save19 マルコ、帰る
頼りになる背中を見送ってから。
「お茶でもどうだい」
角の男は、包帯の男に声をかける。
「……ああ」
頷いて、部屋の椅子に腰掛ける。
「お紅茶のお好みはございますか?」
「適当でいい。甘くないのをくれ」
嬉しそうに承って、女の姿は作業にうつる。
やりとりを交わした後ながら、包帯の男は、角の男に尋ねた。
「なあ、大将。
いいのか、外に出しておいて」
「ああ。 ……彼女、うるさかっただろう?」
「えらくな」
牢の中、我が身の不幸を似たようなセリフで延々嘆き続ける。しかも声高らかに。
「君が出発したあと、試しに外に出してみたんだ。すると言うことも聞くし、空気を読む、という振る舞いまで見せるようになった」
おそらく、と角の男は続ける。
「囚われの姫、という特徴的な、かつこれまでに経験したことがない
包帯の男は、ちょっと咀嚼して。
「……じゃあ逆に、勝手にやらせとけば、人間らしく見えるってわけか?」
「君にはどう見える?」
直接は答えずに、視線を振る。
洗練された仕草で、紅茶を淹れている。
「よく出来た人形だとは思うぜ」
角の男は、くすりと笑った。可笑しみ、というよりは、懐かしさの類だろうか。
「彼は、そういうのが得意だろうからね」
「へえ?」
やはりあの道化師とは、それなりに長い付き合いなのだろう。適当に納得しながら、包帯の男は再び問いかけた。
「……あと、もう一つ。
なんで人形だったんだ」
「ああ、それは単に、必要な過程だったそうだよ」
「ふーん…?」
「おまたせいたしました」
小鳥のような軽やかさで、琥珀色の液体を湛えたカップが――ご丁寧に受け皿に載せられて――テーブルに置かれた。
「お口にあえばよろしいのですけど……」
はにかむ。
それを横目で見ながら、淹れられた紅茶を飲む。
「うめぇ」
「こういうものの再現こそは、得意だろうからね」
隣をちらりと見れば、ほわっ、と胸にしみるような、心から嬉しそうな笑顔。
鼻から息を吐いて、包帯の男は首を振った。
「オート様」
ミルクティーの入ったカップを手に、角の男に近づく。
「ああ。ありがとう」
ポケットに両手を入れたまま、角の男は礼を言う。
彼の側に立ち、手にしたカップにふーふーと息を吹きかけ、手ずから紅茶を飲ませる。
いつもの側付きの少女がこの光景を見たら激憤するだろう。そう考え、包帯の男は少し笑う。もう一口美味い茶をすする。
と、ロングコートの男が戻ってきた。
「お帰り。首尾はどうだい?」
「デクではない美女を一人連れて行くこと。猶予は三日」
さすがだね。角の男はコートの男の手際を褒める。
「例の勇者は、もうすぐそこまで来ているらしいから。たぶん、今日中にでも到着するだろう」
「ただし念の為には、探しておく、だな」
包帯の男は、自ら言った。
「そうだね。行ってくれるかい、ライドウ」
「当然。残りのケツは手前で拭くさ」
「ん。頼む」
飲み干して、立つ。
それを、角の男が止める。
「その前に、食事にしよう。ご飯は大事だからね」
立ち上がった包帯の男は、声に微妙な難色を示す。
「レトルトなのに文句はねぇんだが、期限がごっそり切れてるのがなあ……」
「時間は止まっているんだから。気にしなければいいのさ」
「まあ、そりゃそうなんだが」
「つき合わせてすまんな」
包帯の男は、嫌味のないため息をついた。
「借りたばっかだしな。仕方ねえ。喜んでつき合うぜ、旦那の在庫処分」
そして彼らの朝餉が始まった。
◇ ◇ ◇
太陽の位置は、天頂に近づいている。
マルコは馬車の荷台に乗せてもらって、マルコットの町へ向かっている。
「いやー、まさか車輪が外れるとはなぁ」
御者台に座り手綱を握る中年の男性が、まいったまいったと口に出す。
「あたらしいの、買いなよ」
「ばか言えぇ、あと十年は乗るぜぇ」
かっぽかっぽ。
「……そういやぁ、今回はどうだった?」
「それがさ。最後の日にすごく気前のいいお客さんにあたってさ。五万ゴールド、ぽん、だぜ」
「そりゃあ羨ましいこったなあ」
はっはっは。男性は笑う。
「なんの情報を買っていったんだ?」
「んー。フロランシエの、おっぱいの大きい女の人、トップ10」
爆笑。ツボに入ったらしい。
ひとしきり笑ってから、
「おっぱいなぁ。おれも好きだぞ」
「おいらも嫌いじゃないよ」
へへへ。
いひひ。
笑う二人に注ぐ日差しは、ぽっかりと暖かい。
「なるほどなあ。なんか小洒落た箱、もってると思ったら。そういう臨時収入があったわけだ」
マルコの手元には、綺麗に飾られたお菓子の箱がある。
「まあ、いつも気にしてもらってるし」
態度を少し斜めにして、マルコはなんでもない風に言う。
「フェリエちゃんなあ、あの子もいいおっぱいしてるよなぁ」
「おかみさんに言いつけちゃうぜ」
「すいません」
かっぽかっぽ。
町の入口が、遠くに見えてきた。
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