save22 そして訪れる出会い



 宿から出たクリスは、ふぅ…。と息をついた。


 緊張、ではあった。ただ、謁見に緊張したわけではない。このようなときでなければ、とても光栄なことだ。これはもう少し違う種類のシリアス。それは罪悪感、あるいは後ろめたさであった。


「別に嘘は言っていない」

 カーティスが、読んだように口を開いた。


「王都ルミランスから勇者さんの応援のためにやってきたルミランスターだろう」


 彼、カーティス。自分とは、様々な面で正反対の性質をもつ幼馴染。ゆえに頼れる友であり、副リーダーでもある。

「気苦労をおかけして、もうしわけありません」

「いえ、ロイド様」

 ロイドの謝罪に、背筋を伸ばして答える。


 彼らは歩き始めた。

 先頭を行きながら、ロイドが話す。

「皆さんに来てもらった理由を、まとめ直します。

 それはドラゴン退治の、準備を手伝っていただくためです。

 そのためには、時間が大切になります。

 みなさんが気になっているだろうことの詳しい説明は、それらの準備とあわせておこなうので、そのときまで、待っていてください」

「はい」

 クリスたちは頷く。

「それから、」

 ロイドはなんでもないように続けた。

「この目で確認してわかったことですが、この町の人たち、見える限り、全員人間ではありません」


「えっ?」


 クリス、反射的に声が出た。思わず足も止まる。ほかの三人も、同じように。

 ロイドも立ち止まり、振り返った。

 ルミランスターの四人は、周囲を見る。

 何の変哲もない、日常の風景だった。

 おだやかな人の通りがあり、いくつかの店舗では買い物のやりとり。立ち話をする女性たちと、走り回る子供たちがいて。

 これに違和感を探せという方が無理であろう。

「……カーティス?」

「いやあ……」

 クリスの問いかけに首を傾げ、カーティスは、ロイドに尋ねた。


「人間では、ない、と? この人ら全員が、ですか?」

「はい」

 ロイドは迷いなく頷いた。彼の目をじっと見つめてから、カーティスは続ける。

「勇者さんには……見分けられると?」

「はい。おそらく、彼らの魂はダークネスの中。いまはなにか……別のものが入っているようです」

「本来の魂は奪われ、代わりの何かが入っていると。それの見当は?」

「つきません。また、誰がそれをやったのかも、いまは」

 カーティスは、しばらくじっと。おおよそ、礼を失しているくらいに、ロイドに視線を注ぐ。それから、ふう、と息をついた。


「……まあ、嘘をついているとは、思いませんよ」

 ロイドは、こくりと頷いて答えた。

「なら、目的は、偽装、ですかね?」

「おそらくは」

「脅威は?」

「ないものと思います。非戦闘職の、一般人くらいでしょうか」

 どうも。

 ロイドに頭を下げ、カーティスはクリスに言った。

「どうにも、こいつは予想以上にヘビーな話らしい」

 クリスも、面立ちを改めて頷いた。そして、口を開く。

「ロイド様」

 顔を向けるロイド。クリスは続ける。

「……今、一つだけ。質問するのをお許しください。

 ライラ様はご無事であると。事前に、貴方はおっしゃいましたが。

 その、根拠は」

「さらわれたお姫さまが無事であることは、神様が保証してくれました」


 !!


 全員、息を呑んだ。

 神々とは、天にあって、人を守り導いてくれる尊い、至高の存在である。

 人は通常、言葉をかわすことなどできない。

 

