save18 悪党たち


   ■2■



 夜の帳が、朝日と共に上がっていく。


 白い岩肌が輝く、険しくも雄大な岩山を、見上げる先に天然の貯水湖ダム。上空から見下ろせば、山を削って造られた巨大な湖があるように見える。


 エンシェントダンジョン、〈天地の双湖ふたご〉。


 “Rogueローグ” ダンジョンの出現以前。世界にあった、天然の迷宮の一つ。

 隠された財宝も、それを貯めこむモンスターも、昔日のもの。いまは役割を変えて、王都ルミランスに水を転送するための水源になっている。

 組み込まれた魔導の大仕掛け、その歴史も長く、およそ千年にもなろう。

 それらをふくめた悠久の時間を、大湖は広い水面の奥に忍ばせている。

 

 ふもとには、町がある。 


 故あって、いまは戦国の領地となっている。だが元はルミランスの国土であり、文化もル国のものが根付いている。

 岩肌一色の下に、木々の緑と、ルミランス様式の家々が並ぶ彩りは、対比が美しく、実に絵になる。

 ここは湖を守る町であり、また、有名な観光地でもある。


 マルコットの町。


 人口はおよそ一万人。

 東西に伸びる広い道が、中央を横切っている。そして町の中心で、南北に伸びる大きな道と交わって、十字路を作る。

 縦の道を、竜大路――別名、竜の通り道――という。それを北に向かっていくと、山の裾に、大きく口を開けたダンジョンの入口が待っている。


 入っていく。

 

 洞窟内。天井は高い。かつての主だった〈竜〉のために。

 今は観光のための場所となり、その高さは、入ってきた人に真上を仰がせるために機能している。

 通路も広く、そのすみの壁に、ごく小さく見える四角い扉。

 観光業に携わる従業員たちのために、あとからつくられた部屋の入り口。中には複数の間取りがあり、平時は素朴な使用感を漂わせている。

 その扉を、一人の男が、開けた。



 奥の部屋で、三人が向かい合っている。


 一人は、上半身を包帯で覆った男性。片目に眼帯、腰には刀。高くはない身長のためか、やや雰囲気に若さが見える。

 二人目は、長い外套を着た男性。各部が補強された分厚いコートの背中には、長銃を下げている。その眼差しは、憂いを沈めたように青い。

 そして三人目は、椅子に腰を掛けている。

 豪奢な黒いローブを纏い、フードを目深に被った男性。フードからは赤い輝きが二つと、黒と黄金の螺旋を描く二本の角が覗く。両の手は、ローブの隠しポケットに仕舞い込んでいる。

