save26 彼は拳を握りしめ
◆ ◆ ◆
そうして、今にいたる。
予定のルートを一周りしたクリスとカーティスは、集合地点に帰ってきた。
ここで全員と合流する手筈だが、まだ誰の姿もない。
立ち姿に手持ち
「カーティス」
「ん?」振り向く彼に、言葉を続ける。
「……聞かないとは決めたんだが……やはり尋ねたい。
あの時、別れ際に……ロイド様からなにを言われたのか」
様々な状況が当初の想定を超えてきた以上、聞いておいたほうがいいかもしれないと思ったのだ。
「ああ……。」
問われ、カーティスは視線を上げて、しばらく宙を見た。目を閉じ、考える。
しばしの間を置いてから、彼は口を開いた。
「……いや。いまは置いとこう」
「……そうか」
クリスは引き下がった。カーティスの、副リーダーの判断を信じているからだ。
そのカーティスは、しかし独り言のように言葉を続けた。
「まあ、もし、勇者さんが、敵の側なら。なんてことも考えられるわけだが――」
なにを突然、という顔をするクリスに、
「その利害が、俺たちに一致するものじゃない。そんなやつのことも、広義では、敵、だろう」
「…………」
「ま、仮定の話だ」
軽く肩をすくめて、カーティスは背を見せる。
クリスにしてみれば、異端も異端、意識の隅にも浮かびようがない考えだった。
勇者。すなわち天に認められた者。
それを疑うことはすなわち、天を疑うことだ。
天に唾するような自分を思えば、それこそ寒気がするほどに滑稽な姿として脳裏に映る。
また個人的な意見ではあるが、勇者ロイド。自分如きには測れない人だが、断じて悪人ではないと、そのことだけは確信している。
だが、カーティスが投げてきた意見も――随分と昔に、彼は言っていた。俺は投げる。お前が悩め。――飲み込みつつ、クリスは意識を切り替える。
ザスーラを先頭にして、ロイドたちが戻ってきた。
「ご無事で」
「はい」
ロイドを迎える声をかけ、ザスーラたちに視線を合わせる。
「クリス」
ザスーラに促され、クリスはカーティスと共にそちらへ向かう。
少し離れた場所で、ロイドはマルコと会話を始めている。
クリスたちは、メンバーで情報の共有をする。
カーティスが尋ねた。
「そっちはどうだった」
ザスーラとユキが、説明をする。
ロイドの先導で向かったのは、このダンジョンの中でもひときわ巨大な空間。エントランスホールとも呼べる場所だった。
入り口から入って、広い通路をまっすぐ進んだ先にある、大きな広がり。ダンジョンの各地に枝分かれする通路の起点。
その部屋へ続く、特に細い裏道を通った先の、三階ほどの高さがある目立たぬ位置から。
彼らは見た。
ザスーラが、ユキが、ルミランスターが目撃した
広場にうずくまる黒竜を。
そしてアイコンの表示無く倒れる人たち――あれが魂を抜かれた者たちなのだろう――それが見える範囲で、何人も。
それから壁に立てかけられた巨大な斧槍。襲来したドラゴンが振るっていた武器。
「シルバーメタルだ」
ザスーラが断言した。
「……手の込んだ真似しやがる」
クリスも頷く。ゆえに自分たちも含め、全員が、あの場では気絶だったのだろう。
そして勇者ロイドがなにをしていたか。
見ていた。という。本当に、見ていた。と。
マルコにも同じように、黒竜を観察させていた。
「あとあと、さらわれたフェリエさんのことです」
彼らがその場にいたとき、一度ドラゴンが癇癪を起こしたという。
女はまだか。ドラゴンは言っていた。
三日の約束だと。呼びつけられた、コートの男が答えていた。
今はまだ、探しに行っている最中だと。
「……へぇ」
カーティスがつぶやく。クリスもその事実を少しだけ反芻してから、問う。
「魔王、もとい、ダークネスに対して、君たちの印象は」
ザスーラが、カーティスを見ながら言う。
「ロイド様の前で、カーティス。お前が言ったとおりの印象、そのものだった」
ユキも頷き、同意を示した。
「そうか……。他には、なにか?」
「あの、マルコくんと、すこし話したんですけど……」
おずおずと、ユキが言った。
「ご両親を、亜竜に……、食べられているそうなんです」
「!」
「一年くらい前か……? ……ここに出たって聞いたな」
「ああ。ああ――、覚えている……。主よ……」
「……心の石も、見つからなかったそうです……」
おそるおそる告げるユキ。それを聞いて、なお悼むクリス。
カーティスは黙して、ロイドを見つめる。
クリスも顔を上げて、マルコを見た。
多分な案じを瞳に乗せて。
だが、そこで気づく。
マルコの目の光が、違っていた。
ロイドと話す彼。ただの怯える子供の目では、なくなっていた。
あれは挑まんとする、者の目だ。
「……俺は盾だ」
振り返れば、ザスーラが、ロイドとマルコの二人を見つめながら。
「だが、遮るだけでは、与えられぬものもあるのだろう」
彼の言葉には、二人に対する――様々で、複雑な――敬意が、あった。
