save31 おごれる巨竜は──
ダークドラゴンは、眼鏡の小僧が逃げ込んだであろう通路の前までやってきた。
なにをされても踏み潰せる自信しかない。自分のこの体とこの強ささえあれば。気にせず足を進め、自分にとっては狭いトンネル状の通路に潜り込んでいく。
鼻面を突き出し這いずるように進んでいけば、やがてあの眼鏡がいる。
「いまだ!」
小僧は叫ぶ。
しかしなにも起こらない。
入り口のほうから、声がした。
「――――なあ。こんな強そうなのが相手だって、お前言ってなかったよな?
…………仕舞だよ。お前の功名のために使われるのは、前々からうんざりしてたんだ」
「え……、」
ちびた眼鏡の声に、ダークドラゴンは笑みを浮かべ。
入り口の方から、酷薄な声が響いた。
「――食われっちまえよ、クソメガネ」
顔は、真っ青。
「ああ、わあ、」
『がはははは、がははははは』
笑いながら、追い詰めていく。
そう。眼の前にいるチビの眼鏡は、ほんとうにわかりやすい間抜け。
自分の力を過信して、絶対の強者に捻り潰されるやつの典型。
さっきのガキもそうだった。醜態に免じて見逃してやったに過ぎない。
なんとも滑稽なプライドをへし折られたあのガキは、これからはゴミのような人生を送るのだろう。
それも愉快だ。
毛を逆立たせた猫のような形相で、眼鏡はリュックから様々なアイテムを取り出し、投げつけてくる。
どれもこれも、かすり傷ほどのダメージすら通らない。
内容はどんどんしょぼくれてゆき、やがて出すものがなくなったのか、リュック自体を投げつけてきた。ぱさりと鼻先をなでて、地面に落ちる。
かん高く、情けなくわめきながら、奥まで駆けてゆく。
やがて行き止まり。
「ひいっ、」
隠し場所から、不意を打ったつもりだろう、取り出したなにかを打ち出す。
首を振るまでもなく、見当違いの方向にとんでゆく。
がんがんと、音が背後に遠ざかっていく。
『それがどうした。次はあるのか』
圧倒的な強者の余裕で、訊いてやる。
「あー、あーあー、あー、うー、」
泡を食う、とはこういうことだろう様子に、大いに笑う。
袋のネズミ、と喩えてやるのも、鼠が哀れになるくらい、目の前のメガネは、無力の極み。ゴミ以下の存在だった。
『お前は勘違いをしたらしいな。
自分は頭がいい、とでも思っていたんだろう。
だがそんなものは、圧倒的な暴力を前にしては、何の役にも立たない。
お前はなにを成すこともなく、ここでゴミのような人生を終えるのだ。
俺様のエサになってな』
がはがはと笑う。
「たっ……たべないでください、」
手にしたラケットのようなものを祈るように握りしめながら、がたがたと言う。
『がははははは。
そうか、そうか、丸呑みにしてほしいか。
それが望みなら、そうしてやろう』
ぐわーーっと口を開け、迫る。
「ひいっ、ひぃいいいいいいっ、」
ぱしゃり、水音らしきが響いた。
次いで、鼻につく臭い。
ぽたぽたと、眼鏡のズボンから、滴り落ちる。
近づけていた顔を、止めた。
チッ、と、洞窟内を打ち鳴らす舌打ちをする。
ゴンゴンと、反響が響いた。
一度頭を引いて、黒竜は考える。
首だけを噛みちぎるか、鼻先で押しつぶすか。
ブレスの一つも吹ければ、ざっくりと止めをさせるのだが。
けれど、目の前でブルブルしている矮小な存在を見ると、そんなことでわざわざ自分が悩んでやるのも馬鹿らしく思えてくる。
噛み殺してやろう。
そうしよう。
下半身には、なるべく触れずにだ。
ずっ、と距離を詰める。
「うわーーーっ、うわーーっ、うわあああああああああああああっ、」
尻をつき、後ずさりながら、ゼンマイをギリギリまで巻かれたつまらない玩具のように、眼鏡はガタガタ跳ね出した。
『ははははは』
ひどく単純だったが、それゆえに滑稽だった。
『いいぞ、眼鏡。そのまま、最後まで俺様を楽しませろ』
あえてゆっくりと、顔を近づけてやる。
「うわあ、うわあ、うわあああああああああああああっ、うっ――
あのー、最後に一つだけいいですか」
ひたり。
ドラゴンの動きが、止まった。
すべての虚を付き、強制力を持って、場を支配する、間の抜けた声。
止まった時間の中、よっこらしょ、と身を起こし、ロイドは、
「ばーか。」
舌を出して、言い放った。
ゴン、ゴン、という音がメトロノームのように規則正しく響く間、ダークドラゴンは、硬直し――、
ごあぁああああああああああああああああっ 大口を開けて猛迫した。
瞬間、ロイドの手元には、辿り着いた、返ってきたボールが現れる。
彼は腕を振り、
手にしたラケットで、打ち返す。
ばくん。
BOB。
整えられた角度を寸分の狂いなく跳ね返ってきた球形の爆弾が、
ごぱんっ。ダークドラゴンの口内で、弾けた。
ぼっ。透き通った青い輝きが、黒竜の体から飛び出した。
洞窟の外。マルコットの町。
朝早くから活動していた人々の姿。そこに魂が戻ってくる。
身体を維持し、かつ乗っ取っていた偽の魂を追い出して、それぞれの本物が目を覚ます。
「……もどった、戻った!!」
町のあちこちで、全てで。
眠っていた人も、覚醒。跳ね起きる。
ざわざわと、人のざわめきが満ちていく。
夜が、明けようとしている。
人々の身体を集め、広場で待っていたルミランスターたちの元にも、魂はやってきた。
吸い込まれてゆく。全員の身体に、気絶のアイコンが浮かぶ。
きた、やった。どうだ、どうなったんだ。上がった気分を隠せずに声に出しつつも、手際よく薬剤を使用。広場に倒れる気絶した人たち全員を、一気に復活させる。
そこにマルコもやってくる。ザスーラと一緒である。フェリエはマルコに駆け寄り、包容する。
すん、ズボンを濡らす匂い。案じを顔に出すフェリエに、マルコはさっぱりとした笑顔で言う。「にせものだよ。大丈夫」さあ、外に。フェリエの手を引く。
黒衣と、コートと、包帯。三つの人影が、離れた場所から洞窟を、町の様子を、見つめている。
そして、ロイドは……。
通信機を、取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます