save32 激情



 洞窟内の人々を連れ、外に出たルミランスターの面々は、町から立ち上がる人々の解放の声を聞いた。

 マルコとフェリエの表情にも、自然と笑みが浮かぶ。

 と、クリスが身に着けている通信機に、反応がある。

 喜色を浮かべて、クリスは応答した。

「ロイド様!」


『失敗しました。』


「……はい」

『では、打ち合わせ通りに』

「はい」

 応答を終えたクリスは、聞いていたユキに、視線を送った。



(祭りの日の夢を見ていた――、)

 エリスはノックの音で目を覚ました。

 控えめながら、激しい音。

 こちらの身分を知って、かつ、緊急の要件だとわかった。


「しばし待たれよ!」

 三秒の猶予を自分に許し、最低限の身だしなみを確認するために鏡の前へ。と、そこに貼り付けられているメモ。


 姫へ ごめん ロイド


 ばん、ドアを開ける。

「ご無礼いたします、エリス様。

 ロイド様より、言伝がございます」

 立っていたのは、ルミランスターのユキ。

 声は震えている。

 手短に話を聞いたエリス。

 秒針が十刻むほどの間、呆然とする。

 やがて、くっ、と歯を噛み締めて、

 国祖ルシーナより、代々伝わる早着替えをおこなう。

 すぱんっ

 普段の旅装に着替えて、ユキの横を通り抜けた。

 外に出ると、踏み鳴らすような歩幅で、通りを抜け、北へ向かう。

 町は、騒がしくなっていた。



 通路を行き止まりに見せかけるために仕掛けてあった覆いをくぐり抜けて、ロイドは大ホールに出る。

 現れた位置は高所。飛び降りて、入口に続く広い通路のほうへ走る。

 ぎゃああああああああああああああああおおおおおおおっ、と、背後から咆哮。がりごりがりぃぃっ、狭い出口を崩壊させる巨体の音。浮遊の空白。地を揺らし、降りた大重量。再度の咆哮。逆鱗の怒り。


 背中にし、光の方へ走る。

 走る。

 ――…走る。

 外に出た。

 早朝の風を顔に受ける。爽やかで、鮮烈な清々しさ。

 けどそれは、肌に冷たく。

 走るロイドの正面に、エリスの姿。

 無言。なにかを堪えるように。歩いてくる。

 地響きが近づく。

 ごわぁああああああああああああああああああああああああっ

 背後、咆哮は間近。

 正面、エリスは眼の前にいる。

 ロイドと、エリス、二人の眼差しが、すれ違い――…、


 二人まとめて喰らい尽くそうと、黒竜の巨体が飛びかかり――――……、

「ふっ、


 ぱぐしゃぁああああああああああああああああっ!!


 大 撃 振が轟いた。肉の詰まった鱗袋の顎先に遙かなるエネルギーが炸裂した。物理法則のみがコンマ一秒を抵抗し、あとはやるせない巨体を引きずり竜の頭部は天高くまでち上げられる。

 地上。可憐な白衣が、大地に根ざすように両手のひらに力をためた。

「プリンセスッ、」


「ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーームっ!!」


 咲けよ花とばかりに突き出した両手のひら。迸るは閃光。白き輝きの大奔流。

 轟音を伴って、空にエネルギー波が駆け昇る。

 朝焼けのおおぞらにシミを作る、小さき黒に突き刺さり、大爆発を起こす。

    

 ごごごごごご


 遠雷のようなころろきが、空を鳴らす。 

 爆風によって朝の雲が薙ぎ払われ、よく現れた太陽が、照らす。

 ざっ、と、勇ましく立つエリスを。そうあることが、当然のように立つ、英姫の姿を。



 ルシーナ・エリス・プリンセシア


 姫

 レベル 694


  筋力 1761

  技力 1320

  魔力 1088

  体力 1701

 耐久力 1581



 それは、すべての人々が、見た。

 天高く、闇が打ち払われた瞬間を。名を馳せる異国の姫の、空に昇る彼女の威光に、いつわりなしということを。


 うわああああああああああああああああああああああああああああああっ!!


