Love to BraveⅡ ~剣の勇者と二ツ目のスライム~

プロローグ



 ――青空は遠くどこまでも続く。彼方まで広がる天鵞絨びろうどは、世界のはしを越えた先にも、きっと繋がっているのだろう。


 平原フィールドのこのあたりには、木立が点在している。

 特に道もない広野を二人で歩きながら、ロイドはエリスに声をかけた。


「それでね、姫。

 あの時ズボンを濡らしていたのは、おもらしではなかったんだよね。模造品だったん、

「いいかげんにせんかきさまぁあああああああああ!」


 エリスはぶっちぶちにブチ切れた。


「もう怒るぞ! もうおこているんだぞ! わらわは!

 もういいと言っただろう! なんかいも言っただろう! きさま何度目だといっているのだ!!

 忘れたころにもちだしてきおってもぅーーーーーーーーーーーー!」


 エリスのわななく声が、空に響く。



 〈王都事変〉。


 ルミランス首都を襲った大事件から、二ヶ月以上が経過していた。

 今日に至るまで、世界各地では様々な動きがあった。

 なかでも特筆すべきは、〈世界会議〉の開催だろう。


 ブリタニアより、アルトリア王。

 レガリア大陸の、各エリアを代表する王たち。大二国からは、戦王いくさおうが。 

 EGL大統領Mr. President ケーオス・セインツ。

 ジャポネアからは、織田総理大臣。

 ミスタリカより、ウボア皇帝。

 自由大陸からも、オルバトーレの代表者が。


 その他にも様々な有識者たちが集まって、行われた世界会議。

 ロイドという存在にまつわる一大事は、世界中が知ることになった。

 復活した〈邪神〉。それを主導した者たち。

 そしてロイドの降臨に応じるように、再び出現したダークネスたち。

 特にこのダークネスに対する注意喚起と対策は、各国々の政治の水面下で、忙しく進められている。

 その一環として、ロイドは様々な協力を各国から取り付けていた。

 ただし彼は今、援助こそされても束縛されることはない、フリーランスの勇者として、特定の国に所属することなく動いている。

 また、天――マスターハンドのことについては、ロイドは多くを明かしていない。ただ、見守ってくれている存在。とだけ、会議の場では表明していた。


 ともあれ、さまざまな人々との出会いがあった7日間。

 中から一つ上げるならば、まずはクロイと戦王の出会いだろうか。

 和気あいあいとしたセメントスタイルの殴り合いのあと、意気投合した二人。

 クロイは戦王から直々に、一つのスキルを教わっている。


 そしてエリスはよく知らないが、ロイドにもまた、とある人物との出会いがあったらしい。

 会議の開催から六日目。

 ロイドが変な笑顔を浮かべながら、エリスのもとにやってきた。


 素敵な出会いがあったんだ。

 そうか。

 一冊の本を取り出す。

 どんとこい物理現象。

 これ、ぼくの宝物なんだ。

 そうか。

 サイン入りなんだ。

 ……そうか。


 なんというか、ものすごく奇妙にニヤニヤしている様子のロイドを、エリスはちょっと引き気味にして見やっていたものだ。


 そんなロイドの名前は、もっとも新しい勇者の一人として、与えられた二つ名とともに広められた。


 まなびの勇者 ロイド。


 彼自身を含めて、現在世界には、15人の勇者がいる。


 ただしロイドには、他の勇者たちに無い特徴がある。

 出生地を持たず、レベル1にして勇者であったロイド。

 アルドの再来、と呼ばれるゆえんである。

 そこに合わせる形で、〈復活した邪神を打ち倒した勇者〉としても、彼の名前は喧伝けんでんされた。

 これはダークネスの復活に対する人民の不安を、打ち消すための機能として、各国が治世に利用するためであった。当然、そこにはロイドの同意もある。



「――で、あるのだから。だ。そなたもだな。こう……もっと勇者としての自覚をもってだ。真面目にやれ。真面目に。な」

「努力するよ」

 あまりにもさらりとした張り合いのない返事に、やれやれと首を振り、はあ、とため息ひとつつき。

「……そういえば、〈イロアス〉の勇者特集をみたぞ」

 エリスは背負った白いマケットサックから雑誌を取り出した。レガリア全体で広く流通している、有名な定期刊行物だ。

「そなたも載っていたな……。この……これ……このそなたと言っていいのかわからないこれが」


 開かれた一面には、大きく写真が載っている。


 さらっさらに流れる白髪、ばっちばちのまつ毛、切れ長の瞳。掛けていない眼鏡。


 一応、オーバーソウル状態のロイドに似せてはいるが、写真屋さんに加工されまくったその一枚。

 この写真を見て、学の勇者=眼鏡のロイドと、連想できる人はいないだろう。

 エリスは紙面と、目の前のロイド――茶色の髪、丸い眼鏡をかけたぽやんとした印象の少年――を、何度か見比べて、ふふっと笑う。


 ぱらっ


「おっと」


 風が、ページをめくった。

 開かれた紙面には、


 つるぎの勇者

 シザ


 濡羽色の黒髪、夜を閉じたような両の眼、細い顎、銀色の鎧を身に着けて、細身の剣を携えている。背後の壁にかかるぼやけた大剣が、印象に力強さを添えている。


