プロローグ 王都の朝



 少年は、目を覚ました。

 なにか、不穏なものを感じたのだ。

 覚えのある感覚に時計を見れば、やはり遅刻の時間帯。

 跳ね起きる。

 慌ただしく服を着替え靴を履いて、ダイニングルームへ向かう。

 十二歳にもなって、一人で起きられないのか。母から小言は何度も言われているが、やはり恨みたくなる。

 食堂にはしかし、食事がとられたような温もりはなかった。冷たいままのスープが鍋の中にあるだけだ。

 まさか両親も寝坊しているのだろうか。

 最低限の義務感から、彼は両親の様子を見に行った。




 父親は、目を覚ました。

 自分よりも早起きの小さい娘が、いつも決まった時間にボディプレスをしかけてくるのだ。

 寝込みをやられると結構きついものがあるため、その直前くらいに起きるようになった。

 娘よりも早起きの妻が、今は台所でスープを温めているころだろう。

 横になっていると肩などが当たるので、仰向けになって、目を閉じて待つ。

 しばらくしても衝撃はやってこない。元気な挨拶も。

 早くに目を覚ましてしまったか、と、サイドテーブルの上にある置き時計を見れば、いつもの時間をわずかに過ぎていた。

 ん? と思い隣を見ると、娘と妻、まだ二人とも眠っていた。

 珍しいこともあるものだ。思いつつ、起こすために触れる。と、

 冷たい。

 がばっ、と跳ね起きる。

 仕事柄、彼は知っていた。人の身体がこのように冷たくなる状況を。

 昏睡コーマ状態で発見された人の肌に触れた時の最初の衝撃は、今でも忘れられない。気絶ではこうはならない。

 肌は冷たい。二人共が。

 即座にアイコンを確かめる。

 だが、

「――――……?」

 二人の身体の上には、何のアイコンも浮かんでいなかった。

 ものも言わず、冷たいまま。

 妻と娘が、目を開けることはなかった。




 ……少年は、途方に暮れていた。

 彼の両親は、物言わぬ冷たい体で、ベッドの上に横たわっていた。

 気付け薬など試してみたが、なんの反応もない。

 そうだろう、という思いはある。なぜなら、二人にはなんのアイコンも浮かんでいない。

 人を呼ぼう。

 助けてもらおう。

 思いたち、玄関へ向かう。

 朝の風が流れてきた。

 扉はすでに開かれており、人の姿があった。

 隣の家の少女、同い年の幼馴染が、

 真っ青な顔で立っていた。

 震える声で、彼女は言った。


「たすけて……」


 その日、その朝。

 異変は王都全域で、発生していた。


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