 創造主クリエイター

 その下に、善き神々。

 そして、人の誕生に関わる女神たち。


 天の名を勇者が口にした以上、そこには、普通ではない重みがある。

 クリスは理解の頷きを返した。再び歩き始めたロイドについてゆく。

 北。ダンジョンの入口に向かって。



 かつて竜が住んでいたというエンシェントダンジョンの入口に続く、大路を行く。


 両脇には、特に土産物屋、観光客向けの店が多い。だが、今は閉まっている。

 しばらく行くと、山が口を開けたような、洞窟の大きな入口が見えてきた。

 影を呑み込む大口の前には、その大きさと比較すると、ひどく小さく見える人影があった。


 侍。であるとクリスには判った。

 上半身に白い布を幾重にも巻いた男。――あれは包帯? だろうか。

 一見、ぼうっと立っている様子だった。だが、こちらの存在には気づいている。はっきりと、いる。

 クリスを始め、ルミランスターの面々はうっすらとした寒気に身構える。一方で、ロイドはきわめて自然に近づいていった。

 そして声をかける。


「こんにちは。勇者です」

「あん?」


 包帯の男は、出し抜けなロイドの発言に、懐疑の声を上げた。刀の柄に置いていた手がぶれ、かちゃりと鳴る。

「はじめまして。ロイドといいます。魔王さんと、お話をさせていただきたいのですが」

 しばし、空白の時間。

 包帯の男は、ロイドを胡乱げに見て。ずいぶんと長く、観て。

「あー……、 ……勇者か? お前が……?」

「はい」

 包帯の男は、離れた場所のなにかと、目の前にあるものを見比べるように、顔を動かした。

 それから、は。と鼻で笑う。

 続いて、ロイドの後ろに控えていたクリスたちにも視線を向ける。ちりっ、と、クリスは首筋に緊張を感じる。一瞬、幼いころに父親に向けられた厳しい眼差しを思い出す。それは見透かされているような、隠し事などできようはずもない目つき。


 一通り全員を見たあと、包帯の男は、ふうん、と顎に手をやり、首をかたむけた。

 そして、よっこらしょ、という擬音でも聞こえんばかりに、もっさりと動いて、抜刀の構えをとった。

 瞬間、クリスが感じたものは、完全なるなぎ、だった。生ぬるさすら感じる無風。寒気もなく、危機感すらなく。ゆえに、体が動かない。ひりつくものは眼球の奥。意識の根は最大限の警鐘を鳴らしていたが、表面にある思考が、空白を見ている。

 そして深呼吸でもするかのように、長く大きな息を吸って、男は、

 鯉口を切った。


 死絶しね


 炸裂した悪寒に、四人は弾けるように反応した。

 飛びのいた。全力で衛気を展開して、ザスーラが盾を構える。後ろに抜刀したクリス、カーティスは爆殺ナイフを両手に挟んで。ユキはパーティーの壊滅を前提とした、敵の情報を確実に持ち帰るための位置まで上昇。はるか高みまで。事実上の戦闘離脱。


「ッ、ロイド様っ!」


 その中にあって、一人取り残される形になったロイド。だが、至って平常の立ち姿でそこにある。

 数秒ののち、包帯の男は、ふむん、と何かを納得したような声を出して、チン、と金属の音を鳴らした。同時に、殺気が消える。クリスたちは重圧から解放される。どっと、身体中から汗が吹き出す。


 男は、いっそけろりとした様子に戻り、言った。

「上に聞いてくる必要があるから、ちょっと待っとけ」

 と、男の視線が泳ぐ。

 男の背後、洞窟の中から、こちらに歩み寄る二つの人影が見えた。

「交代の時間にゃ早くないか」

「殺気が届いた」

「そりゃすまない」

 包帯の男は、軽く手を振って謝意を示す。

「大将も、悪かったな……?」


 赤い輝きが、丸く見開かれていた。


 前にせり出す二本の角に引っ掛けて、目深に被ったフード。顔を影の奥に隠して、その中に、赤い輝きを灯らせて。いまその輝きが、大きく、丸く。

「LOW」

 意をんだ隣の男が、角の男のフードをとった。


 ただれたような色気を放つ、真紅の瞳と、黒髪の。

 額から生える、黒と金を練り上げたような螺旋の角は、いよいよ妖しく。

 魔性の相を現した男性は、赤い眼差しで、ロイドをじっと見つめた。

 それはロイドも、同じように。彼に視線を注ぐ。

 しばらくの時間が経過した。

 角の男は、やがてふっと微笑んで。踵を返した。

 それを見送っていた包帯の男は、背後から声をかけられた。

「……では、準備もあるでしょうから、明日の早朝、お伺いします。宜しいですか?」

「あ? お、おう」

 それでは。

 頭を下げて、ロイドはルミランスターと共に、その場に背を向けた。



 去っていくロイドの気配を背中に感じながら、角の男――オートは、笑う。

「……そうか。そういうことか」

 はっはっはっはっは。

 朗らかに、大きな喜びが乗った声が、洞窟の中に響きわたった。


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