save40 少女との再会



 濡れて黒ずみを増した石畳を踏んで移動する。

 どこかの路地裏に出た。

 周囲に人影はない。

 立ち止まって、目を閉じる。

 見る、ほどに得意ではないが、聞く、こともできる。

 人と無機物の間に、他とは違う焦燥の色を耳が捉えた。

 距離は近い。

 ロイドは、そちらに向かった。



 小刻みな足音が駆け寄ってきた。

 十字路。走ってきた小柄な人影の前に、立ちふさがるような形で。

 少女は足を止めた。目の前に立つ人の顔を認めて、驚きを見せた。

 お互いに、見つめ合う。

 ロイドはこの幼い少女と出会ったことがあった。

 ルミランスに来た日、食堂で。

 かぶっていた帽子、今は無く。

 長い耳が現れている。

 人の中から稀に生まれる、エルクの特徴。

 そして彼女のように浅黒い肌の色、紅の瞳を持つ者は、

 ダークエルクと呼ばれる。


 少女は、目をそらした。

 荒い足音が近づいてくる。

 はっとした彼女は、身を翻して、

「まって」

 少女の肩に、手を置く。

「ネネちゃん、だったよね」

 ロイドを見上げて、少女はしばし沈黙。

 ややあって、……こくり、と頷いた。

「――おい!」

 怒気を帯びた声。

 数人の男が現れる。年若い少年の姿もある。

 ロイドは、彼らの中を見る。焦りと願い。つまりは、恐怖があった。

「――……おいっ!」

 ネネを後ろに回すよう、一歩前に出て。

「そいつを、こっちに」

「事情を、お聞きしたいのですが」

 ロイドは、尋ねた。


 男たちは、語った。

 例の病気が、そいつの呪いだという話。

 ダークエルクの子供がいて、それが原因、なのだと。

 捕まえて城に連れてくるように。そう、人伝いに、お触れが出されている。


「証拠などは、示されているのですか。話の確かな出処は」


 男たちは、う、と言葉を詰まらせる。その狼狽からは、全員が薄っすらとは抱いている、常識的な判断の存在が感じられた。にもかかわらず、ひたすらに走っている、彼らの内の焦燥の強さも。そしてただ一人少年だけが、かたくなな真っ直ぐさを瞳に留めている。

「――だって、ダークエルクだ」

 男たちの後ろで、少年が言った。

 ロイドは、コクリと頷く。

 振り返り、ネネに尋ねた。

「一つだけ。

 正直に答えて欲しい。はい、か、いいえでいい」

 

 君は、この人たちを、傷つけたのか。


 問われたネネ。

 その短い返答のために、長い時間をかけた、あと、

 小さく、だけ、首を横に振った。

 ロイド、頷いて。

 ネネの後ろに回り、彼女の両肩に手を置いた。


「この子の名前は、ネネちゃんです。

 あなたたちの中で、

 家族を、友人を、知るかぎりの人間を、

 このネネちゃんに、

 傷つけられた人は、

 前に出て、

 この子を打ち据えなさい。


 あなたたちには、その権利があります」


 全員が、言葉を失う。

 なにかを発しようとするが、なにも言えない。

 けれど少年は、歯噛みして、それでも口を開こうとする。

「――けど、」


「そしてもし、

 あなたたちが、

 家族を、友人を、知るかぎりの人間を、

 守るために。

 動いているだけの人ならば、」


 ロイドは、勇者の証を取り出した。


「ここはぼくに、任せてください」


 あ、と、誰かが口にした。

 今度の沈黙は、質が違った。叩かれたものではなく、打たれたものだった。

 全員が、目の前の少年を、勇者だと認めた。

 それはネネも例外ではなかった。むしろ彼ら以上に目を見開いて、目の前に下がる勇者の証を凝視していた。

 棒を握りしめて、緊張していた男たちの手が、脱力する。

 ややあって、

「はい……」

 先頭に立つ男は下げた視線で頷いた。けれどすぐに顔を上げて。

「あの、勇者様。

 ――どうか。お助け、ください」


 男は、頭を下げた。

 とくん、と、鼓動が鳴る。


「はい」


 ロイドは、頷いた。


「ぼくはロイド。

 勇者ロイドです。

 勇者の名において、必ず。

 助けます。

 もしもあなたたちの身に、さらなる困難が降りかかったとしても。

 どうか――願ってください。あなたたちの魂に、強く。

 ぼくを、信じてください」


 彼らは光を見たように、重ねて言葉を失った。

 その眼差しは、自らが勇者として彼らの目に映ったことを、ロイドに確信させるものだった。

「あの、これ……」

 少年がおずおずと差し出した、ネネの帽子を受け取る。

「ありがとう」

 少年は、視線を合わせず――合わせられず。けれど胸に拳を当てて、ぐっと頭を下げた。

 ロイドは、答えて頷いて。

 帽子をネネにかぶせて、二人で路地裏を出た。



   ◇ ◇ ◇



 小雨に濡れる通りを、歩いていく。

 二人の間には、ぎこちなさを漂わせる沈黙があった。それはネネの態度によるものだった。

 やがてロイドから、声をかける。

「食堂に帰ろう」

 返答にしばしの間をおいたあと、ネネは首を横に振った。

「どうして?」

「……めいわく……かかる、から…。」

「そう」

 ロイド、相槌あいづちをうち、

「でも、帰らないと怒られると思うよ」

 ネネの手をにぎる。

「帰ろう」


 手を繋いで、二人、歩く。

 ネネは抗うことなく、ついてくる。


 そんな二人の様子は、兄妹にも見えただろう。


 ……ぃさま、

 ロイドは微笑みながら、こたえるように視線を下げて。

 ネネはぷるぷると払うように首を振り、けれど、きゅ、と、繋いだ手を、少しだけ強く握った。


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