 年齢は20歳。2年前に勇者になったこと。そして、諸国を旅するフリーの勇者であることが、説明書きには記されている。

 紙面を覗き込んでいたロイドが、エリスに尋ねた。

「――姫は、ほかの勇者さんたちと、お会いしたことはあるの?」

「うむ……。勇者王陛下と、戦王陛下は、ともに王にして勇者であらせられるからな。お二人とは当然、お会いしたことがある。

 ただ、それ以外の方々とは、まだ面識を持ったことはないな」

「そっか。

 ……実はぼく、何人かとは、すでにお会いしているんだ。機会があれば、姫にも紹介したいな」

「おお。それは、是非。たのみたい」

 二人がそのような会話をしていると、ロイドの左手首、腕輪状の通信機に着信が入った。

 左手を耳に当てるようにして、ロイドは連絡を入れてきた相手と会話をする。

 数言、やり取りを交わし、

 彼の表情が、真剣に変わった。


「姫。

 ユーゴーらしき人物が、目撃されたって。コルミという町で」

「――む」


 邪神官ユーゴー。異端魔王パロン。


 王都事変の中心的実行犯として、世界中に指名手配されている二人組・・・

 出回っている手配書には、彼らの写真が載せられている。王都事変の際、ロイドが装具に仕込んでいたカメラが写したものだった。

 そもそもロイドとエリスは、彼らを追ってこの地方まで来ていたのだった。今日こんにちまでにロイドが築いた情報ネットワークの網に、二人の影らしきもの・・・・・が引っかかったからだ。


 レガリア大陸の各地で発生していた謎の発光現象。

 ごく最近発生したその現場に、残されていた人の食事跡。


 その現場を探るため、ロイドとエリスはこの地にやって来た。それが数日前のことだ。

 ここはレガリア大陸の北西、戦国いくさこくの領地。二人はキャンプをしながら僅かな手がかりでも見つかればと、周辺を捜索していたのだった。


「それは……まさかの大当たりということか?」

「わからない。……まずはとにかく、」

「うむ。行ってみよう」

「うん」


 二人は示された町――コルミに向かって、移動を始めた。



   ◇ ◇ ◇



 コルミの町。6万人以上もの人口を囲む、立派な壁。そこに設けられた、一つの門の前で。

 はあ……。と、一人の門番が、これみよがしな溜息をついていた。

 これを見よと言わんばかりに主張されているのは、ため息だけではない。

 手にした長い虫取り網。それは非常な悪目立ちを、彼と、彼の隣に並ぶ同僚に与えていた。


 なんでこんなことをしているのか。

 門番は思う。


 世界的に指名手配されている犯罪者の一人が、もしかしたらこの町に現れたのかもしれないという状況で、こんな物を手にしている場合だろうか。

 そんな提言に上司が返した答えは、それはそれ、これはこれというものだった。


 憂鬱を表情に浮かべていた門番だったが、ふと切り替えて顔を上げる。

 一人の青年が、近づいてきていた。


 背が高く、体格が良い。後ろで縛った黒髪に、顔つきはしかし童顔と言えた。

 黒い金属鎧、左手を包む手甲。背中には、重そうな大剣を背負っている。


(……戦士か。)


 門番は、そう推測する。まさか重剣士ということはないだろうから。次点でまあ――――――――剣士ということも、なくはないだろうか。


 青年は気さくな挨拶をする。同じように返して、門番は青年が差し出した冒険者カードを受け取り、目を通す。

(おっと…。)

 職業は剣士。しかも……Aクラスとは。

 なるほど。その大剣も、飾りというわけではないのだろう。

 それに、いい名前をしている。

 カードを返して、青年に問いかける。


「こちらへは、どのようなご用向きで?」


 あとは簡単に、形式上の質問を。手早く済ませよう。

 人を探しに。青年は答えた。個人的な用件だという。

 その後、二三、質問を重ねて、門番は青年に道を譲った。


「はい。結構です。どうぞ、お通りください」

 青年は礼を述べ、しかし、こちらに声をかけてきた。


「なあ、一個だけ……聞いていいか?」

「ええ」


「……あんたたち……その虫取り網は、なんなんだい?」


「ああ…。」

 羞恥を思い出して、うつむく。同僚はと見れば、彼もまたバツが悪そうにしている。


「実は……」


 門番は、説明をした。


「我々はいま、奇妙な――魔物? に、困っているんです。

 二つの目がある、スライム。

 そいつに――少々――その、町中が、引っかき回されていましてね」


「……そうか」


 真剣な顔で顎に手を当てた青年を見て、駄目で元々、門番は頼んでみることにした。


「冒険者ギルドでは、すでに対象の捕獲に関するクエストが出ています。もし、可能ならば、Aクラスの貴方にも、協力してもらえたら……嬉しいのですが」


「ああ、いいぜ」


 思ったよりも軽く、青年は頷いた。


 助かります。


 門番は、感謝を示して、中に入っていく青年を見送った。


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