第四章 学び、築き、抱け

save9 夜は明け



 夜を明るくするために、点在する街路灯。

 そのうちの一つが、かつて照らしあげたことのない重厚な光景を、闇の中に切り抜いていた。


 黒の怪人が、震えるほどのプレッシャーを放ちながら、蠢く瞳孔で、見やる。

 対峙するのは、美しい少女。純白を纏った、凛とした背筋に、威風の桃瞳とうどう

 黒く蠢く眼球まなざしは、彼女の色に目を留めている。胸腔きょうこうを膨らませて、離れた場所にいる少女の匂いを、すぅうん、と嗅ぐ。

 喜悦を表情に表して、黒の怪人は口を開いた。


『お前は白だ』

「そうだな! 白は好きだ!」


 ――ジャマルは、呆然としている。

 助かった……のだろうか。現実感――実感はない。

 こいつは、何者だ。

 ジャマルの視線は、少女と共に現れた、もう一人にも向けられる。

 あれは――、

 剣士。一見すれば、馬鹿のような大剣を背負っている。

 しかし――わかる。自分にも、それくらいは分かる。

 あの剣士は、凄まじく強い。


 ざり、と、地面を踏む音がした。


 はっとして目を向けたジャマルの視界に、黒い――闇の鎧姿が映り込む。

 叩かれたような衝撃が、全身を走り抜けた。

 闇の騎士が、こちらを見やる。

 ――こいつが、ここにいるということは。

 ――すなわち、先生が、破れたということだ。


 ジャマルは愕然とする。

 負けた。先生が。

 その事実は、すなわち〈死〉と同然の切っ先を持って、少年の胸に突き刺さった。

 それは、彼にとって、

 あこがれの人。疑いなく尊敬していた人の喪失。――も、同義だった。


 闇の騎士は、ふ、と視線をそらせて。

 大剣の剣士を、強い眼差しで見つめた。

 頭部全体を覆う兜と、更にその奥にわだかまる闇によって、眼光は見えない。

 しかし、違いなく、らんと輝く熱情がそこにあることを確信させる、それは視線であった。

 一方、大剣を背負った剣士は、静かな目つきで、それを返す。映るのは、岩のような静謐せいひつである。大きく、重い根を張る、落ち着き。


 黒の怪人は、少女に対する。

 明らかに熱を込めた、声をかける。

『カルカイカ』

 とん、と、指先で自分を示す。

「――エリスだ」

 倒れた三人の残り時間に素早く目を通しながら、少女も名乗る。

『エリスか・・・』

 びくっ、少女の体が震える。怯えではなく、虫が這ったような不快感を示す。

 カルカイカと名乗った怪人は、酔ったように続ける。

『・・・お前は、美しい白だ。素晴らしい男の隣に並ぶに足る、最高の白だ』

 少女は歯を噛みながら聞いている。注意は三人が浮かべる赤い砂時計に向いている。


『それは、


 ぴくり。言いかけた黒の怪人は、なにかに邪魔をされたように反応して、言葉を切らせる。

 ――示したものは、不快。どこか遠くに、噛み付くような目を向けている。

 だが――、しばらくののち

 ハア・・・と、大きなため息をつき、踵を返す。


 向いた先に、ず、と青い光が現れる。縦に長い楕円形の、坑口のような輝き。

 光の中に進み入った黒の怪人は、間際に振り返り。

 に、と、わらって。少女を、見て。

 輝きの中に、消えていく。

 闇の騎士も、続く。

 大剣の剣士に強い一瞥を向けて、光の中に踏み込む。

 青い光は消失し、二体の姿は、その場から消えた。



 町の各所で――、


 ダークネスたち――アグリーと、プラウドヘッズの集団の付近に、青い坑口ポータルが現れる。

 各地で暴虐を振りまいていた闇たちの動きが、ピタリと止まり。ぞろぞろと、その坑口ポータルの中に入っていく。

