幕間5 開戦



 町の一角にある、アブロック記念公園。

 アブロック村が、町へと昇格した日を記念して造られた公共の広場。


 付近には、いささか無骨な――印象としては砦にも似た建物がある。

 直近に付けられた傷跡を残す、厚い硬石で造られた壁。上階部分には、返しとひさし。胸壁に囲まれた、迎撃用のバルコニーもある。

 第一避難所シェルター

 その内部を覗いてみれば――、


 戦闘ができるくらいの空間が、まずは広がっている。

 奥には、地下へと続く分厚い金属製の扉。戦闘に参加しない子供たちや、大人たちが、この中に待避している。また突貫工事で拡張された地下の空間には、魂を奪われた人々の体が並べられている。

 そして地上部分――つまりこの部屋には。

 いま、臨時の司令部が作られていた。


 運び込まれたテーブルや椅子。席についたオペレーターたちが支持を出している。秘密諜報組織ヘルメロスの諜報員。彼ら彼女らが、〈見〉の役から受け取った情報を、整理し、中継している。

 その他人々が慌ただしく動き回る中に、ロイドがいる。

 エリスも、彼のそばにいる。


 事態は動き出した。ダークネスは再び襲来した。

 積めるだけのものは積んだ。用意できるだけのものは用意した。

 対策は、整えた。

 ただしロイドには、未だに一つ、引っかかっている気がかりがあった。


 ロイドには――――カルカイカが、エリスに抱いた感情が、わからない。


 ――常人であれば。

 それはエリスに惚れたのではないか。という推測に至るのは、難しいことではないだろう。

 けれどロイドにしてみれば、それは黒と金色とどす緑・・・の混じり合ったものを、ピンクないし赤と白の混合マーブルの、類型色と見なせるか、といった話になり、難題となる。

 結果至ったのは、なんらかの強い執着ということだけは間違いがない、という結論。

 ゆえに、


「君のところに、現れるかもしれない」

「うむ」

 頷いたエリスに、ロイドは続ける。

「――そのときには、ぼくたちの秘密兵器に活躍してもらう」

 彼に了解は、もらっているから。

 そう伝えたところで、ふと、内からの声を聞いたようにロイドは顔を上げて。

 わらう。

 苦笑と幸せの、良いところを半分ずつ合わせたような微笑みだった。


 ――と、


「……あ。」


 扉を通されて、室内に入ってきた黒肌の少年――ジャマルが、ロイドを見つけて声を上げた。

 エリスと頷きあって、別れ。

 ロイドは歩み寄ってくるジャマルに、近づいた。

「あんたに会いに来たんだ」

 少年は言った。

 彼は――少し、言葉を探すように、唇を閉じ。それから再び、口を開いた。

「まず、 …………礼は言っとく」

「うん」

 そしてジャマルは、瞳に強い光を浮かべる。

「あと、俺も戦う。

 別にいいだろ?」

「もちろん。

 立っているものは親でも使え、という言葉がお金持ちにはあってね。歓迎するよ。ジャマル」

「……もっと尊敬しろよ。自分の親」

「君は使える剣士だからね。それに、今はもう、ちゃんと立ってる。しっかりと」

 視線をそらし、鼻を鳴らす――照れたような――ジャマルに、ロイドはタブレットと超小型のヘッドセット、並びに元気の出るドリンクを手渡す。

 そして、伝える。

「君にも少しだけ、〈あの二体〉に対するための策を、説明しておくよ」

 ジャマルは表情を真剣にして、ロイドを見た。


「あの二体には……、

 剣の勇者と、〈秘密兵器〉に、当たってもらう」


 ――やがて、説明を聞き終えたジャマルは、受け取ったドリンクの蓋を開け、ぐいっと一気にあおる。

「……ゴミ箱は?」

「あっち」

 さされた場所に設置してあった容器にビンを捨て、ジャマルは扉に向かった。


Bress your lifeブレスユアライフ、ジャマル」


Bress youあんたにも


 親指を立てたロイドに、幾分シニカルな笑みを浮かべながらも――同じように返して。


 ジャマルは、開いた扉から、外に出ていった。


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