save23 そしてまた、訪れる出会い



 未だ鳴り止まぬ鼓動を抱え、ルミランスターの四人は、ロイドの後をついていく。

 クリスは胸を押さえている。繰り返して訪れる、先程の緊張の余波を抑えんと。

 ふと、背中を向けたロイドから、質問が来た。


「あの包帯の人を見て、どう思いましたか」

「……ホータイ?」


 ぴんとこない様子のカーティスに、クリスが言う。

「――あの男が身体に巻いていた布のことだよ。かなり昔の回復道具だ。 ……そうですね。……はっきり申し上げて、私などでは測れないほどに、とても……強いと。感じました。あれは、尋常ではありません」

「ドラゴンと比べて、どうですか」

 問われてクリス、少し黙考し、

「俺はあのホータイ男のほうが、100倍は強いと思うぜ」

 先に口を開いたのはカーティス。それを受けて、クリスも、同意を乗せて言う。


「……はっきりした数字で比べることはできませんが。先ほどの、包帯の侍のほうが強いというのは、同感です。

 あのドラゴンに対しても、強いと。圧倒的に強い、とは思いましたが、それでも策を練り準備をすれば、届かぬ相手では、ない……と思います。

 けれど、あの男に対しては、単純に……「勝てない」と思いました」

「こわかったですぅ~」

 ユキは本気で涙目になっている。ザスーラは、沈黙の中に、感じた脅威を滲ませている。

 クリスは悔しそうに言葉を続けた。


「もし、あの男が、立ちふさがるなら。恥じ入るばかりですが、私たちでは……」

「それについては大丈夫です。これも後ほど、ご説明します」

 それだけ言って、ロイドは黙して先をゆく。

 勇者ロイド。読みにくい人だが、ただ今は、なにかを考えている様子。

 勘、ではあるが。お互い見つめ合った、あの、赤い瞳の魔族の男性のことで、間違いはないだろうと思った。

 と――、


「ロイドさん、?」


 ひどく弱々しい声が聞こえ、全員が足を止めた。人として、止めざるを得ぬ声だった。

 十を数えるくらいの男の子がそこにいた。だれが、どのように見ても、彼は怯える子供だった。


「マルコ」

 ロイドが彼の名前を呼んだ。

 弾かれたように、駆け寄ったマルコはロイドにすがりついた。

 服の裾を必死でつかみ、なにかを伝えようと口を開くが、全然言葉として出てこない。呼吸に飢えた魚のように悲しげな目で、溺れたように喘ぎながら、いまにも泣き出しそうな顔で、

「――おちついて。」

 柔らかな声に、マルコの口は一度、閉じた。それは抑揚までが計算された、人を落ち着かせる声だった。

「大丈夫。」

 肩に優しい手をおき、目を見て、しっかりと頷いてみせる。

「なにがあったのか、話して」


 それを切っ掛けにして、マルコは堰を切ったように話し始めた。

「この町、おかしいんだよ。みんながおかしいんだ。きっと全員が、変なんだ。

 見た目はみんな一緒なんだよ。おばさんもおじさんもみんなみんな一緒だった。

 でも、中身はぜんぜん違うんだよ……!!」

 ざわ、と揺れるルミランスター。

「しんじて! ほんとう、

「信じる」

 目を見て頷く。なによりの説得力をもって、マルコには伝わったようだった。一拍、息を吸ってから、彼は続ける。

「それで……それでフェリエ姉ちゃんが、さらわれたんだ。

 白い布をまいた、刀使いの男。たぶん、サムライ」

 今度は緊張が、ルミランスターに走る。

 マルコは、ぼろぼろと、涙をこぼした。

 それは、ただひとつの感情に由来するものではなかった。

 少年の中には、恐れがあった。かつて身を刺したもの、いま自分を呑み込むもの。未来の喪失に恐怖する怯えがあった。そしてなにもできなかった、いままたなにもできないだろう自分への、くやしさと、

 悲しさと。


「……おれは、なにもできなくて」

 押し出すように言いながら、マルコは歯を食いしばる。

「そいつ、言ってた。

 今日か明日で、ぜんぶ終わるって」

 それが何かまでは、わからない。だがその発言が、彼を殊更に竦ませているのは間違いなかった。

 さらわれたという女性への、想いと比例して深く、口を開ける谷底の恐怖。

「ロイドさん……、」

 幼い少年は、天を仰ぐように、ロイドの顔を見上げ、言った。

 それは、願いだった。

 それは、縋らざるを得ない、求めざるを得ない、子供の、必死に、死にものぐるいに差し伸ばす、小さな手のひらの、願いだった。


「……たすけて……っ」


 どくん。


 音が鳴る。鼓動が揺らす。

 まっすぐ、ロイドに向けられた願い。

 マルコの、願い。

 それを受けたとき、ロイドは。

 おこなう行動は、決まっているのだ。

 ゆえに彼は、口を開いた。


「……マルコ、ぼくは、


 君を助けたい。」


 はっ、と、マルコは目をひらいた。

 そこには、真剣な眼差しがあった。

「そのために、聞いてほしいことがある」

 そして勇者ロイドは、話し始めた。



   ◇ ◇ ◇



 部屋で待っていたエリスのもとに、ロイドが帰ってきた。


「ただいま」

「〈おかえり〉。勇者」さりげなく、ジャポネアの作法に合わせて答える。


 ルミランスターの四人は連れていないようだった。聞けば、下で待ってもらっているという。

 ふむとうなずき、エリスは続ける。


「それで、魔王殿のご都合は、どうだった?」

「明日の朝早くにお伺いする約束をしてきたよ。向こうもそれでいいって」

「うむ。そうか。感謝を」

 エリスは少し考える。

 まずは、自分のコンディション。常と変わらず、英気はみなぎっている。

 ならば無理のない範囲で、ダークネスのことを調べる――聞き込みでもしようか。

 その機先を制すように、ロイドが言った。


「ダークネスのことなら、ぼくが調べておくよ」

「ううむ。気持ちは嬉しいが。なにもせぬというのも、幾分、時間を持て余すのでな」

「あのね、姫」

 秘密を打ち明けるように、ロイドは言った。

「ぼく、フロランシエで出会った男の子と、偶然再会したんだ。それで今日、一緒に過ごす予定なんだ」

「ほう。……ならばわらわもついて行ってよいか?」

「うーん」

 考える様子に、エリスはちょっとショックを受けた。

「だ、だめか、?」

「実はね。サプライズを考えているんだ」

 サプライズ。

「ん、むっ、なにっ? そ……それはわらわに対してのものか?」

「うん」

 エリスはそわそわし始める。そういうのは大好きな彼女だ。

「そ、そういうことであれば」と、ワクワクを隠しきれぬように、「わらわは部屋にいよう。なに、暇は本を持ってきているので大丈夫だ。うん。」さわさわと、手のひらをすりながら。

 ロイドはにっこりした笑みを、エリスに向けた。

「うん。……それじゃあ」

「うむっ!」


 笑顔のエリスに見送られて、ロイドは宿の外に出た。

 クリス、カーティス、ザスーラ、ユキ。そして、マルコ。

「それでは、行きましょう」

 ロイドは彼らに、そう告げた。


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