 けれど振り返った、その眼が言う。

 また来るぞ。と。今度こそは、喰ってやるぞ。と。


 ゲラゲラと、笑い声を響かせながら、ポータルの中に消えていく。



 ――静寂が――訪れた夜に、


 ジャマルは、立ち尽くしている。


「蘇生なら任せろー!」

 ずさーっと、一人のメガネが滑り込んできた。

「ハイハイハイぃいッ!!」

 蘇生薬を用いて、倒れた三人を蘇らせる。

「あっ、。ありがとう…。ありがとう――ございます」

 父親が。母親も。ナス爺も。

 生き返った。

 起き上がる姿が、目に入る。

 けれど、ジャマルは――、

 うれしい、とも、よかった、とも、思えなかった。

 心が、麻痺している。

 倒れたままのデイヴの姿。


 両親が、こちらを見て。


 ジャマルは、目をそらせた。

 理由はわからない。

 とにかく視線を、合わせられなかった。



 ――狂乱の夜は、終わった。

 しかし、張り付くような執着を、その場に残し。

 ただ、夜は、けてゆく――――



   ◇ ◇ ◇



 パチパチパチパチ――


 道化師の拍手は、称賛の音色を奏でていた。

 宙に浮く足元の力場は薄く発光しており、不足のない光量で辺りを照らしている。

 拍手が向けられているのは、ユーゴー。

 道化師は、さらに口を開く。

「すばらしく、素晴らしく上手くやれましたネ。ユーゴー。

 本来の目的としてハ、これハもう、最上級のスマイルマークでス」

 褒めすぎるほどに褒めている。

 ユーゴーの様子は、判然としない。ただ、わずかに居心地が悪そうにしている。

 嘆賞たんしょうの余韻を残しつつ、拍手を納め。

「――さァ、最初のチュートリアルは、満点。

 次に、移りましょウ」

 パロン大きく身を開いて、伸ばした腕と、半身で、町の方を指し示す。

「ここからハ、あなたが主導するイベントでス。


 さあ、ユーゴー。

 物語を、つくってくだサイ」


 ユーゴーの背後――広がる空間には、魂を奪ったダークネスたちがひしめいている。

 闇の騎士と、カルカイカの姿もそこにある。

 それらに背を向け、先頭に立ち、

 ユーゴーは、思索する。

 ――――そして、口を開く。

「時間を、与える」

 半分の仮面に隠された顔を、パロンに向け、

「……どれくらい、待てばいい?」

「…明日の昼まデ。それくらいが、丁度いいかト」

「……わかった」

 返事だけして、ユーゴーは再び町の方を向く。

 パロンは了解の一礼をして、決定した方針を、ダークネスたちに伝える。


「サて、皆サン。これかラしばらくは、休憩のお時間デス。

 アア、ご心配ナく。ちャァんと明日にハ、オモいっきり、暴れさせてあげマスからネ。

 エエ、大丈夫。。」

 道化が有象無象の闇を見る目には、欠片の情もない。それはただの駒――人形を、見つめるような視線だった。

 一方、強大な二体の闇に対しては、同意を求めるようなウインクをしてみせる。

 二体はそれぞれの理由で、些事と判断し、口を開くことはない。――代わりに、町の方を見やる。そこに残した、強い執着に向けて。



 離れた場所で、ルネは一人いる。

 視線を向けられることもなく。主張できる言葉もなく。

 ただただ、孤立の内に、立ち尽くしている。


 闇の蠢きは、夜空の中。

 姿を隠して、町を見下ろす。



   ◇ ◇ ◇



 襲撃後、深夜。


 被害状況は確認した。

 町の住民、3000人のうち、およそ半分の1500人ほどが、ダークネスに魂を奪われた。

