save25 回想 ルミランスター2
到着したのは、倉庫群。質実一辺倒の、あまり一般人の目には入らない区画。
案内役に連れられ、四人は足を進める。
こんなところに、そのような人が? という気分は、おそらく全員にあっただろう。
常からそうなのか、人が忙しく行き来している。
やがてひときわ大きな倉庫にたどり着く。ドーム型の屋根を持つ長方形の建物。入り口は大きく開け放たれ、そこから活気のある声が聞こえてくる。
「チーフ! 人工
「了解! 作業準備を!」
答えた声が、報告先を変える。
「ロイド様! リスト番号1078と遅れていた689番、準備できました」
「はい。お願いします」
クリスたちは倉庫の中に足を踏み入れる。外側の比ではない混雑ぶり。それでもさすがと言うべきだろう、動線は目に見えるように確保され、人々は整然と動いている。
作業用の機械――たしかフォークリフトという名のそれ――でパレットが持ち上げられる。
パレットの上には、寸胴鍋のようなものが。それは巨大だった。水なら五トンは入るだろうか。その下部には、急ぎ溶接されたらしい、開閉の仕組み。
そして床の上に組み上げられているもの――はっきりと言えば滑り台があった。持ち上げられた寸胴鍋の下部が、滑り台の上端に接せられる。流し込まれたものを受けられるようにU字に曲げられた傾斜板の終点には、マケットサックだろう、革製のリュックサックが備え付けられている。入り口は最大に開いた形で固定され、その肩紐を、栗色の髪、眼鏡をかけた少年が握っている。
触れていないと効果が発揮されない、ということだろう。
「流しまーす!」
「どうぞ」
ごふぁー、と音を立てて、大量の砂が滑り台を流れ落ち、マケットサックの中に吸い込まれてゆく。
クリスたちは、半ば呆気にとられていた。
そしてあれは、あの方が……、しかし……、
「これは一体」
半ば独り言のようなクリスの問いに、案内役の青年が答えた。
「はい。
ん? という顔でそちらを見ると、彼は商売人としての武器だろう、茶目っ気のある笑顔で、
「ロイド様に、十億ゴールドでね」
ぶはっ。カーティスが吹き出した。
「当然、商品のお代は別途頂いております。また驚きはもう一つありまして。
その支払いの際、ロイド様が取り出してみせたのが、おそらく、世界中の誰も見たことがない。
袋いっぱい、千枚以上のオリハルコンメダルだったのです」
ははははは。カーティスが、今度は弾かれたように笑った。
オリハルコン。
それは、神の金属。
全ての邪気を遮り、逆に、最高の
強度、密度、さらには体感重量までに、実重量の因果関係を伴わず。または他の金属に姿を変え、あるいはエンチャントを永遠に留める。
勇者が手にする武器は、すべてこの、アダマント化したオリハルコンであるという。
そしてオリハルコンメダル。
レガリアにおいては、年に十数枚ほど見つかるもの。
一枚がおよそ二億ゴールドほどで取引されている。
それが――、
「千枚以上ってか。半端ねえな」
クリスの隣で、カーティスはひどく楽しそうな声を出す。
と、件の少年――勇者ロイドが、こちらに視線を向ける。
目礼を返して、クリスたちは彼の側まで歩み寄る。
そして初めましての挨拶と、自己紹介を交わした。
「ところで勇者さん、そのリュック、一体どれくらい入るものなんですか」
カーティスが――遠慮のないよう言われたにしても――遠慮ない調子で、ロイドに尋ねた。
「これは、〈無限のリュック〉。物がいくらでも入る。そういうアイテムです」
おお。全員が驚く。
「そりゃすごい。羨ましいもんです」
笑いかけるカーティスに、笑みで答えるロイド。さらに幾ばくかの会話のあと、彼は言った。
「お手紙にも記しましたが、皆さんにお越しいただいたのは、魔王ドラゴンに対する皆さんの所見。それを伺いたかったからです」
「はい」
クリスが答える。
「その回答なのですが、まずはカーティスさんにお願いします」
数泊の間をおいて、ん? とカーティスが反応した。
「俺? ……ですか?」
きょとんと、自分の顔を指さす。
「思ったことしか言えませんぜ?」
「それをお願いします」
言われ、カーティスはふむと声置く。
じゃあ、遠慮なく。と、続けたカーティスの第一声に、クリスは耳を疑った。
「あれは、魔王じゃあない。
端的に言って、あれはクソです。品のない笑い声。人を見下す目。あれは裏酒場の腐れたゲスの品性だ。魔王の風格は微塵もなかった。
戦王も大概だが、俺はあの人は好きだ。
だが、あいつは好かん。ひと目見ただけで、あとはぶっ飛ばされて気絶。だけど、無い。アレを、天が魔王と認めたとは。無い話だ。正直、偽物の可能性を疑っているところですよ」
クリスは軽く冷や汗をかく。
魔王は魔界において、勇者とほぼ同格の存在である。
またその選定にも、勇者と同じく天が関わる。
その上本人も言っているが、自分たちは一瞬で負けている。見定められるような時間もそうはなかった。また陛下自らが直接対面して確認もしているはず。その辺りの諸々も含めて、少なくとも自分には、とても口にできないことだった。
ロイドは頷きながら話を聞き終え、あとは皆さんにも、と訊いてきた。思い出せる限りを、細かくお願いします、と。
クリスたちは、ドラゴンが空を飛んできたこと、その外見、声の調子――確かに、蛮声、ともいえよう感じ。そして、巨大な武器を振るっていた、ということなどを伝えた。
「なるほど」
「――お話し中、失礼致します。
ロイド様、こちら、ご指定のサイズで、高火力、高効力のアイテム、揃えられた分のリストでございます。どうぞご一読を」
「ありがとうございます」
「それから、こちらが先ほどお話ししたBOBです。ご用意できた分は三つ。申し訳ありません、今はあまり使われていないものなので……」
「いえ、助かります」
社員の男性が持ってきたものを、クリスたちも見た。
折りたたみ式の、テニスラケットのような持ち手がついた丸板。その上に、金属製の外皮を持つサッカーボール大の球が。
カーティスが反応した。
「BOBたぁまた昔のものを」
「扱ったことがありますか?」
「ええ、まあ、一度。どえらく癖はありますが……上手くハマれば……面白い。ってとこですかね。あと火力に関しては、割と問答無用の感はありますね」
ふむふむと、ロイドは頷きながら聞いていた。
半時ほどの後。
「それでは、もしかしたら、お力添えをお願いすることもあるかもしれません」
「はい。その時は、是非」
代表して答えるクリスに、ロイドがなにかを差し出す。
「これをお預けします」
手渡された腕輪状のものに、クリスはびっくりした。「これは……」
「高いやつか?」
「一千万くらいはしたと」
「ぼくはお金持ちなので」
レガリアの東と西とまではいかないが、ルミランス周辺にいる分には、どこにいても通じる無線通信機だった。
「助けが必要なときは、そちらでお呼びします。その時はどうか、お願いします」
クリスは仲間たちに目で確認して、それを自分の手首にはめた。
「肌身離さず、持ち歩きます。時間など気になさらず、いつでもお声がけください」
「はい。ありがとうございます。それから念のために、カーティスさん」
? と近づいたカーティスに、耳元で、二言三言。
「……ロイド様は、なんと…?」
「いや、。」
戻ってきたカーティスに尋ねるも、彼――この幼馴染は、とっさになにも出てこないようで、歯切れ悪く答えた。なにか大事なことを言われたのだなと思った。また、それを詮索しないでおこう、とも。
その日より数日間。彼らはルミランシティで待機していた。
とはいえ暇を持て余していたわけではない。カーティスの提案で、戦法の見直しや鍛え上げの計画を練っていた。ついでにパーティー名も変更しようという提言もされたが、クリスが頑なにNOを貫いた。
そして先日。深夜。一人で眠っていたクリスは、腕輪からの声に跳ね起きる。
勇者ロイドからの連絡であった。
その内容は、わずかに残っていた睡魔を一瞬で消し飛ばすものだった。
パレードに襲撃を仕掛けたドラゴンは、ダークネス。
ただし、さらわれたお姫さまは無事。
この二点を念頭に置いた上で、話を聞いて欲しい。
皆さんの、力をぼくに、貸してください。
それが勇者の言であった。
クリスは驚いた。否、驚愕といってなお足りぬほどに。
カーティスの直感は、当たっていたことになる。ただし本人も、よりにもよって千年前に姿を消したダークネスであるとまでは考えていなかっただろうが。
それから出された条件も、クリスを多少戸惑わせた。
エリスには、知らせない。
ロイドが、基本一人でやる。
事前の準備の手伝いを主に頼む。共に戦闘をしてくれという依頼ではない。
だがそれらの事情が、二の足を踏ませることはなかった。
ロイドからの話を聞き終えたクリスは、その場で即決した。
是非とも、どうかご助力させてください。と。
あのドラゴンはダークネスだったという。ならば、自らの目の前で自国の王女をさらわれた自分たちが、その救出に助力するのはもはや義務であると言えた。
しかもそれを、勇者から、名指しで頼まれたのだ。
その上に、汚名を返上する機会でもある。
事実、その後すぐに仲間たちを訪ね、訊いてみれば、断る者など一人もなく。
彼ら――ルミランスターは、やってきたのだった。
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