視界の先で、ロイドとマルコの会話が終わった。
ロイドはこちらに視線を送り、言った。
「おまたせしました。
――それでは、皆さん。 作戦会議を、始めましょう」
空気がヒリッと、引き締まった。
最初に、ロイドが宣言した。
「今回、ぼくには得たいものがあります。
けれど、それを説明するのが難しい。
なので仮に、それを〈王女の愛〉と呼びます。
ぼくは、ドラゴンを倒すことで、王女の愛を手に入れたい。そのために、皆さんに力を貸してほしいんです」
王女の愛――。それはなるほど、それこそ竜王の試練を乗り越えた者にでもないと与えられないくらいのものだ。
問答無用で手に入ったり、断っても断っても断りきれずに無限ループでぐいぐい迫ってくるような、そのようなものでないことだけは確かだ。
カーティスが尋ねる。
「ちなみにそれは、そのまんまの意味で解釈しても、問題はないんですか」
「はい」
「対象は、二人いますが」
「ぼくが世界で一番大切な人はエリス姫です。しかし世の中には、それはそれ、これはこれ、という言葉があります。
つまりはそういうことです」
「なるほど」
国王陛下の前での勇者的な発言を、今は知っている。
マルコも、なにかを納得した様子だった。
ユキはなにやら顔を赤くしてうつむいている。ちょっと胸元を押さえている。少々大きすぎると感じるのがコンプレックスだった。
ロイドが続ける。
「繰り返しますが、皆さんの力は、貸してほしい。
けれど最終的に、勇者ロイドがドラゴンを倒した。そう断言できるだけの事実もほしいのです。ここを偽ることは、できないからです」
「その辺は、いくらでも飲み込めますが」
再度カーティス。
「手を貸すにしても、動くための情報は必要です。
なにか信頼に足るものを、勇者さんは持っているようですが……、
それがどういうものなのか、ひとつ説明をお願いしますよ」
「はい」
頷き、ロイドは一冊の本を取り出した。
!
その本には、神々しさがあった。
物言わぬ輝きが、心に沁みる。勇者の紋章と同じく、見ただけで、神性のものであるとわかった。
その表紙には、この近辺では見慣れぬ文字、漢字で、大きく◯秘と書かれていた。
「これは……」
クリスのつぶやきに、
「神様からもらった本です。 ――攻略本、と名付けました」
「攻略、本……」
うたれたように、皆で見つめる。表紙の隅には小さく、初回限定特典、と銘打たれている。
改めて、恐れ多く思う。目の前にいる方は、天よりの使者なのだなという実感を。
と、
カーティスが、そこから離れたような雰囲気で、口を開いた。
「……あえて聞きますが。
信用できるんですか? その本は。
それは、勇者さんの命のみならず、俺たちの命を、預けるに足るものですか?」
睨むほどに見詰めるカーティス。ロイドはその視線を受け止めて、はっきりと答えた。
「はい」
…………。
カーティスは、しばらく沈黙。やがてクリスに、隠さない声で言った。
「いまだグレーと見る。正直、人物としての疑わしさは残る。
だが、お前の判断に従う。文句は言わない」
それを受け止め、クリスは考える。
そして、声をかけた。
「マルコ」
「はいっ、?」
驚いたように返事をする幼い少年に、クリスは続ける。
「きみに、ひとつ尋ねさせてほしい。
きみは、なにを思って、この作戦に臨むのかを」
マルコは、僅かの間考えてから、顔を上げ、クリスの目をはっきりと見て、言った。
「……おいら、自分には、なにもできないと思っていたんだ。
でも、やれることがあるって、ロイドさんが、言ってくれた。
だから、おれ……おれだって、フェリエ姉ちゃんを、たすけたいんだ。
なにもできないのは嫌なんだ。
だからおれ、がんばります。ぜったいに、みなさんの迷惑にはならないようにします!
だから、おれも一緒に、戦わせてください! お願いします!」
少年は、胸に拳を当てて。力いっぱいに頭を下げた。
怯えは、あろう。
勇気を持って挑まんとするがゆえに、生じる恐怖が、そこにはあるのだろう。
マルコは確かに胸を張るように、顔を上げた。
彼の目を見た。
そこに、光が生まれていた。
クリスは自らの胸の中にある輝きと、その光を照らし合わせて。
ザスーラを見る。
沈黙の騎士は、ただ頷いてみせる。
ユキを見る。
気負いを握りしめた両手に表し、ぶんぶんと頷いてみせる。
すこし笑って、クリスは最後に、幼馴染の、けして素直ではない友人に尋ねた。
「最後に、カーティス。――パーティーの一員ではない、君個人の意見も聞きたいな」
…………。黙すカーティス。
ふ、と笑う。
「言ったろ、任せる」
クリスは頷き、拳を胸に当て、ロイドに言った。
「ロイド様。ルミランスターのリーダーとして、我々の命、お預けします」
力強く、宣言した。
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