 モンスターが異常行動を起こしているフィールドに、逃げ出す人はいなかったからだ。

 そして、

 襲撃前。約50名の一般兵士を除いた、戦闘兵士の人数は15名。

 町所属の公務冒険者が、12名。増援の公務冒険者が、21名。

 合計して、48人の、特化された戦闘力がこの町には存在した。

 襲撃直後。

 その合計は、15人にまで減じる。内訳は、戦闘兵士5名。町所属の公務冒険者10名。

 そして現在。この町に残っている戦力は、

 公務冒険者、6名。そして一般兵士、5名であった。


 4つある避難所のうち、収容した町民たちに被害を出さずに守りきれた避難所は一箇所だけだった。

 二箇所では、町民たちの果敢な抵抗により、内部への進入は防いだ。しかし防衛についた者たちの多くが、魂を奪われる。

 そして残り一箇所は、内部への侵入を許し、ほぼ全滅。

 そもそも、避難所に逃げ込めなかった人も多い。

 犠牲者には、働き盛りの男手が、多く入っていた。

 町には今、女性や子供、老人が占める割合が、多くなっていた。

 イビルアームの報告もあった。けれど幸いに――と言うべきだろう。死亡者は出ていない。


 一方、襲撃者の数について。

 ロイドには、ダークネスを目視したことで、得られた情報がある。


 魂は、魂に移る。

 短期的には、映る。

 その、個人に映った魂を見れば、どれくらいの数が周囲にあるかを、ある程度推測できる。


 ヘルメロスの諜報員たちが、目視で調べた数が500~600。

 ロイドが見た数は、600強。


 討伐が確認されたアグリーは、およそ100体。

 500程は、残っているだろう。

 威張り頭の討伐数は、3体。あと10体以上はいるはずだ。

 そして、

 もう一種類が、いる。

 今回の襲撃には、参加していなかった。しかし他とは異なる魂の波動を、ロイドは確かに捉えている。

 兵士級と呼ばれる、三種類のダークネスたちが、一揃いしている。これはそういうことだろう。



 ロイドたちは、この兵士級ダークネスたちとは交戦していない。

 まずは極めて危険な一つの現場にロイドが気づき、そこに急行した。というのが理由の一。

 続く、第ニ。

 もう一つの理由が、このには生きてくるはずだ。


 事前に話を通しておきたい相手は、兵士と、公務冒険者。

 まとめ役として活躍してくれるだろう町長には、町の人たちの共感を得られるように、知らない人の立場でいてほしい。

 ただし、必要なだけの現状は、当然伝えておく。


 ロイドは、情報と方針をまとめ、立ち上がった。



   ■2■



 翌日。

 早い朝の、透明な淡青。光量はいつもと変わらない。ただし町を囲む結界は、まだ解けていない。


 町の中央広場に、住民たちが集まっていた。

 彼ら彼女らの視線は、組み上げられた催し用のステージの上に注がれている。

 壇上にいる、彼に。

 夜を見張り、皆を守ってくれていた、その人に。


 ステージの端。控えるように立っているのは、町長。

 壇の中央。そこにいるのが、

 剣の勇者――シザ。だった。


「――そして、あんたたちはみんな、辛い夜を過ごしたと思う。


 ……だけど、聞いてくれ。

 こいつは、奪われた人たちを取り返すために、必要なことだ――――」


 ステージの上から、シザは町民たちに語りかけている。

 彼は、ロイドと事前に行なった打ち合わせを思い出しながら、言葉を紡いでいた。


 ――俺だけ?

 そう。 シザだけを、前に出したいんだ。 ぼくと姫は、名前を出さない。

 ……理由があるんだな?

