save33 赤い竜の目



 ロイドとルミランスターを伴い、エリスはダンジョンの入り口をくぐる。

 すぐに視界に入ってくる、小さなドアを目指す。


「――君ならわかると思うけど、」

「無論だ。ルミランスター彼らについてどうこうはけして言わぬ」


 視線を合わせず答えるエリスは、ロイドとの会話を極力避けている様子だった。

 受け答えはしっかりするが、基本的に、話を聞くような姿勢ではなかった。

 聞く耳を持っていないのは、誰の目にも明らかだった。


 ダンジョンに入る前。ロイドはクリスらと並び、エリスに説明の場を設けていた。

 自分たちが行なったことの顛末。神様、本、そのほか必要と思われること。ただしロイドが行動を起こしたそもそもの理由については、必要だった、の一言だけ。


 代わりにロイドが念入りにしたのは、町の人間がほかのものに入れ替わっていたという事態についての説明。また自分にはそれがわかった。わかっていた。ということの強調。


 エリスは驚いた表情を――ならばなぜ伝えてくれなかったのか――浮かべたが、すぐにむっつりと顔をしかめる。言いたいことはあったようだが、

「……そうか」とだけ口にした。


「その人の目によっても、差はあると思うけれど。

 親しい人。特に、家族ほどなら。きっとわかると思うよ」

 …………。

 返事はない。聴いているのか判然としない。

 それで、と、エリスは言う。


「ライラ様は……本人なのだな」

「さらわれたライラ様が、その後入れ替わったりしていない本物であることは、神様の口から、直接聞いているよ」


 そして、本も見せる。

 エリス、チラとだけ見て、そうか…。と言う。

「ならば、よい」

 あとは、無言であった。


 ドアを開けて、入る。

 仕切りによって分けられたいくつかの部屋がある。その、奥まった一室。

 明らかに周囲から浮いている、取ってつけたような鉄格子の奥に、その姿はあった。


「まあ、エリス様!」


「ライラ様。お久しゅう、ございます」

「ああ、なんということでしょう! わたくし、驚きです。このようなところでお会いできるなんて。望外の喜びですわ」


 何年ぶりだろう、ふたたびお目にかかることができた彼女。御年は二十歳を超えたはず。けれど笑顔の形は、昔と同じ、であろうと思えた。……体つきの女性らしさは、いや増したかもしれないが。


「まあ、あなた方は、ルミランスターの皆様ですね? あなた方も、わたくしを助けにきてくださったのですね!」

「……はい、ライラ様」

「それから、あなたは……」

 視線を移す。

「ロイドです」

「ロイド様。あなたにも感謝を。心から、嬉しく思いますわ」

「どうも」


 チラと見ると、ロイドはライラ姫にじっと視線を注いでいた。

 エリスはすぐに、彼から視線をそらす。そしてライラに声を掛ける。

「ライラ様。あの黒竜の正体には、お気づきでしたか?」

「はい。ライラは恐ろしゅうございました」

「御身に、危害などは?」

「ありません。ご心配、ありがとうございます。エリス様」

「いえ、ご無事で……なによりです」


 ライラに下がってほしい、と頼み、エリスは牢の錠前をこじ開ける。割れた錠が耳に障る金切りの悲鳴を上げた。

 開かれた出入り口から外に出ようとするライラに、手のひらを差し出しエスコートする。

 品よく、手のひらを乗せ、しかし外に出たライラは、エリスの手をきゅっとにぎって。すこしもじもじしてから、熱っぽい目で口を開いた。


「実は……、ライラはエリス様に、お願いがございます」

 彼女は、語った。

 幼い頃からの、夢。

 それは誰もが知っているおとぎ話。

 悪いドラゴンにさらわれたお姫さまを、助け出した勇者様。彼はお姫さまを抱き上げて、無事に城まで連れて帰った。


「どうか、そのようになさってはくださいませんか。ライラの一生のお願いです」

 あまりと言えばあまりの、事態をわきまえない願いだったが、特に深く考えもせず、エリスは首肯した。

「……かまいません。ちょうど今は、一人になりたい気分でしたので……」

「まあ、エリス様。そんな、ひどい……」

 口をつぐみ、エリスは手のひらを胸に当てて謝罪する。「失言でした」

「うふふ。冗談です。それで、お返事は、はい、ということで、よろしいでしょうか?」

「もちろんです。お望みとあらば」

「まあ、すてき」

 うっとりと、微笑んだ。


 エリスは、自分の頭に本当に血が上っていることを自覚していた。今は何もかもがしゃくに障る。ライラに対しても、こんなに中身のないしゃべりかたをする人だっただろうか、と考えてしまう。

