save4 動き出す事態



 翌日。


 朝。ロイドが腕輪を通して会話をしている。

「――はい。引き続き、お願いします」

「……新しい情報は無しか」

「うん。ただ、一度町に戻ろうか」

「うむ」

 送迎については辞退して、徒歩で村を発とうとした二人のところに、


「おーい」


 よっ。と声をかけてきたのは。

「シザさん」

「シザでいい。呼び捨てにしてくれ」

 ちょっと、聞きたいことがあってな。と、気さくな様子で、彼はロイドに話しかけた。

「ロイド。あんた、真っ先に亜竜に気づいていただろう?

 エリス、あんたも、多分なんかで隠してるんだろうけど、只者じゃあないみたいだからな」

 もしかしたらと思って、尋ねたいのだが。


「あんたら……〈破面の男〉って、知ってるか?」


 ! ロイドとエリスは反応した。

「――邪神官、ユーゴー」

 口を開いたのはエリス。シザは頷く。

「ああ。……と、異端魔王パロン、だっけか。ルミランシティで――あーと、事件を起こした、そいつらのことだ」

 ロイドとエリスは目で会話をする。二人、同意に至り、

「改めて自己紹介を。ぼくはロイド。勇者です」

 名乗り、〈勇者の証〉を取り出してみせる。

 エリスは惑わしの魔法石の効果を切り、名乗る。

「わらわも、改めて。姫王国王女、ルシーナ・エリス・プリンセシアだ」


 ………………。


「え?! すげえ!」

 勇者シザは目をむいた。

「まじかー」

「まじです」

 うなずくロイドに、シザは笑顔で語りかける。

「聞いたぜ、ロイド。復活した邪神を返り討ちにしたんだってな。ありがとうな。ほんとによくやってくれたぜ。

 あと、エリス姫さん。あんたの話は色んなところでよく聞くぜ。あんたの話をする人ら、きまってみんな笑顔だ。尊敬するぜ」

 人柄がにじむ賞賛の言葉に少しはにかみつつ、エリスはシザに問う。

「われわれの正体に気づいたから声をかけた、というわけではないのか」

 いや、そういうのは全然。シザは首を横に振る。

「なんか只者じゃないふうだったから、もしかしたら知っているかもってな。思っただけなんだ」

 ……おお。エリスは勇者シザのそのへんのゆるさに、ちょっと共感を覚えてうなずいた。


 少し、一緒に歩かないか。

 言われ、二人は同意を示す。シザ共々、村の人たちに挨拶をして、出発した。


 今回、シザはまったくの無償でクエストを行なっていた。

 まず、亜竜のドロップ品は全てシザの取り分として権利が発生するのだが、彼はそれを辞退している。

 またギルドからの討伐報酬も、これは全員が――ロイドとエリス、シザ含め――受け取りを断ったからだ。

 ゆえに功労者たちへの取り分として、ドロップ品の権利と討伐報酬は、全てメッセージを残した冒険者たちに譲渡されることになった。

 正しくは、遺族たちのもとに。

 彼ら彼女らが果たした仕事の、誇りとともに。


 公道を歩きながら、ロイドとエリスはシザの話を聞いている。

 破面の男の噂を追って、コルミの町の近くまで来ていたシザ。町を訪れた際、二ツ目のスライムの話を聞き、捕獲クエストの受理を引き受ける。ギルドに向かおうとしていたところで、緊急クエストの発生。参加を希望し、この村までやってきた。そしていま、あんたたちと歩いてる。

