔は真っ赤に染まっていることだろう。
それ程までに、雨宮さんの微笑みは破壊力抜群だった。
「どうしたの?」
「な、何でもない。そ、そんなことより早く食べようぜ! 急がねえと昼休みが終わっちまう!」
まともに顔を見られなかった。
照れを隠すように重箱に顔を向け、手早く蓋を開ける。一段目には白飯、二段目には野菜類、そして三段目には――桜でんぶでハートマークがオンザ白飯が入っていた。
「……ヴァッ」
「わぁ……これはまたかなり直球的な愛情表現だね……」
「許嫁は夫にハートマークのお弁当を作るものだと本に書いてあった」
「あ、あー、本、本にね!? ですよね! 本に書いてあったからちょっと試したくなったんだよね、うん! 知ってましたよあはははは!」
本気の愛情表現かと思って焦ってしまった。それはないよな。きっと嫌がらせの一つに違いない。だって雨宮さんは俺のことを嫌っているはずなのだから。
『ハートマーク……ッ!』
『羨ま死ね……ッ!』
『銃殺、絞殺、屠殺、撲殺……ッ!』
『日野を殺せば俺があの弁当を食えるってマ?』
今日はよく殺気を感じる日だなあ(涙目)。
つーか、そもそも一段目が白米なのに何で三段目にも白米が入ってるんだよ。そこはせめて肉類にするべきだろ。俺はドカベンか。
「ま、まあ、とりあえずいただきます」
「いただきます」
俺は雨宮さんの弁当に、雨宮さんは俺の弁当に箸を伸ばす。
まずは二段目の野菜類の中から野菜炒めを選択する。当たり外れが一番少ない無難な料理だ。だって野菜を炒めるだけだし。
周囲からの殺意に満ちた視線を背中に浴びながら、野菜炒めを口に運び――パクリと一口。
「美味っ……」
尋常じゃない美味さだった。今まで食べてきた野菜炒めの中で一番美味かった。
「大地。君、顔が緩んでるけど、そんなに美味しかったのかい?」
「っ」
伊織がニヤケ顔で俺をからかう。見えてはいないが、その言葉に反応して、雨宮さんが俺の方を見てきたのが気配で分かった。
「……すげえ美味かったですハイ」
「あはは。雨宮さん。どうやら大地は君の料理がお気に召したみたいだよ」
「お前はさっきからどういう立場でアクション起してる訳?」
あえて場をかき乱そうとしているとしか思えないんですが。
伊織にツッコミを入れ、恐る恐る隣を見てみる。
「そう……美味しかったんだ……嬉しい……」
心の底から嬉しそうに微笑む雨宮さんの姿に、今度こそ心臓が止まるかと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます