save13 ロイド、胸を張る



 広場の状況は入り組んでいる。メガネの登場によって、一瞬で大忙しになっている。

 ダンジョン空間から出てきた四人の男女が、レイダーの残党と戦っている。


 劣勢、ではある。しかしツノ付きは気を取り直したように、対峙する男性をあざけった。

「はっ、そんな剣でよお、俺様の鉄の肌が貫けるものかよ!」


 ツノ付きの、職業は戦士。

 戦気を用いた自身の肉体の強化で戦う。言葉通り、硬くなる。

 がっはっは、笑っていると、

 カンッ

 ツノ付きの、むき出しにした上半身に、小石が当たった。

「ばーか」

 ぶちぃっとキレた目を石を投げたメガネに向ける。けれどそこに突き出される剣。

「おっと、よそ見はよくないだろう」

 っ、と、そちらに向き直る、が、

 カンッ、カンッ

「すごい! すごくいい音がする! さすが鉄の肌をもつ人だ!」

 ぶくっ、と額に青筋。

 目の前では、無精髭が薄ら笑いながら、ひらひらとした剣を振るっている。

 反対側では、メガネの小石がエスカレートしていく。肌に当たる回数が増えていく。間隔もどんどん狭まる。

 カンカンカンカンカンぺちっ、


 ざぐんっ

 瞬間、フェイントからの斬りつけで、無精髭の男がツノ付きの脚を深く切り裂いた。

 白いライフが、斬られた脚から迸る。

「白ダメージなのが厳しいな。ペナルティーが無いもんな」

 へらへら笑いながら、

「てめえらのライフの色は何色だーってな。あんたらそんなんでも人間だっつーのがずりぃよなあ。赤ダメージの一つくらいサービスしてくれよ」


 無精髭はツノ付きが持っている大剣に視線を送る。

「ああ悪い。それがあんたらの商売だったよな。〈邪凶器イビルアーム〉、欲しいなら金を払うのが筋だよな。異論はねえ。各種取り揃えているんだろう? せっかくだから売ってくれよ」

 コインを投げる。

「ほれ、100G」

 カンッ、とツノ付きの身体に当たって、

「おほっ、いい音」

 ぶちぶちぃっ、全身の筋肉を軋ませて、ツノ付きの身体が真っ赤に染まった。

「おっとぉ、」


 炸裂音。男が頭上に構えた防御の剣を砕き割って、ツノ付きの大剣が、肩口から鳩尾みぞおちの辺りまで打ち込まれた。


 ざぐんと深く、赤く発光する傷口から、大量の赤ライフが迸る。動作には重大なペナルティーが生じ、スリップダメージ〈出血〉状態。

 口からも、赤いライフを吐く。

 ツノ付きは剣を引き抜き、

 ずどんっ、と振るった。


 首が飛ぶ、この喩えを現実のものにしそうなほどの勢いで、振られた大剣が赤く太いラインを残し、頸部を切り抜いた。

 真一文字の赤い傷跡から、ばっ、と赤いライフが散った。

 最初の一撃ですでに致命傷。さらに即死クリティカルを重ねられて、男は死亡した。

 首と肩口の赤い傷跡がふっと色を消して、どさりと倒れる。


「はっはーー!! 赤い砂時計だぁーっ!」


 男の身体の上に浮かんだ赤いアイコンを見下ろして、ツノ付きは勝ち誇る。

 ぺちっ、

 ぎろっ。

「ばーか」

 石をぶつけた主に向き合い、大剣を大きく上段に構え、

 ずどどんっ、と、背後から二本の剣で胴体――心臓を貫かれる。

「バァカ」

 大量の白ライフが迸る。

 致命的な攻撃にすべてのライフを失い、ツノ付きは気絶した。


「二枚出しできるほど器用でもないんだろ」

 大ぶりの剣でツノ付きの心臓を貫いた戦士の青年が言い捨て、隣に立つ剣士の少年を見る。少年は、ふう、と息をつき、村の様子を見る。

 レイダーは全員退治されて、残党もいない様子。弓使いの女性と、魔法使いの少年が手を振っている。

 戦士の青年はロイドに向かって、にっ、と笑いながら親指を立てた。



   ◇ ◇ ◇



 レンジャーの女性が、応急として、邪教徒たちの頭部に矢を打ち込んでいる。白い砂時計のアイコンが、暗いあおに変わっていく。

 やじりだけを頭の中に残せば、それが自然に排出されるまでの間は、気付け薬も効かない昏睡コーマ状態になる。


「――つーか、この人でも死ぬんだなぁ」リーダー格の青年が、倒れている男性を見下ろしながら言った。男性の身体の上には赤い砂時計のアイコンが浮かび、その周囲のメーターが、徐々に短くなっていく。

「は、はやく。早くしないと」

 片眼鏡をかけた魔法使いの少年が、慌てたように言う。

「まだ二分はあるだろ」

 青年は、男性の側にしゃがみ込む。

「なんつーか、殺しても死なないひとだと思ってたぜ」青年は倒れている男性の薬ポーチから蘇生薬を取り出し、彼の身体に振りかけた。


「殺されりゃ普通に死ぬわ。馬鹿たれ」


 むっくりと、男性は半身を起こした。

 はー…………。と、長い溜息をつき、

「……久しぶりに赤い世界を見たぜ」沈んだ様子で言う。「――最後のあれ、しくじらずに上手くやれたな」

「あんたたちのおかげでな」青年は視線をロイドと男性、それぞれに向けながら。

「今から三時間、気をつけろよ」

「金庫にでも閉じこもっておくかね」

 男性は立ち上がり、頭を掻く。周囲の人間に視線を合わせぬよう、努めて。そんな風に、バツが悪そうにしている。


「……しっかし、この歳になって、剣士は拾った武器で戦うもんじゃないってことを思い知ったぜ」

 地面に落ちていた他のレイダーの剣を拾って、剣気を込めると、粗悪な剣は砕け散った。

「なんにもできねえよなあ……」

 残った柄を投げ捨て、自分の剣を回収する。

「そりゃあ仕込みの一本も用意してないあんたが悪いんだろう」

「正論過ぎてつまらんな。百点」

「反論はしないんですね…。」と少年。

 ぷるぷると身を震わせた事務職らしき女性が、涙目で男性に近づいてきた。

「だから言ったじゃないですかー! 法的に問題はないけど有事の際が問題ですって!」

「いやー、スマンね。もうメンゴとしか言えねえ」

「言い方っ?!」

 目をむく女性に、男性は、

「……つーかマジで悪かった。 ……ごめんな」

「もう…、」


 彼女に謝罪した男性は、大きく息を吸い、ようやく、といった様子でロイドに向き直り、


「さて、メガネの大将さんよ」

「はい」

「ありがとう。おかげで助かった」

 深々と、頭を下げた。


「いえいえ」

「……と、美人の嬢ちゃん。あんたの連れかい」

 ロイドはやってきたエリスに視線を送る。

「ぼくの大切な人です」

 ひゅう、

 青年が口笛を吹いた。

「彼女にいいところを見せるために、がんばりました」

 ははははは、

 青年たちが笑う。エリスは、頬を少し染める。

 眼差しを僅かだけ緩めながら、男性がロイドに言う。


「礼のことを含めて、少し話したい。場所を移さないか」

 異論はなく、みなで移動する。

 こっそりと、ロイドは近づいてきたエリスに、声をかけられた。

(やるではないか。)

 それだけでもう、ロイドには十分以上の報いであるようだった。

 誇らしそうに、胸を張った。



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