幕間2 闇の蠢き



 人里を遠く離れた、何処どこかの場所で、何時いつか。


「はい……。はい……。ええ。その点は、わたくしの怠慢でした。――謝罪すると同時に、引き受けさせていただきます」


 道化師が、天を仰いで会話をしている。

 先垂れ帽子をかぶったような、つま先の尖った靴を履いたような外見は、彼に生来のもの。魔族である。

 パロン。と、彼の名を呼ぶ。


「ただ、手札が。

 こちらで用意できる戦力にも、限界がありますので。――ええ、つまり〈はな〉としての意味で、ですが。

 ――ついては、

 〈チケット〉を、用意してもらいたいのです。良質な……。特上くらいは、頂けると、ありがたく」


 一考を願うように、大げさではあるが芯の通った一礼をする。


「……盟友」


 若い声が、かけられた。

 ローブを纏い、錫杖を手にした姿があった。

 特別に目を引くのは、その顔。

 半分に砕けた仮面を身に着けている。覗く片側からは、青年の顔が見えている。ただし受ける印象からは、幼さといえるものが感じられる。

 ユーゴー。彼の名であった。

 佇む彼が、道化師に向ける視線。

 そこには、迷惑をかけただろうか、という伺いがあった。

「イイえ、お気になさらず、ユーゴー」

 眼差しを和らがせて、道化師パロンは言う。

「ただ、予定が少々、変わりましタ。

 ……けれど大丈夫。

 あなたはとてもお上手になった」


 話す二人から離れて、一人。

 少女の姿も、そこにある。

 薄紫の長い髪。宝石のような瞳を持つ幼い姿。人の年齢で見るならば、10をいくらか過ぎた所。

 彼女の名前は、ルネ。

 いまは添え物のように、そうあることを強いられているよう、一人いる。


 ――と、


 ぴくり、パロンが反応した。

「はいはい……ええ――」

 再び天と会話をする彼の目が、す…、と細められた。

 殺意――あるいは、そのような敵意を、人はその眼に見るだろうか。


「オヤオヤ……」


 道化師の声は厳しい。聞かぬ子供を前にした厳格な父親のような苛立ちが、棘として覗く。


「ハイ……。エエ。 ……干渉が、起きた、ト。

 ――――――アア。下位の、デスか……」


 それを聞いたパロンは、ふー、と多少の気を抜く。そして呟くのは、独り言。

「このタイミングで更にイレギュラーとハ……」

 やれやれ、大げさに首を振り、


「――失礼。そういうことでしたら、〈彼ら〉に頼むまでもありません。

 そちらの件は、天にお任せいたしましょう。

 ……はい。

 お伝えいただき、ありがとうございます」


 謝意を伝えた道化師の顔が、ふと上がる。

 再度掛けられた声を迎えるように、天を仰ぎ。

 にこり、と笑った。


「重ねて御礼申し上げます。

 うまく扱ってみせますので、どうぞご期待を……」


 最後に丁寧な一礼を添えて、パロンはユーゴーに向き直った。

「ユーゴー。

 天より、二体分の権利をいただきましタ。

 ――〈特上〉ですよ。たのしみですネェ」

 弾む道化師の声に、破面の若者は無表情に頷く。

「さア、それでは。呼び出してみましょウ」


 言って、いつの間にか道化師が取り出したものは、両の掌に乗る漆黒の球体だった。見事な真球を形作るそれぞれの中には、生きるように渦を巻く闇が閉じ込められたかのような――深淵がある。

 覗き込むならば心せよ。汝、闇と向き合う覚悟はあるか。人の理、外なる内実、魔道に濡れる、覚悟はあるか。

 ユーゴーは、黙して向き合う。二つの球体と、視線を合わせるように。

 彼の右手が、錫杖を上げる。力が、集まっていく。彼の内より放たれる、世界の扉を開かんとする魔力。

 口を開ける。喉を震わせる。

 発露の契機、言葉は力。


「……闇よ」


 噴き上がる爆炎のように、道化師の両手から漆黒が立ち昇った。


「……闇よ」


 業風ごうふうの吹き鳴りが、上空に渦を巻く。深淵の球体より放たれ、魔力によって掻き混ぜられる、外法げほうの世界に通じる扉。


「打ちそむ生道せいどう つど悪路あくじ

 古古ふるぶるしき孤然こぜん欲需よくじゅ

 放たれよ。宿業の檻――


 ――来たれ


 “DARK SOULSダークソウル” 」


 ゴッ、世界が揺れた。

 それは道化師の両手から、二つの球体が消失した音。二つの世界が完全に、繋がりきった音。

 天に渦巻く闇の中から、二体の人影が降りてくる。

 秘められた万雷のような轟きが、辺りの空気を打ち震わせる中をくだり来る。二体が纏う冷厳は、尋常を遥かに凌駕するもの。只人ならば幾万を集めたところで一触のうちに倒れ臥すだろう、その威圧。

 闇天あんてんより降臨した二体の足が、大地を踏む。


 ――対せるものは、果たして。

 ――あるいはそれもまた、天に選ばれし者のみか。


 無感動な眼差しで、呼び出された二体を見つめるユーゴー。

 一方で、

「オヤァ……」

 パロンは花を見るような愉悦を浮かべ、愛しさすら宿った視線を、その闇たちに向けるのだった。


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