幕間4 結界を抜けて



 騎士団とは。

 かつて――冒険者たちによる文化が成熟する前、国軍こそが人民を守る盾であった時代。

 それは、早馬に乗って人々の危機に駆けつける、英雄的な守護者兵士たちのことを指した。


 現在。一部では車両の採用機械化もされている騎士団は、常に馬と共にあるわけではない。

 しかし英雄的な守護者――強い守り手という性質は、強固に受け継がれてきた。


 現代における騎士団は、有事における公の切り札、と称することができるだろう。



 さて、今この場には、この地を治める領主直属の騎士団、その斥候隊である兵士たちがいる。

 彼らはいま。ひどく漠然とした、やるせない気持ちを抱え、無力感と共に立ち尽くしていた。


 目の前には、闇がある。

 薄青の頃合いのなか、彼らの目の前には、真実、光を飲み込む、闇の巨大があった。


 遠方からでは見えなかった、闇の壁。ある一定の距離まで近づいた時、それは突如として出現した。正しくは、近づいたことによって視認された。

 斥候隊がざっと調べた所、その闇はアブロックの町を中心として半径1キロほどを包んでいる、巨大なドーム状のものだった。 

 遭遇初期、なんとか情報を得るために、長い棒を用意して闇に差し込んでみた所、ずるりと強い力で引っ張り込まれ、あわや人が飲まれかけるという事態も発生した。

 危険と判断した彼らは、兎にも角にも、本隊に連絡だけは入れていた。

 すると、やがて本隊から通信が入る。

 それは驚くべき内容だった。

 いま、こちらに、勇者たちが向かっていると。

 どこからの情報かと尋ねれば、エルメス、とだけ返答が来た。

 信頼できる情報だ。だから待て、と。

 斥候隊の隊長にはそれだけでも通じたようだが、一部の若い兵などは特に、いや、それ・・は全体に共通の気分ではあった。つまり、無力感とともにある、落ち着かなさ。


 持て余し、こちらに向かっているという勇者たちの到着まで、兵士たちはただ、立ち尽くしていた。 

 ――そんな彼らのもとに――――、


 三人の人物が、威風を引き連れ駆けつけた。

 ずさりと足を止め、進み出る一人。


「――ご苦労。アントニウス卿の兵士たちとお見受けする」

 白い旅装を纏った美しい少女が、気品と威厳を漂わせながらこちらに声をかけ、


 大剣を背負った逞しい青年が、闇をにらみ。


 眼鏡をかけた少年が、自身の右手首に嵌めた腕輪に、視線を向けた。



   ◇ ◇ ◇



(マスターハンド様。いま、よろしいでしょうか)


《――いや、ロイド君。

 あのー、あれだよ? 君から話しかけてくるのはね。あの……本当なら、あれなんだよ?

 僕らが返事をするのもね。つまりはあれだし。

 ひと月前のことではね。僕らもだいぶ怒られたし。

 ただまあ会話についてはね?

 『程度を考えるように』ってね。そうは言われてるんだけどね。

 ただぎりぎりと思うから。ぎりぎり。

 ……でなに?》


(目の前にある、この闇なのですが。右腕の奇跡を使わないと、通り抜けられないものなのかを、お尋ねしてもよろしいでしょうか)


《ああ…………、うん。

 ――――うん。

 いまの君の手持ちの手段なら、それしか、ないね》


(わかりました。……ありがとうございます。では、何人までなら)


《ああ。……ヘルメロスの人たちくらいなら、全員一緒でぜんぜん大丈夫だよ。

 ……あともちろん、権利を与えるよ。みんなにね。この結界に対しては、出入りが自由。という》


(――はい。お気遣い、感謝申し上げます。人さし指の柱さま。)


《うん。……それじゃ。がんばって。》



   ◇ ◇ ◇



 兵士たちは、絶大に驚いていた。


 目の前にいるのは、勇者が二人と、あの暴れ姫様。


「みなさん!」

 まなびの勇者が上げた声は、こちらに向いたものではない。

 ざっ、と空間より溶け出たように、十数人の男女たちが姿を表した。

「――追走できたのは、我らだけです。

 ……申し訳ありません、ロイド様」

「いいえ、とんでもない。心強いです。頼りにさせてもらいます」

 そして学の勇者は、こちらに視線を向けると、ペコリと頭を下げる。


 ばっ。半ば反射の敬礼にて、兵士たちは応える。


 学の勇者は、す、と右腕を上げると、自身の胸の中に、祈りを捧げるようにして、


「右腕の奇跡を!」

 神々しいオーラが、勇者たち一行の身体を包み込んだ。

「――我らに、任せよ」

 エリス姫が言い、剣の勇者も、太い笑みで頷いてみせた。


 兵士たちは、闇を通り抜けていく、彼らの姿を見送った。






 ――――そしてどこかの、片隅で。


 『いけるか? いけそう。 やれんのか? やれますよ。』


 ――あ行けた。


 そんな呟きがあったことは、誰も知らない。

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