「なるほど……」

 エリスは了解し、

「しかし……なんだな。寄り道が多いな。シザよ」

「そうなんだよなあ」

 はっはっ、と彼は笑い、

「じゃあ、今度はそっちの話を聞かせてくれよ」

 ロイドとエリスは、ユーゴーとパロンの情報について――加えてルネのことも、知りうる限りをシザに伝えた。

 王都事変から今日に至るまで、調べ上げられた事柄。

 顎に手をあて、感心しながら聞いていたシザ。

 パロンについては〈大冒険〉に同じ名前が見られるという話に差し掛かった時、彼は思い出したようにふと声を上げた。

「そういやぁ、ニツ目のスライムも、そこに話が出てなかったか」

「うむ?」

「ほら。アルドたちの前に、ときどき現れたっていう、変なスライム」

「…………おお、おお! うむ。たしかに。確かに!」

 物語は大好きだが、少し忘れっぽいところのあるエリスは、思い出して何度もうなずく。

「まあ、だからなんだって話だけどな」笑うシザ。

「う、ん。うむ……」

「エリス姫さん――と、あんたのこと、〈姫さん〉って呼んでいいか?」

「うむ。かまわぬとも」

 助かる。シザは礼を言い、

「ロイドと姫さん、遮って悪かった。続けてくれるか」

「はい」

 ロイドは残る情報を語った。


 ロイドの話が終わったあとは、もう一度シザの番になった。

「――基本的には全部、警察から回してもらってるんだ。

 で、コルミの町のそばまでは来てたわけだが、また連絡が入ってな。

 町の中で、ユーゴーらしき男を見た、って。それで町まで来てみたんだ」 

 ……そういやぁ、と、シザの話がふと飛んだ。

「〈エルメス〉って、知ってるか?

