save34 その朝に示す意思



 洞窟内の壁に反響する、叩きつけるような足音を、部屋に残ったクリスたちは聞いていた。

 ロイドが、こちらを向いて言った。


「それでは、後始末をしましょう。同時に、調べたいことがあります。あと少し、皆さんの力を貸してください」

「はい」


 彼らは洞窟内に、散らばった。

 ロイドが投げ捨てたリュックや、オリハルコンメダルの回収。あちこちに仕掛けた装置の撤去。

 ロイドは、ダンジョン奥の地底湖――王都ルミランスの水源である――までザスーラと共に降りてゆき、そこで水を採取した。

 作業を終えて、外に出る。

 そこには、フェリエがいた。

 ルミランスターは、ロイドから離れた。


 フェリエは、胸に手を当て、深く一礼をしてから、言った。

「お話は、マルコからうかがいました。

 ……いま、舞い上がった賛辞の声を、お掛けしていいところではない、ということは、重々承知しておりますが、

 どうか、わたくし個人から、ひとつだけ、お伝えさせてください」


 フェリエは、心からを、そそぐ声で、言った。


「わたくしたちを……

 あの子を、

 お救いくださり。

 ありがとう、ございました」


 胸に当てた手のひらを、反対の手でしっかりと握りしめて、ふかく、深く、頭を下げた。


「――――それは、マルコの勇気が勝ち取ったものです。

 ぼくが……、とても好きなものです。

 ……助けられて、よかったです」


 離れた場所で、クリスはその光景を見つめている。

 先ほど、カーティスに言われたことを思い返している。


『探るな』、と。

 探るな、?

『魔王への疑問。それをルミランスでは探るな。……念のために』 そんな話をされた。


 ある意味において、自分たちは勇者ロイドに騙されていた。

 ただしそれを理由に、彼に怒りを覚えるようなメンバーは、いないと断言できた。

 フェリエと別れ、ロイドがこちらにやってくる。

 立ち止まる。間に、大気を、わずか挟むほどの距離を開けて。

 勇者は、深々と頭を下げた。


「みなさん。本当に、ありがとうございました」


 …………。

 カーティスが、口を開いた。


「お別れの前に。

 ひとつ聞かせてください。


 さらわれたお姫さまを助け出したあと……、

 自分の目で確かめて、どうでした?」


 カーティスの口調に、責める要素などは――当然だが――やはり微塵もなかった。

 そして、それについてはもういいのだと、言外に告げるものであった。

 予想にたがわず、ロイドは、カーティスの意図を正しく受け取ったようだった。

 余計な言葉を一切挟まずに、彼は、ただ答えだけを口にした。


「彼女は、

 人間では、ありませんでした」


 ルミランスターは、勇者の言を受け止める。

 カーティスが言う。


「さらわれたライラ様は、その後入れ替わったりなどしていない本物である。でしたね?」

「はい。そこに偽りはないでしょう」

 クリスたちと目で会話をし、カーティスが続ける。

「まだ、終わりじゃないんでしょう?

 それどころか、悪化の確信を得た、そんなところですか。

 ならば、手は多いほうがいい。

 俺たちにもやれることが、何かあるはずだ。でしょう」


「……ひどく、危険をともなうかもしれません。

 なんらかの妨害があるかもしれない。

 あるとすれば、どのような規模で起こるのか。

 また、実効性も、どれほどかわからないものが、一つあります」


「やりますよ。

 ルミランスターが、ルミランスのために輝かなくて、いつ輝くんですか。

 ……だろ?」

「台詞を、とらないでほしいな」

 クリスが笑う。

「……だいいちきみ、この名前、嫌いなんだろう?」

「この一瞬くらいはいいさ。俺だって、間違いなくメンバーなんだからな」

 ザスーラとユキも、視線にて。同じ気持ちを送る。


「……手紙を。

 届けてほしいのです」


「宛先は?」


「〈勇者王〉」


 カーティスは、わずか鼻を鳴らし、気の乗らなそうな態度をとる。

 ただし、困難や難易度を考えてのことではなかった。

「……万一仕損じたときのための、保険、てなもんですか。

 ――まあ、いいでしょう。

 ただ引き受ける代わりに、ひとつお願いが」

 カーティスは、ロイドの目を、しっかりと見据えた。


「ルミランスを、頼みます」


 どくん、と。

 朝の大気を、鼓動が震わせた。


「王都は、俺と、ザスーラが生まれた場所です。そこに家族もいます。


 助けてください。

 ロイドさん。

 俺はあなたに、お願いしますよ」


 カーティスは、胸に拳を当てて。

 ザスーラは、静かに、握りしめた手を胸に当てて。眼差しで願う。

「我々も、おっしゃったことを遂行します。そして、ロイド様にもまだ、次の手があるのでしょう。私も願います。どうか、幸運と、ご武運を」クリス、強く押さえるように、拳を胸に。

「……王都にはわたしたちの事務所があって、いっしょに働いている人たちがたくさんいます。近所の人たちもみんな信心深くて、やさしい人たちです。

 ――どうか、みなさんのことを、お願いいたします」ユキは胸に当てた手のひらを、反対の手で強く握りしめて。


 鼓動は、高く、熱く。ひびいて。


 風が吹いた。彼らの間を、さあっと掃いてゆく一陣。


 ロイドは――



  .はい

  .いいえ



「はい」


 と。

 強く握った拳を、その胸に当てて。

 その朝に、自らの意思を示したのであった。


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