 うん。

 わかった。じゃあ、策を聞かせてくれ。

 うん。 ――まずは、被害の状況だけれど……


「――昨日の夜。……この町の半分の人間が、奴らに魂を奪われた。

 奴らってのは――ダークネス。

 千年前に現れた、人の魂を奪う……悪党どもだ」



『文献にあるんだけれど、魂を奪われて、長い間目覚めなかったという人は、たくさんいるんだ。なかには、十年以上目覚めなかった、という人もいる。

 そしてそのまま、目を覚ますことがなかった――天に召されてしまった人も、多くいるんだ。

 ……ご家族は、きっとすごく、つらかったと思う。

 だからそんな悲劇は――――、避けたい。』



「――だからそんな悲劇は、避けたい…………。いや、起こしちゃならねえ」



『だから、できれば――、』



「だから、やらなきゃならねえ。

 俺は剣の勇者、シザだ。

 あんたたちのためになら、いくらでも剣を振るってやる。

 ……けどな、

 みんなの魂を取り戻すためには、俺だけが剣を振ってても、きっと届かねえんだ。

 だから、頼む。


 あんたたちの、力を俺に、貸してくれ」


 まごうことなき、勇者の目が。

 壇上から、強く。人々に注がれた。

 住民たちの間に、じわりと、熱が生まれる。互いが互いにその熱を認識した時、じわっとその熱は、更に大きく広がっていく。

 さわさわ、ざわざわ、その熱はやがて音として現れ、ある一点を超えた時、大きくうねった。


「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 人々の間から、喚声かんせいが立ち上った。



 熱を持った興奮の声が収まるのを待ってから、勇者シザは言った。 

「ありがとう。

 ……じゃあここで、俺の参謀役を紹介させてもらう。

 策は、そいつが考えたんだ」

 ――走り込む足音、

「策の説明なら任せろー!」

 ばりばりーっと段上に滑りこんできたのは、メガネの少年だった。

「はじめまして! ぼくはロイドといいます。勇者のシザさんにくっついてきた、お金持ちのメガネです!」

 あと、観光もします。

 カメラをとりだして、ぱしゃっ、と撮った。

「は、はぁ……。」

 中央に進み出てきた町長が、汗粒一つ垂らしながら尋ねた。

「シザ様……えぇと、こちらの方は……?」

「ロイドです! お金持ちのロイドです! 学の勇者と同じ名前のロイドと覚えてください! なんならぼくのことも勇者と呼んでもいいですよ!」

「はあ、いえ……それは……」

 気圧されたように――いや、実際に気圧されて、町長は口ごもる。気の強そうな感じではない、どちらかと言えば、頼りない顔をした男性。

 けれども、

 ぐっ、と、彼は克己を顎に噛み締めて、背筋を伸ばした。

 なんのために、自分が守られたのか。

 それは町長として。このような時のための、町の代表としてではないか。

「――ロイドさん。

 作戦が、あるとのことですが。――お聞かせ願えますか」

「はい」

 芯のもった町長の声に、眼鏡のロイドは頷き、言った。

「……その前に、公務冒険者の皆さん。

 皆さんも、どうぞ壇上に」

 端に設えられた階段から、6人の男女が上がってくる。

 剣士の青年――マットの姿もある。

 ステージ上に並ぶ彼ら。眼鏡のロイドは町民たちに向き合い、口を開いた。


「さて、それでは、町の皆さん。

 みなさんには、ぶっちゃけ、餌になってもらいます」


「なっ?!」

 目を見開いた町長の声に続き、人々の間にも、ざわっと音の波が揺れた。



    ■



「それで、ぼくの策なのだけれど」

 とある一室。シザとエリスを前に、ロイドは説明をする。

「まず、敵はまた来る。

 これは間違いないと断言していい。

 その際の数、敵には兵士級ダークネスが、いま、およそ500体以上。

 ――シザなら、勝てるよね?」

「……そりゃあな」

 問われ、偉ぶるでもなく、シザは当然と頷く。

「例のアグリーってやつが、だいたい一般兵士と同じくらいの強さだったか?」

「うん」

「――なら、千や二千でも、相手してやるさ。……ただ、」

「……敵が逃げ出さなければ。だよね」

「ああ。

 …………後ろから斬るのを、べつに嫌がりゃしねえけどな。……散らばっちまったやつらを、追いかけるのは……どうだかな……」