 加えてもう一つ、部屋の隅に、邪魔にならないように控えている女性の姿がある。


「失敗した。全員、俺が斬った。 ……すまん」


 包帯の男は、頭を下げた。ジャポネア式の謝罪の作法。付き合いは長いが、目にした記憶は殆ど無い。そんな彼のしおらしさに対して、ローブの男はおおらかに声をかけた。

「いや、いいさ。……それよりも、丸一日の〈山〉歩き、ご苦労さま」

「……どうにもトボけた帰り道だったぜ。情けないったらありゃしねえ」

 憮然ぶぜんと呟く包帯男の目には、乾いた苦味が浮かんでいた。



     ■



 時間をさかのぼる。



 採鉱村、セイロム。

 夜。

 村長宅。


 ――気乗りはしなかった。

 それでも村のガードは片付けて、トップも始末した。

 あとは好きにやれと命じて、家に腰を落ち着ける。

 いい酒を見つけたので、席について飲みながら。

 部屋は広い。おそらく村の会合などにも使うのだろう。

 気づいて、被ったままだったフードを脱ぐ。椅子の背もたれに寄りかかり、骨を伸ばす。

 村で暴れる連中の様子は、耳で探っていた。本来の目的以上にはしゃぐ奴は出ていない。面倒がなくていいことだ。

 思いながら、一口含む。

 酒瓶をいくらほどか空けたころ、外の騒ぎが収まった。

 村人の半分以上は逃げたようだが、騒いでいた連中は意気揚々と戻ってきた。

 ぞろぞろと、部屋に入ってくる。

 そして、ぐるりを取り囲む。

 ――とん、と、グラスを置いた。


「で?」

 あえて大きく足を組んで、周囲に問いかける。

 連中は、ぐふぐふと笑っている。

『気に食わねぇんだよ。手前ェみてえな包帯やろうがなあ』

 ひどい濁声で、連中の一人が言う。対して、ことさらに余裕ぶった態度で返す。

「凄むのが苦手でなあ。ついでに説得も苦手だ。あとは斬るしかねぇんだが」

 言いつつ、達人なら察することのできる――そして顔面を蒼白にするだろう――殺気をこぼす。

 連中にも、うっすらとだが伝わるはずだった。だが、その態度は変わらない。むしろやれるものならやってみろという好戦の度合いを強める。


 この時点でふと、違和感に気づく。

 妙に連中が一体化している。烏合の衆だったものが、野犬の群れ程度には統率されている。俺たちは強いという浮ついた気分が、かなりの密度で連中を結びつけている。

『だいたいさァ、お前、俺らのことめてたよな?』

 甲高く濁った声を発しながら、一体が進み出る。


 ぴくり、と眉間が動く。


 一番調子の良かった、ひょろ長の一体だった。

『このまま戻ったらさあ。俺ら、あの糞ドラゴンのエサなんだろ?

 そうだろう? そのつもりだったんだろ?

 そんなもん、』

 嘲笑する。

イヤに決まってんじゃねーか』

 全員が、その意見に同調する。


 ………………。


 沈黙した。

 気分のレベルが、一気に最低まで落ち込んだ。激しい自己嫌悪に陥った。

 ひどく暗い顔をする。

 そのさまを見た連中は、身体を揺らしてげらげら笑った。


『俺らは自由だ!! 誰にも縛られねえ!! 暴れまくるぜ! このままなあ!

 魂も食って強くなったしなぁーーーっ!!

 まずはお前をぶっ殺してなぁーー!!』


 ヂンッ


 抜刀の音か、斬った音か、納刀の音だったのか、自分でもわからなかったが。

 続く音は、長い溜息だと、はっきりわかった。


 やっちまった感が、肺腑から吐き出されてゆく。


 ぼっ、と魂が抜けて、戻っていく。部屋を埋めていた連中の姿は、無数の渦を巻いて、全て消えた。


 頭を掻き、

 最後に一口だけを煽って、腰を上げた。



     ■



 ローブの男は、二本の角を揺らしながら朗らかに笑っている。


「……まったく一つの言い訳もねえ。ガキの使いをしちまった」

 

 もともと、ゴネる奴らが出てくるだろう、とは考えていた。

 それら数体を斬り飛ばせば、場は収まるだろうとも。

 けれど、それなりに切れるやつが一人、行く末を報せた上で、全員を巻き込んでいた。

 自分はそれを見抜けなかった。

 気分が乗らないからと思考を止めて、意識を割かず、ぬるい仕事をしていた。

 晒した醜は、ひどく無様だった。


 振り返れば、呆れるほどに自分の美意識とはかけ離れた行動に瞳も乾く。


 だが二本角の男は、いや、と言う。

「もとはといえば、俺の確認不足だからね。

 〈彼〉から〈一生のお願い〉をされたときに、もっとちゃんと聞いておけばよかった」

 それでも、最初に協力を頼まれて、二つ返事で引き受けたのは包帯の男自身なのだ。

 晴れることはない男の目を見て、角の男は気にしなくていい、と重ねて言う。


「だが、ドラゴンサマが、実際ごねているんだろう」

「そうだね。だからそこは……、LOWロウ

「ああ」

 コートの男が答えた。

「……すまねえな、旦那」

「気にするな」

「頼む」

 上手くやるさ。知性とカリスマの宿る瞳をむけ、角の男に頷いてみせた。


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