 大歓声が、町を揺らした。

 立ち上る熱気から離れ、エリスと、ロイド。


 向かい合う二人の間の空気は、静かに冷えていた。


「――なぜだ。

 なぜ、このような」

 悲しみが、声にあった。

「ぼくにとっては、必要なことだったんだ」


 エリスは、考える。

 思い当たるのは、フロランシエの夜。宿屋でロイドが示したこと。

 ドラゴンクエスト。

 きみの隣に立つ資格。求めたこと。

 それしかなかった。


「このような……。 騙して、身勝手に動いて。それで、相手を倒したとして、わらわが、そなたを、認めるとでも、思っていたのか」

「ぼくは、ずるいからね」

 つぶやくような、けれどよく通る声。

「倒してしまえば、認めさせることはできる、と、思っていたよ」

 いっそ悪びれた様子もない顔で、彼は言った。

 エリスの身体が、硬直する。 …………クッ、と、顔が赤く染まる。押し出されたように、涙が滲む。


「っ、


 激情が、腕を振るわせた。


 ぱぁんっ


 衝動で、エリスはロイドの頬を張った。

 苛烈な。憎悪すら感じる怒り。

 目の端に貯まる涙に火を通すような視線で睨みつける。けれど、ぐっ、と、手を抑える。

 エリスはくやしさと悲しさをこらえるように歯を食いしばり、けれどやはりおさまらぬ腹の中を吐き出すように言いつのろうとして、

 すん、と、風が運んだにおいを嗅いだ。

 ロイドのズボンの染みに目をやる。


「…………。

 ……着替えよ」

 背を向ける。


 エリスは、その場から去っていった。



 ――マルコは、声をかけられなかった。

 エリスがその場を離れ、しばらくしても。

 やがて、ふと、目があう。

「ロイドさん……」

 彼は、にっこりわらった。

「おめでとう。マルコ」

 ! じわっ、と、こみ上げた嬉しさが、涙になって、にじむ。

 駆け寄った。

「へへっ。おいらさ、すっげーかっこ悪かったんだぜ」

「うん」

「でさ、でさ、おいらさ……」

 男の子は、誇らしく、胸を張って。

「勝ったよ、ロイドさん」

「――うん」

 その、うなずきには。彼の、まなざしには。マルコがおこなった、全ての頑張りに対しての、尊い肯定があった。

「へへへへ」

 マルコは笑って、おそろいだね。と、ズボンの染みを指差す。

「うん」

 ロイドもほほ笑む。

「……ねえ、ロイドさん」

 万感の思いを込めて。マルコは、言った。

「……ありがとう」

 ロイドの瞳に、光がともる。それはいつわりなく、利他を心から喜べるものの光。自明の愛。人間の素晴らしさを、あまねく、愛する者の、光だった。

「うん」

 二人の間に、輝きはあった。



 その光景と向かい合い、ルミランスターの四人がいる。

 クリスが口を開く。

「――今回のことで、ひとつだけ。確かなものがあるとすれば。

 ……僕たちの目の前にいまあるものが、きっとそうなんだろうね」

 ザスーラと、ユキも、同意を示す。


「……なあ、皆」

 背後から。カーティスの声だった。ひどく、改まった調子で。

「なんだい? カーティス」

 多少のおどけを顔に乗せてふり向いたクリス。けれど、表情をすぐに真剣に戻す。


「ちょっと聞いてくれ。俺があの時――あの日倉庫で、別れ際に、ロイドさんに何を言われたのか」

 カーティスは、その言葉を紡いだ。

 短い、ものだった。

 しばし、言われたことの意味を考える、。今回、ロイドが示した、自分たちが目撃した、様々な情報。

 ほぼ同時に組み上げた三人は、身体を強張らせた。

「それは……」

 言いかけたのは、ザスーラ。

 誰よりも動じぬことを自らに課している男が、とっさに口を閉じたのは、自分の声が薄く震えていたからだ。

 カーティスは、肩をすくめて言った。


「……さて、答え合わせといこうじゃないか」


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