save41 そは尊き人の



 食堂の扉を開けた。


「ネネ!」

 女将さんの大声が二人を迎えた。

「あんたこの、」

 書き置きらしきを握りしめ、ずかずかと近づき、

 ずこんっ、と、げんこつ。

「こどもがねぇ、! こんなこまっしゃくれた気の使いかたするんじゃないよ!」

 げんこつを構え、

「二度はないからね!」

 凄みをきかせる。

 背後で、食堂の扉が開いた。

「だめだ、まだ見つから、おうネネ!」

 わしわしと、頭を撫でて。よかったよかった。

 女将さんの息子、ジーンはタオルを取りに奥へ行った。

「…………、」

 ネネは、なにかを言おうとして、言おうとして。

「たぶん、ありがとうのほうが、嬉しいと思うよ」

 ぽろっ、ぽろっと、涙をこぼした。

「ありがとう、。」

 おかみさんは、優しい声で。

「余計な気、使うんじゃないよ。子供がさ」

 ――おう。気にすんな気にすんな!

 向こうで着替えて、水を飲みながら、ジーンも答える。


 その光景は、あまりにも尊いものとして、ロイドの目にうつる。


 タオルを首にかけて、ジーンが来る。

「ロイドだったよな。お前が見つけてくれたのか」

「はい」

「サンキューな。コーヒー飲むか?」

「結構です」

「あたしからも礼を言わせとくれよ。ありがとうね。……めし、食べてくかい? 大盛り五人前までなら、おごるよ」

「とても、ものすごく、本当に、心の底から魅力的なお話ですが、すみません。用事があるので、大盛り二人前で結構です」

 はっはっはっは、

 女将さんは、笑いながらカウンター向こうの厨房へ。

 食堂と視線の通るそちらから、声をかける。

「ネネ、手伝っとくれ」

「はい」

 小さな足音が、すぐに駆けた。


「ところでロイド。あんた、あの日から、ずっと王都ここにいたのかい」

 厨房で用意をしながら、女将さんは尋ねる。

「いえ。あの日の翌日にここを出て、先ほど、戻ってきたところです」

「そうかい…。」

 エプロンを身に着け、厨房に立ったジーンが、言う。

「実はなぁ……。今朝からどうにも、妙なことに、王都ここはなってるんだ。んで、ネネこいつも、それに巻き込まれた形に、なったんだよなあ」

「聞かせてもらっても、いいですか」

「ああ」

 返事はジーン。口を開いたのは、女将さんだった。


「まずは、噂が流れたんだよ。数日前くらいからかねえ……。

 ダークエルクが、王都にいる、ってね。

 このときはまあ、ただ見かけたんだ、って、それくらいのことで。

 けど、そこに今朝の事件だろう。知っているかい」

「教えてください」


 女将さんとジーンは、王都の各地で発生した、人々が目を覚まさないという奇妙な〈事件〉のことを、ロイドに説明した。

「それで……昼前くらいから、それの原因が、ダークエルクだという噂が流れ出したんだよ」

「で、一時間くらい前に、おふくろが血相変えてな」

「お世話になりました。ありがとうございました。なんて書き置き一枚残してね。ったく……。」

 ネネ、顔を赤くしてうつむく。

 女将さんは言う。

「あたしゃ、図書館なんぞ、一度も利用したことがなかったんだけどね。

 まあ、ちょっと前に、ダークエルクについて調べてみたんだよ」


 それは、めったに授けられない生まれないエルクの中から、さらに十万人に一人くらいの割合で生まれる。

 単に肌と眼の色が違うだけの存在。

 しかし、

 一番最初に現れて、そして史上最も有名になったダークエルクが、アルド時代の大量殺人鬼。

 希少性も相まって、偏見は、今に至るも拭い去れていない。と、本にはあった。


「つまるところ、ダークエルクだから悪者だ、ってことはないんだよ。

 けど、状況がこんなもんだろう。

 人がよくわからない理由で倒れているし、邪教徒が近くにいるとか、警察の人らもまともに動けてないみたいだしね」

 そんな中にあっては、人も、走ってしまうんだろうねえ……。

 女将さんは、深みを含んだ瞳で言った。

 そんな彼女に、ロイドは、どういう経緯いきさつでネネと知り合ったのかを尋ねた。

 眼差しを柔らかくして、女将さんは答えた。

「店の前でウロウロしていたんだよ。――二週間くらい前だったかねえ……。

 とりあえず中に入れてやって、子供用に思いっきり手加減したランチを食わせてやって。

 それで、

 なんていうかねえ……。ずいぶん必死というか、どうしていいやらわからない様子で、お願いをしてきたんだよ。

 行くところがなくて、

 ここで働かせてください。お願いします。ってね」

 その時のネネの様子を思い出したのだろう、ジーンも少し笑った。

「いいよ。と。答えたさ」


 女将さんは、ネネに事情があるのを察した。

 彼女は思った。子供が困ってるんだから、助けてやらにゃあ。と。

 余計なことは聞かずに。少なくとも今は。

 ここにいられると聞いて、ネネがすごくホッとしていたので、まあ、当分はいいだろうか、と考えた。

 

 ジーンが、はっはっは。と笑って、「こうしてみると、あやしいな」

「……ま、聞かなかったけどね。ネネ。あんた、なんか事情があるんだろう」

 ネネ、うつむく。

「……ただね。

 悪い子じゃない。それだけは確かで、ならそれでいい」

 ロイドも、頷く。

 ネネは、うつむいている。

「――さて、お待ちどう!」

 ボリュームたっぷりの定食が、どん、と置かれた。

「いただきます」

 ロイドは静かに、両手を合わせた。


 二分後。


「ごちそうさまでした。今日もおいしかったです」

「相変わらずだねえ」

 早くなってやがる。ジーンも苦笑気味に大きく笑う。

くところがあるので」

 大盛り二人前をきれいに平らげたロイドは、席を立った。

 挨拶をして、食堂を出る。

 出掛けに、女将さんに声をかけられる。

「どんな用事だかは知らないけれど、気をつけな。あんまりここに、長居はしないほうがいいよ」

 ロイドは一つだけ頷いて、扉を抜けた。


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