 二人組・・・に関する情報なんだけどな。全部が全部、警察が集めてるってわけじゃないらしい。そういう――組織が、あるって話なんだけどさ」

「……ちなみに、エルメスは人名で、〈ヘルメロス〉が組織の名前です」

「そうなのか」

 はい。とロイドは頷き、

「そして、実はぼくは、そのエルメスと個人的に知り合いなんです」

「まじかよ」

「まじです」

「すげえな」

「すげえです」


 ……あ。もしかして。


 何かに思い至ったシザに、ロイドは伝える。

「最近では、調べた情報の一部を、外にも流してもらっています」

「へえー!」

 シザは非常に感心している。

「いや、前よりも、いろいろ入ってくるようになったとは思ってたんだ。感謝するぜ、ロイド」

「どういたしまして」

「ところで、どうやってそんな関係を作ったんだ?」

 問われ、ロイドは答えた。

「パンティーが、育んだ絆です」

 へぇー。

 シザは素直に感心した。

「……ちなみにそれは誰のものだ」

 ロイドは明後日のほうを向いて口笛を吹いた。

 ぶうー、びゅびゅー

「だから下手だ!!」

 エリスの怒鳴り声があたりに響いた。



 もうしばらくを一緒に歩き、三人、気心も知れてきたころ。


「ねえシザ。ちょっと紹介したい人がいるんだ」

 言いながら、ロイドはメガネを外す。

「ああ、?」

 答えたシザの前で、ざっ、とロイドの姿が変わった。

 黒髪、黒目、着ていた革鎧も黒く染まる。

「おっ」

 シザが歓声を上げた。

「わかるぜ。あんた戦士だろ?」

「ああ」

「しかもかーなーりーの腕っこきだ」

「……試してみるか?」

「あんたがいいなら。名前は?」

「クロイだ」

「ぜひとも頼むぜ。クロイ」


 話は即行でまとまった

 そしてこの時、近くの葉陰で『うぇっ?!』という声が上がったことは、しかし誰にも気づかれることはなかった。



 道を少し外れて、クロイとシザが向かい合っている。

 本来、腕試しを外でするなどというのは愚か者の発想ではあるのだが、流石に勇者に対してそれを言えるほど、エリスは偉ぶることができない。

 であるので、

「わらわが立ち会おう」

 万一、いや、億に一つのこともないように、見守ることにした。

 彼女の視界の先で、シザは上半身に身に着けていた鎧を外し、次いで着ていた上衣ふくも脱ぐ。

「なぜ脱ぐ?!」

「真剣でやると服が切れちゃうからな」

 上半分を裸にして言うシザの台詞に、

「……なるほどな」

 理解し、クロイも上を脱ぐ。

「ううむむ、」

 そういえば、訓練場ではよく見られる光景――なのだったか。と思い出しつつ、エリスは二人の体を見る。


 片方、シザ。

 身長は、190を優に超えている。

 筋骨隆々の体躯は、しかし研ぎ澄まされた刃のような鋭さもそなえている。ゆえあるのだろうか、指先までを包み込む左腕の手甲だけは外していない。

 黒髪の、その下にある童顔は、しかし鋼のような体と不思議に調和しているように見えた。

 一方、クロイ。

 ロイドと同じくらいの身長は、160と半ばほど。

 けれど肉付きは、はっきりと異なっている。それは歪みを抱えているとすら言える体格。

 シザを均整と表現するならば、こちらは荒縄で巻いたような激しさのある筋肉。あるいは、がむしゃらに叩き上げた鉄のような。そのような肉体だった。


「腰から下は狙わないってルールでいいか?」

「ああ」

 応答し、クロイが付け足す。

「武器を手放しても負け、でどうだ」

「いいぜ」

「よし。……その上であれだが、俺は剣は使わん。拳でやる」とクロイ。

 ははは。

 笑うシザ。

 そしてふと、思ったように問う。

「そういえば、あんたは何歳なんだ?」

「25……いいだろうが、年齢なんぞどうでも」


 二人は構え。

 戦闘が始まった。



 開始直後から――、

 優位をとっていたのは、シザの方だった。

 常に先の先を取る彼の剣に対して、クロイは一方的に受身の態勢だった。いや、襲い来る剣筋を全て防御しつつ、じっくりと前進、瞬間に飛び込み、一打。一撃必殺を狙う戦法はしかし、全てシザにいなされている、と表現したほうが正しいか。

 それらのやり取りをしばらく続けた先に、

 エリスは気づく。

 シザの大剣に、剣気が蓄積されつつあることを。

 ――そう、蓄積・・である。剣に剣気を込めて斬るのが剣士。しかし通常、一振りごとに剣気は全て消費される。だがシザの大剣には、残留する剣気が蓄えられているようだ。

 それはつまり、火力の高まりとイコールである。

 クロイの防御力は、シザの攻撃力を圧倒しているわけではない。

 全身を固めるような戦気での防御では、いよいよの一撃を防ぐことはできないだろう。

(これは……抜くぞ)

 エリスが思ったその時、

 ごっ、シザは振るった。

 決着のための一撃を。超高速の横薙ぎのそれに反応できていないからだろう、クロイは首元だけを両腕で固めている。戦気はまた、腕、刃が迫りくる一方にのみ集中されている。それならば確かにブロックもできよう、だが超速の中にあってシザの大剣は軌道を変える。胴体を。薙ぎ斬ってしまえば、それは致命のクリティカル。

 とった。

 クロイの胴体に食い込んだ刃に、エリスがそれを判断した瞬間。

 ガヂィイッ!! 金属が金属を噛み込む音が響いた。

 刹那のはざまに、クロイは戦気を移動させ、横腹に食い込んだ大剣を受け止めていた。しかしそれだけでは終わらない。自身の首横に構えていた腕を動かし、

 ずがむっ! 大剣の腹を全力の拳で叩きつけた。

「うおっ、!」武器を手放したら負け。それがルールである。プレッシャーの爆発に、柄を手放さぬよう全力で抗ったシザの腕が、ガッチリと掴まれる。

 振りかぶる目の前。

「だよなあ!」

 ぼごーんっ!