「君ならやりようはあるかもしれないね。

 でも、一体でも逃してしまえば、魂がどうなるかはわからない。

 さっきの、話になるけれど、

 昔の悲劇は、繰り返したくない。


 そのために、」


 ロイドは、テーブルの上に大判の紙を広げた。

 それは、この町の地図。


「町の人たちにも、戦ってもらう。

 囮として」


 敵の目の前に手頃に食べられるご馳走を、置く。

 それに食いついた敵から、まとめて刈り取っていく。


「これはぼくの所見なんだけれど、ダークネスは、どうやら人の感情に酔っ払うみたいなんだ」

「……酔う?」

「うん」

 エリスにとっては、以前に聞いた話であった。けれど、彼女は再び耳を傾けている。

「シザは、お酒好き?」

「ああ。飲む方だぜ」

「そっか。じゃあ、きっとそんな感じ。 ――恐怖、とか、絶望、とか、そういったものが、気持ちいいみたい」

「へえ……。 な酒だな」

「そうだね。

 ただ、それが餌になるとも思うんだ」

 ん……。

 シザは顎を指で挟んで、地図上を見る。


「だから、こう――…、」

 ロイドは、地図の上に、彼の〈策〉を示していく。



    ■



「まとめると、こうです。


 防御陣地を、町の各地に散らばらせる。


 これは、ダークネスたちにとって、競い合って食べるためのご馳走です。

 陣地攻略のための集団を敵に作らせ、その上で、各集団に連携をさせない、ということです。


 攻撃を受けた陣地の皆さんには、時間を稼いでもらいます。


 そして駆けつけた勇者シザが、一撃で決着させる。


 ただし、到着が遅れることもあります。

 その際は、ダークネスに襲われ、魂を奪われることもあるでしょう。

 けれど、ダークネスにやられた際は、気絶。

 復活自体は、3分刻みで、何度でもできます。


 なので、どうか頑張ってください」


 ざわざわと、人々は揺れる。壇の上で、ロイドは考えている。



 未だ、町とその周辺を覆っている結界。

 ダークネスたちが、残した執着。

 王都ルミランスで見得みえた、ユーゴーとパロンの情報。

 それらを合わせて算すれば、再度の襲撃は必然となる。

 その際に、

 敵に、退きの気を出させない。

 それが、ロイドの策の骨子。

 ロイドはあの道化師――パロンに対しては、ある種の信頼をしている。

 あれは確かに、悪意である。

 しかし、邪悪、というのとは、また違う。

 例えば、敵が襲撃を行わずに、魂を持ち逃げした場合。

 この町の人々を絶望に突き落とし、それを嗤うのであれば、これは〈最善〉だろう。

 ただ、そのような行為を、初手・・にやることはない。ロイドはそう思っている。

 その結果に至らない、というわけではないだろう。ただし【最初からは】しないはずだ。それが、ロイドの判断である。


 向こうには、空間転移の手段がある。

 そもそもが、相手の胸三寸次第で、いつでも逃げられてしまうのだ。

 防ぐために必要なものがあるとすれば、

 それは〈どう〉だと、ロイドは考える。

 ただのアクション、というわけではない。人の情動まで含めた、動きのことである。


 ――興を削ぐ。

 あるいは、戦法。


 そのような行動に対しては、きっと、必ず、ペナルティが課せられるはずだ。

 だがこの策の上で、人々が美しく戦う限りは。

 それは、転移による敵の逃亡を封じるための〈策〉として、機能するはずだ。


 ――上手く、踊る。


 あの道化師とやりあうためには、同じ舞台に上がり、手を取り合う必要までもがあるのだろう。

 二体の闇――あの強力な特殊個体たちについても。

 次の襲撃、最初にいきなりあれらが投入されたとしたら、町民の被害は著しく出るはずだ。

 ただ、ロイドは。

 相手ののとり方を考慮すれば、あの二体の投入は後からになると考えている。

 それは戦術ではなく、〈演出〉として、だ。


 まずは、人が、戦う時間を設ける。


 準備の時間は、すでに与えられている。

 こちら・・・の仕込みはすでに終えた。

 もしもの事態にも、備えられるだけは備えている。

 あとは、町の人々が行う、準備。

 刻限としては――長くはないが、短くもない時間。


 ――昼頃を、一つの目処とするべきか。

 