 なにを愚かな。首を振って払う。


 エリスは振り返って、ロイドに――そちらにも伝わるように、ルミランスターに向けて言う。

「そういうわけだ。ライラ様と共に、わらわは一足先に行く」

「……はい」

 ロイドを伺いつつ、ルミランスター、リーダーのクリスが頷く。

 努めて見ぬようにしている視界の隅で、ロイドが口を開いた。


「姫。

 王都ルミランスには、きっと危険が待っている。

 たぶん、城が一番危ない。

 王様にも、気をつけて」


 さすがに聞き逃がせない内容だった。

 いやいやながら、すがめた視界でロイドを見る。

「まあ、それはいったい……?」

 エリスの側で、ライラが問う。

 けれどロイドは、まるで聞こえぬように、エリスにだけ。

 ライラを無視し、二言、三言と、続けてくる。

 熱されてゆく頭部は、それを受け取らない。

「ロイド様。お父様に、なにか危ないものがせまっているのでしょうか?」

 再度、ライラの問い。

 けれど、態度は変わらず、ロイド。

「――だから、十分に注意してほしい。姫」

 ばりっ、と、噛み締めたエリスの口内で火が鳴った。


「……貴様、勇者。 ライラ様への、なんだその態度は」

「まあ、よいのです。よいのですよエリス様」

 力のこもった前腕を、抑えるように添えられたライラの手のひら。エリスは、ぐっと噛み締め、こらえる。

 だしぬけに、ロイドが言った。


「ライラ様。

 ステータスウィンドウを、見せてもらってもよろしいですか?」


「まあ、それは……」

 ライラは困惑する。当然だ。

「やめよ勇者。突然どうした。無礼であるぞ」

「確かめたいことがあるんだ。」

「なにをだ。さらわれたライラ様が本人であることは、天が保証しているのだろう」

 ロイドはこちらから視線を外す。今度はエリスを無視する態度。

 くっ、となる。

 ライラは、おずおずと言う。

「はい。その、もうしわけありませんが、わたくしには……」

「わかりました」


 言って、短刀を抜き放ち、ロイドはライラの首を切る。


 喉元を通り抜けた一刀、ライラはクリティカル量の白ライフを散らし、気絶。

 床に崩れ落ちた。


 ………………。


「なにをした」

 聞いたこともない。おそらく、世界中の誰もが。

 底冷えのする、ルシーナ・エリス・プリンセシアの声。


「ゆうしゃぁっ!!」


 絶叫といえた。


「なにを考えているのだ貴様! 貴いお身体にかような狼藉! いくら勇者とて許されると思うてかァッ!」

 ロイドは黙して、革鎧に作り付けられた鞘に、短刀をしまう。

 クリスが、白い砂時計を浮かべて倒れているライラへの気付けを行なった。

「まあ そんな、どうして……。いえ、わたくしが なにか、お気にさわることを、してしまったのでしょうか」

 ロイドは、彼女をじっと見て。

「……貴様!」

 エリスの肩を押さえるように、ライラがすがりついた。

「よいのです。よいのです、エリス様。

 どうか、わたくしなどのために、いさかいなどなさらないでください」

「っ……、っ…………!」


 ……唸るほどに、奥歯を噛み締めて。


「姫。

 ぼくが、ライラ様になにをしたか。

 ルミランスに行ったら、思い出して」

 さらに、ぎりっと鳴らし、

 ライラを横抱きに抱えあげて、


 ……参りますっ


 後足で砂をかけるように、エリスは荒々しく部屋を出ていった。


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