幕間6 研究者の会話



 ――ここスペースにおいて、魂という言葉には新たな定義が与えられました。


 R・W・ライリー博士によって予言された「新しい力」の存在は、先日行われた「キヨタ実験」の成功をもって、証明されました。

 人間が持つ、不可思議な力。

 〈魂〉という呼び名を、我々はその力に与えたのです。


 いまだ全容が解明されたわけでもないこの力に対して、懐疑の目が多く向けられていることは承知しています。

 また、それら疑いの視点を持つということが、科学者にとって正当な資質であるということも理解しています。


 それでも、


 どうか、魂という言葉に、偏見を持たないでほしいのです。


 この人類存亡のときに、我々科学者は一丸とならねばなりません。

 この力を研究し、発展させることこそが、あなたがた自身を救うための手立てとなるからです。


 魂。それは、生きるための力です。


 生命が、その生をもって、生み出した力。

 それこそが、この宇宙に現れた五番目の力。


 生命力――つまりは、魂の力なのですから。


                          マリオレポートより抜粋




      ■




 ――――さて、それではまず、彼の両親についての情報に、目を通してみようか。


 はい。


 ……父親について。

 洗い出せる限りで最も古い彼の記録は、賤民せんみん保護法によって――保護され、最上級統治委員会H G Bのアクティビティに参加させられたときのものだ。

 年齢は十歳前後。

 生存教育プログラムサバイバルトレーニング

 プレイヤー番号、6番。


 ……一桁、ですか。


 そうだな。

 ――、無事、 ――…このプログラムを生き延びた彼は、特可法のもとで合法的な非倫理的活動を行いはじめる。

 人身売買とそれに伴う殺人……が、彼の非倫理的活動の大半を占めている。

 組織は作らず、すべてを一人で行なっていたようだ。


 ――……。


 次に、母親について。

 彼女の父親はHGBに連なる人物だった。彼女の母親は、若くに亡くなっているらしい。

 彼女自身は、疑いなくお嬢様という立場だ。

 しかし、スペース開拓初期、彼女の父親が――高潔な理念と信念から――正義の元のスペースを支持する立場を表明したことで、状況は変わる。

 彼女の父親は戦い――しかし、自らの命は守れなかった。

 だが、娘だけは、逃した。


 ……あちらでの、登録証の写真についてですけれど……。

 こんなにも、自然な笑顔で写っている人を、見たことがありません……。

 ……皮肉ではなく、ほんとうに、ひとのいままで、生きることができていた人、なんだなと思います。


 ……うん。

 ――確認できるのは。

 この二人が、何らかの経緯を経て出会った。

 そして夫婦として、彼女の移住権を使い、こちらにやってきた。

 その際、彼女の胎内には、彼がいた――ということだ。


 ……つまり、彼は胎児の状態で?


 そうなるな。

 これについては、後ほど話そう。


 はい。


 ――夫婦仲は、良好とみえた。という周囲の証言がある。

 特可業務従事者に対する特別観察法によって、スペースに入植してからの彼の行動は、かなり事細かに記録されている。

 その際に、彼には数件の殺人事件に関与した疑いがかけられている。

 しかしその頃には正義の元の法律は整備され、またHGB……いや、〈巣窟〉の関与も確認されていない。

 にもかかわらず警察が見逃したということは……まあ、つまり、そのような類の殺人だった、ということだろう。


 ―――…。


 やがて彼が……生まれる。

 彼らは家族として、共に過ごした。

 そしてその関係は、彼が父親を殺害することで終了した。


 はい。


 ――この結果に至るまでの経緯が、彼のことを知るためには最も大切な部分だと、私は考える。

 ……範囲は少し広げて、彼の母親が再婚するまでの期間を、重点的に調べ直してみようか。


 ――はい




     ■




 ――ここスペースでは、人類は子孫を残すことができない。

 〈用意されていた動物たち〉とは異なり、人間は、新たな生命を宿すことができない。

 また生後三ヶ月に満たない乳児の死亡率は100% 全て衰弱死だ。おおよそ一歳を迎えるまで、乳児には常に死亡のリスクがつきまとう。

 いわんや胎児においては、たった一つの例外を除き、全てが死産だった。

 ……そう、

 すでに宿った命が、通常の出産の形をとって生まれ得ることを証明した、今に至っても最初で最後のケースが、彼だ。


 はい。


 ――フレミング女史の論文には、目を通したかね。


 はい。勿論です。


 そこで提示された仮説に則れば、彼が生を受けられた理由は、単純な論法で推測できる。


 ・基準値を満たす魂の力がないと、人はS世界において生きていけない。

 ・胎児の彼には、すでに基準値を超える魂の力があった。

 ・ゆえに彼は生まれてきた。


 ということだ。


 はい。


 さて。

 そしてここからが、私の主張だ。


『彼という自己は、どのように形成されたのか』


 ――…多分に空想的な仮説なのだが、聞いてもらえるかな。


 はい。ぜひ。


 うん…。

 ――まず。

 元世界げんせかいにおいて、我々はDNAによって構築された肉体を得て、脳内に複雑な化学反応としての精神を宿し、やがてはこのスペース世界において実在を証明された魂を得る。

 そのような生物として存在していた。

 つまりこの我々の根幹は遺伝子にあった。

 一方、彼はどうだろう。

 彼は果たして、人のDNAによって構築された存在なのだろうか?

 違うとするならば?

 彼は果たして何者なのだろうか。


 …………。


 元世界においては、


『肉体→精神→魂』


 我々の構造はこのようなものだった。

 一方こちら側では、


『魂→肉体・精神』


 この構図には実に様々な可能性が秘められている。

 人は先天を超えて成長できるのか?

 はたして肉体の損壊による死は存在するのか?

 そして人の願いを発起点とする〈実現の意志〉はどこまで現実に干渉できるのか。


 このなかで、

 人が先天を変え得る事実については、すでに裏付けとなる無数のデータがある。

 そう。強い魂の力を持つ人間は、先天的なもの、遺伝子の縛りを超えて、自らを変革できるのだ。


 だとすれば。


 胎児の時点で、規格外の魂の力を持っていたと――すでにOS能力者であったと考えられる彼が、また能力者に特有の魂を見る力を、すでに持っていたとするならば。


 彼は、彼自身の形成に、深く関与しているのではないか。

 彼は遺伝子の縛りを超えて、自らを変革することができたのではないか。


 私はそう考えるのだ。

 これが事実であれば――――――――――――――――――――――



 ――――――――――――――彼の成長、いや、彼が自身を形成した際、もっとも参考にしたのは、彼の両親だっただろう。

 彼の根本は、


 怒りと、愛情。

 私欲と、無欲。


 両親から学び取ったものは、極めて極端な構成材料だった。

 これは、

 いや、

 さかのぼって、彼がどうして生まれてくることができたのか。

 そこにもう一度言及しよう。


 彼は欲したのだ。


 人を。

 生きることを、ではなく、

 ――――――――――――――――…… 、おや、すまない、少し待ってくれ。


 はい。どうぞ、お気になさらず――…



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



 ……さて。

 長くなってしまったが、以上が私の……妄言だ。


 まさか。とても独創的で――素晴らしく興味深いものでした。


 ……ありがとう。だが、是非ともきみには、私の意見を疑ってほしいんだ。

 ――彼の成長については、ライリー博士から頂いた、多様なデータがある。目を通して、君なりの意見を出してもらえると嬉しい。


 …………。 はい。



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