save30 それぞれの戦い



 迫りくるダークドラゴン。ロイドは逃げる。

 惜しげもなく使用した高級ポーション。用意できた中で最高級の〈リング〉の装着。自身のステータスには、様々な増強を施してある。

 けれどいま、ロイドの身体に満ちているのは、それらの力だけではなかった。


 ロイド

 学者/勇者

 レベル 47


  筋力 75 (55+20)

  技力 95 (78+17)

  魔力 115

  体力 93 (35+58)

 耐久力 30



 走る眼鏡の小僧を、ダークドラゴンは追いかける。

 多少遠くにあった背中に、どんどん詰め寄っていく。

 そして気づく。小僧が背負ったリュックから、ロープが地面に流されている。縄には攻撃用だろう、アイテムが結び付けられている。

 ドラゴンは、鼻で笑った。

『こんなものに――、


 天井からぞわりと降り注いだ十億G分の攻性アイテムが、黒竜の巨体に炸裂した。


 ごぎゃー!!

 悲鳴が響く。

 足を止め、しかしやがて怒気をみなぎらせて走り出したダークドラゴンに、ダメージを負った様子はない。

 黒竜の視界の先、眼鏡の小僧は、左手側にそびえる崖の下で立ち止まっている。

 壁面に垂らされたロープを掴み、下部を切断。しゅると音を立て、崖上の道まで引き上げられていく。


 後を追い、ダークドラゴンは壁面に爪を突き立てる。

 垂直に這い上がりながら前を見ると、眼鏡の小僧が頭をこちらに向けていた。

 ずっ。と、鋭く尖らせた先端を赤熱させた鉄の柱が、背負ったリュックから吐き出される。

 眼前に迫った赤い先鋭、思わず顔を反らせた拍子に、手元が滑り、

 更に降ってきたのは爆弾系の攻撃アイテム。破裂した衝撃は黒竜の前足を引きつらせ、結果体は壁面から引き離され、

 どぎゃー!!

 叫びながら、滑落する。



 崖を登り終えたロイドは、走りながら思った。

 やはり完全に思い通りにはいかない。

 滑らせて落ちるとは予想外。

 余計に怒らせてしまったようだ。

 背後から、怒り狂った竜の咆哮が登ってくる。

 広い通路に、巨体が乗った音。

 迫ってくる。


『ゴォアッ!!』


 眼鏡の小僧に追いついたダークドラゴンはそのまま噛みつき砕こうとして、ちらりとリュックの口から覗く、なにかの先端を警戒した。

 顔を引き、

 腕を振るう。

 空気でできた銅鑼を派手に鳴らした音を立てて、小僧の身体が宙に舞った。

 じゃらっ、と、細かい煌めきが、後を追うように舞い散った。

 遥かに吹き飛んだ小さな身体は、空中で体勢を立て直し、

 着地。そして走ってゆく。

『!?』

 ダークドラゴンは追いかける。

 

 巨大な足が、地面に散らばった無数の煌めきを踏み散らしてゆく。

 それは千枚の、オリハルコンメダルで編み上げられた、

 最強の邪気耐性を誇る鎖帷子の残骸だった。


 豪腕に跳ね飛ばされて、気絶はしていたロイド。だが空中で全自動注入器により使用された薬剤の効果で復活。着地をし、走っている。

 ちなみに背負っていたリュックは無傷。説明書きによれば、これが壊れることはない。ただし、ダメージを遮る効果などはない。

 走る通路は、長い。ここから目的の場所まではほぼ一本道。今はその中間くらい。

 背後からは、怒れるダークドラゴンの荒々しい振動が近づいてくる。

 前方の壁面には、脇道へ続く坑口が開いている。

 その中から、小さな人影が飛び出してきた。


「やいやいやい!」


 ?!

 瞬間、ダークドラゴンは混乱する。だが、現れたものが先程の、生意気な啖呵を切ってきた身の程知らずのチビであるのを確認して、むしろ腹を立てる。


「逃げられると思うなよ! 先回りくらいできるんだ!

 おいメガネ、おれ様のじゃまをするな! そいつはおれ様が、」


 やかましい! 黒竜は咆哮する。チビはそれだけで腰を抜かした。

 側を駆け抜けようとする眼鏡の小僧に、たっ、助けて!! と手を伸ばす。

 それを尻目に眼鏡の小僧は、床に伸びていたロープの先端を拾い上げると、

「これ一人用なんだ」

 ぐっと引いたと同時、身体は空をとぶように通路の奥に引っ張られていった。

「なんだよ! ふざけんなよ!」

 巨体を揺らして、ダークドラゴンは近づく。

「わあ、わあ、わあーーーっ!」

 みっともなくわめきながら、チビは跪いて許しを請い始める。

「たすけて! オイラ情報を持っているんだ。この辺は詳しいんだ。遊び場なんだ!」

 ずんずん。地を揺らし迫る。

「この先は行き止まりだよ! きっと罠があるよ、気をつけて!」

『くだらん、分かっている』

「おいらを生かしておいたらきっと役に立つよ、歌だって上手いもんだよ、」

 チビを踏み潰すために大きな前足を持ち上げて、


「素晴らしく崇高にして偉大なるドラゴンさまーーーーーっ!!」


 ぷしゃあっ、と、音すらたてて。

 みっともなさが果てしないおもらしをする。もはやある種の一発ギャグ。尻餅をついて倒れ込み、腹をみせて、祈るように手のひらを組んでの、失禁。

 それに対して目の前の黒竜は、嗜虐しぎゃくの感情を刺激されたようだ。

 大層なもったいぶりを見せながら、足を止めた。

(釣れた、!)