 壇上から、シザが町民たちに向けて話しかけている。

「――あんたたちにも、不安はきっと、あるだろうけど……」

 そして気づくのは、みんなの視線が自分ではない方を見ており、加えてなにか違う方向に不安を感じているらしいということ。

「――いや、こんなやつだけど……ほんとはこんなやつじゃないっていうか……頼れるやつなんだぜ。


 …………。


 ……ほんとだぜ?」


 シザ、スピーチ技能はあまりないらしい。


 町長が、口を開いた。

「……シザ様。

 大人たちは――もちろん全員がとは断言できませんが、きっとみな、命をかけて戦うでしょう。

 けれど、

 本当に幼い子どもたちを、そのように、恐ろしい目にあわせるのは……」

「ああ。

 そっちの対策については、もう一人を紹介する」

 ――来てくれ。

 勇者シザの声に応えて、一人の少女が壇上に登る。

 おっ、 と後ろのほうの男衆が、声を上げた。

 白を纏った、美しい少女だった。

「ぼくの彼女です。どうですか? うらやましいでしょう?」

 ごんっ、と、イキった眼鏡を殴りつけて。

「エリスだ。それなりに動ける。――よろしく頼む」

「こっちは姫さん――と、あだ名だ。Aクラス冒険者だ。ソロのな」


 おお!


 町民たちは、あるいは英雄に向けるような、尊敬の目で彼女を見た。

「戦わない人たちは、一箇所に集まってもらう。そこを姫さんに、守ってもらう」

 ざわざわと、再び人々の間に小波さざなみ。けれど今度のものは、肯定的な響きを持っていた。

 眼鏡のロイドが、再び口を開いた。

「最後に。

 お金持ちになるためには情報が命ですので、ぼくは色んな人を雇っているんです。

 いまも、姿は見えませんが、たくさんの雇い人が周囲にいます」

 勇者シザが、肯定する。

「ああ。みんな、腕っこきの諜報員、ってやつだぜ」

 隣に軽い目礼をして、眼鏡のロイドは続ける。

「その皆さんが、情報を出してくれます」

 一部の人にはそれとわかる、液晶タブレットを取り出す。

「町のあちこちにいる彼らが、敵の位置を確認。必要な情報を、手動で更新してくれます。

 加えて、オペレーター業務も担当してくれます。彼ら彼女らは、とても優秀なのです。

 公務冒険者の皆さんには、それらのアシストの元で、シザさんのフォローなどをお願いします」


「……はい!」


 剣士の青年、マットが、強く返事をした。



 ――さて、それでは……。


 話を続ける壇上の眼鏡を、ジャマルは死んだ目で眺めている。

 前方には、同年代の子供たちの背中がある。いま、ジャマルは学校の集団の中にいる。

 その最後尾。更にそこからも離れて、背後にある家の壁に、もたれかかっている。

 目の前の背中の数に、視線を向ける。

 ずいぶんと、空白が目立っている。

 悪友連中の姿は――見えない。

 フランは――いた。うつむきがちに、けれど服の裾を握りしめて、なにかを思っているようだが――どうでもいい。

 担任の女教師は、細い手で拳を作って、ステージの上を食い入るように見つめているが――どうだっていい。


 だれも、こっちは見ていない。


 周囲が再び盛り上がりの声を上げた時、ジャマルは静かに、その場を離れた。


 

   ◇ ◇ ◇



 町の各地で、準備が始まった。


 よっこらしょと、シザが荷物を持ち上げる。分厚い鋼鉄の板金。それを数枚重ねたものを担ぎ上げ、運搬のために歩き出す。

「す、すごいですね、シザ様……」

「ああ、筋力1000はあるからな。これくらいはできるさ」

「せっ、」

「っていっても、あんまり重いのはムリだぜ。そういう筋力じゃないからな」

 ハッハと笑いながら、シザは重心をらしもせずに運んでいく。



 町の外、少し離れた場所にある、木材の集積所。

「ふむ……。この丸太を運べばよいのか」

 エリスは護衛についている。ただ、手伝っていけない道理はないだろう。


「なあに、お手をわずらわせるまでもありませんよ!」

「俺たちゃ木こりですからね! 丸太を運ぶのは慣れてますよ!」

「そうですよ! そういうのは俺ら男連中に任しといてください!」


 若い男衆が競ってエリス嬢に声をかける。

 そんな彼らの勢いに、水を差すような声がした。

「おいおいおい……。なぁにを調子にノってるんですかねぇ……?」煽りを込めた、小男の声。

「何ィ……? ――あっ、てめえは!」


「「「“The Forest(ザ・フォレスト)” 沈黙のジャック!!」」」


 中肉中背の男性に、木こりたちの視線が集まる。ただ、黙然と立つ彼自身の目に野卑はない。沈黙の立ち姿のその側にいる、背の低い太鼓持ちが、大イキリをさらけ出す。

「雑魚どもがぁ……イキってんじゃねえ……! アニキはなぁ――――丸太を二本・・持てるんだよぉ!!」


 くっ、


 限りなく戦闘職に近い技能職といわれる〈木こり〉。彼らが担いで走れる丸太は一本まで。それを苦もなく二本も担ぎ上げてみせるザ・フォレストは、まさに格が違うといえよう。そう、桁が違うのだ。

 ザ・フォレストの男性は、二本の丸太を軽々と持ち上げてみせる。ただしその態度は、あくまでも仕事としてのものだ。

「へへっ、どうですかねぇ? お嬢さん」と、太鼓持ちは、彼女に視線をふる。


 ひょいひょいと。

 どうやったものだかエリス嬢は、小山のように積み上げた丸太を、両手で支えて担いでいた。


「「「バランス感覚がすげえ!!」」」


 木こりたちは大いに驚き、ざわめきだす。

 ザ・フォレストは、やはり沈黙のまま、謙虚にいる。いや、彼自身はストイックな仕事人なのだ。石を拾い枝を払う仕事を、誰よりも黙々とこなしてみせる。

 年長で、リーダー格の木こりの男性が声を張った。

「くそっ、負けてられねえぞ!

 おい野郎ども! 丸太は持ったな!!」

「「「「おう!」」」

 

 うおー、エリスさんに続けー!


 行くぞォ!! 木こりたちは、丸太を担いで走り出した。



 数名の一班兵士が采配を振って、現場を指揮している。

「おおい! 砂嚢用の砂が足りないぞ!」

「補給ならまかせろー!」

 ずさー、

 なぜか頭から滑り込んできたメガネが、勢いよく立ち上がる。

「砂ですか!? ありますよ! 砂! いい砂ですよ! 5トンあります!」

 普通の砂なら2㌔トンあります。

 言いながら、背負っていたリュックを外してその手に持つ。

「いい砂はですね、良い砂ですよ!

 錬金術とかね、色々使えるんですよ、食べれませんけどね! 一キロあたり50万ゴールドくらいするやつです。高いですよ!

 用途はなんですか?」

「いや、弾除けのための、砂嚢用なんだが」

「せっかくだから使いますか?! いい砂!」

「いや、普通のでいいから」


 まあそうおっしゃらずに。 ざーーーーと。リュックを傾けて出していく。


「それからこちらは差し入れです! 全部高いやつですよ! いいお値段がするやつです! 遠慮なく使ってください! では!」

 しゅぴっと片手を上げて挨拶して、メガネは向こうに走っていく。

 あとからぼったくる気じゃねえだろうな。そんなことを思いつつ、高そうな煙草の箱を見つけた兵士は、そっと一つを自分の懐に入れた。

「ようし! お金持ち様のせっかくのご厚意だ! 全員好きなもん取ってテンション上げてけ!!」

 おおーーー!!!

 活気のある返事が周囲に響いた。



 ――ロイドは立ち止まって、会話をしている。

 左手を耳の側に当て、予定通りに進んでいる工程の報告を受ける。

 通話を終えた彼は、視線を巡らせる。

 彼の顔が、向けられたのは。

 先ほど一人、広場を離れた、迷える魂のいる方向だった。


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