 顎先をぶち抜いた拳は、シザの首をへし曲げ、彼を気絶させた。

 ふう……。

「手加減が楽……ってのはいいな」

 そう、クロイはうそぶいた。



 和やかな雰囲気で、感想戦が行われている。

「じゃあ、防御のタイミングは、どうやって計ったんだ?」

「右と左、位はわかる。首近くを防御すれば、後は狙いも限られる。計ったわけじゃねえ。タイミングの勝ち負けに、勝負をかけただけだ」

 それはそれとしてだ。

「お前、俺が条件を出した時、何も考えずに答えただろ」

「いやあ、そういうの苦手で」

 頭を掻くシザに、エリスはうむ…。と生ぬるく同意する。いや、わかる。わかるのだが。

 改めてクロイに向き直ったシザは、右手を差し出した。

「久しぶりに負けたぜ。つええな。クロイさん」

「おう」

 握手。

 互いに敬意を持った握手のあと、二人は再び感想を語る。

「クロイさん、あんた、盾使いだったんだな」

「……? いや? …………なにかの喩えか」

「ああ、」


 シザ。勇者になる前は、戦士と剣士の二職に就いていたらしい。

 戦剣士いくさけんし

 ただし性に合っていたのは、剣士の方だったという。


 そんな彼が、〈戦気〉を解説する。

 それは自身の肉体に宿し、筋力強化、耐久力強化をするためのオーラ

 二つは一緒にギュッと纏うこともできるけれど、やっぱり一番強いのは、一つだけをガッとやる方法。混ぜて使うよりも、攻撃、防御と瞬間に切り替えて使うことができれば、それこそは戦気マスタリーの真髄と言えよう。その際の流動をシュッと制御し、要点においてガッ、いやグッ、いやビッ、いやガッと現す。

 これの防御面に長けた戦士を、すなわち盾使いと呼ぶのだ、と。


「その呼び方は今聞いたが……そういう戦い方はするな」

 確かにと、クロイは認める。そして、ならば自分からもと続ける。

 それは今の手合わせにおいての、シザの態度について。

「条件のこともある。手を抜いてるわけでもねえと思う。ただどうにも本腰が入ってねえ。俺はそう感じた。

 お前……どっちかと言えば、もっとガツガツしたタイプなんじゃねえのか」


 はは。


 見抜くなあ、という笑いを、シザは浮かべた。

「昔はな」

 つぶやかれた声は、ぽつりと置かれた。


「まあ、それはともかく……だ」

 いい加減、エリスは口を挟んだ。

「そなたら……。

 そろそろ、服を着ろ」と。



   ◇ ◇ ◇



 三人は、コルミの町に戻ってきた。

 目的が一致したため、しばらくは一緒に行動することで話が決まっていた。

 パトロールがてら、スライムの存在にも注意を払いつつ、町の中を歩く。

 成果は無いまま、時間が過ぎる。

 やがて夕方、日が落ちかけたころ、一息入れるために三人は宿へ。

 一室で、それぞれが軽く寛ごうとしたその時。

 ロイドの通信機に、連絡が入った。


 それは極めて異常な事件の発生を、彼に報せるものだった。

 一つの町が、謎の結界に飲み込まれたというのだ。


 ざわり。エリスとシザも反応する。

 スピーカーの音を切り替えて、ロイドは通話の内容を二人にも聞かせる。

 発せられるのは、この連絡に至るまでの事態の流れ。

 エリスの顔が、事に挑むための険しさを帯びていく。

 シザは落ち着いた表情を見せ、けれど、真剣な瞳で。

 ロイドは普段と変わらぬような顔のまま、注意深く、話を聞いている。 


 エリスがテーブルの上に地図を広げて、場所を確認する。

 シザとロイドも覗き込む。

「遠いな……」

 つぶやいたのはシザ。

 そこはまた、辺鄙と言える場所だった。道の終端にある、特徴もない町。

「――とはいえ、走っていくのが一番早いか」

「……だな」

 エリスの言葉に、シザも同意。

 ザッ、と現れたクロイが、外した眼鏡をしまいながら、二人に並ぶ。


 外に出た三人は、走り出した。

「……こんな時に言うのもなんだけど、俺、走るのは好きなんだよな。

 ……気持ちいいからな」

 ふっ、とエリスは笑う。

「わらわもだ」


 三人は、一塊ひとかたまりの突風となって、夕暮れの中を駆け抜けていった。



 ――――走りゆく彼らの後を、小さな涙滴状の影が一つ、追いかけていった。


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