 この小さな自分と、その大きなドラゴン。向かい合う対比が今、一つの絵を描いていた。


『逆らって、歯向かって、生意気な口を利いて。一体どの面を下げて、いまさら慈悲をこえるのか』

「おいらは勘違いをしていたんです。おいらが歯向かおうとしていた相手が、あなたみたいに強大で、おそろしい存在だったなんて」

 まくしたてながら、マルコはロイドとの会話を思い出す。


 おいらが、足止め。

 そう。

 ……でも、おいらは……

 弱い?

 …………。

 そうだね。

 君は弱い。あいつは強い。

 あいつはおごれるドラゴンで、君は賢い子供だね。

 なにで勝つか、どこで勝つか。

 強者が弱者を相手にする時、生じるもの。

 ……時間を稼ぐというこの仕事、君はやってくれると、ぼくは確信している。


 あとは、君の勝負だ。


 そして君の勝利条件は、敵を打ち倒すことじゃない。

 手玉に取ること。

 尻尾の先まで見送ることができれば、

 それが君の勝利だよ。マルコ。


「――だからおいらが愚かものだったんです! 偉大なるおん方を、煩わせてしまったことに心からお詫びをさせてください! どうか! どうかドラゴンさまっ!」

 仕事の際の問題は、相手を会話に釣れるかどうか。

 それが成功した以上、あとは話術。相手を測りながら、気分良くもてなすだけだ。


 時間稼ぎは、十分にやった。

 こいつは、言ってみれば、ちょろい。ほんとうに、ちょろい。

 罠があるとわかりつつも、それを見通していると思っている。

 要するに、単純に、本当に、自分は強いと思っているのだ。

 ただそれだけのやつなのだ。

 あとは、勝つだけ。

 勝ちたい。

 あいつの後ろ姿を、笑いながら見送ってやりたい。

 それがおいらの、勝ち。


『つまらないなりに、愉快な時間ではあったが、もう十分だ』


 そうだろう。踏み潰して終わるんだ。こいつはそれで満足するんだ。

 ごっ、前足、来る。

 いまだ、ここからだっ!

 考えろ、考えろ! 生かしておいたほうが得だと思わせろ。みじめに、泣きわめいて、あいつを楽しませてやるんだ!

「ぎゃぁああああああああああああああああああっ、ひやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

 こっけいにわめきながら、身体をめいっぱい縮めて!

「あぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああっ」

 目に、嗜虐。

 ばむぅうんっ、

「ひゃああああああああああああああああああああああっ、きゃあああああああああああああああああああああああっ」

 指と指のすきま。

「わああああああああああああああああっ、びゃあああああああああああああっ」

 ゆっくり持ち上がっていく前足、

「ひいっ、ひぃいいいっ」

 ぶるぶる震えてみせる。

 ずっ、と上を、質量のあるものが、通過していく感覚。

 まだだ、まだだぞ。後ろ足が来るぞ。そこで飽きさせたらだめだ。

 どごーん、

「ぎゃあああああああああっ、あああああああああああああああああああんっ、だちげでぐれよぉおおおおおおおおおおおっ、うあああああああああああああんっ」

『がっはっは、はははははははは!』

 へへっ、よっし! 笑わせてやった! でもまだだ、最後の最後。しっぽがあるぞ、気をつけろ!

「ひいっ、ひぃいいん、うぇえっ、うぇええん……」

 ぼぉんっ、

「ぎゃあああああああっ、きゃあああああああっ、あびゃああああああああああああああああああああああっ」

『がっはっは、がっはっはっはっはっは―…』

 足音を鳴らしながら、黒い巨体は去っていった。



 はあ、はあ。荒く息。酸素を求める。もっと呼吸がしたかった。

 仰向けになって、

「はーーー、ぁ、、、、、」

 長く息をつく。


 見送る逆さまの視界の先。去ってゆく尻尾の先が揺れている。


 …………。

 ――へへっ、へへへへっ。

「かっこわるっ」

 満面の笑みが、浮かんだ。

 天井を見上げている。マルコの瞳は、輝いている。

 ふー。

 ……やった。


「おれ、勝ったよ。ロイドさん…。」


 少年は、満足そうに瞳を閉じた。


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