save14 ロイド、大いに食べる



 冒険者ギルド館の中にある、閑散とした飲食スペースで、彼らは話をしている。


 お互いに、自己紹介は行なった。

 男性の名前は、ガルディス。ガルさんと呼んでくれ。彼は言った。

 戦士の青年、ザック。剣士の少年、レイ。紅一点のレンジャー、モニカ。魔法使いの少年、ポール。


「……ということは、あまり詳しくはわからないということか」

 エリスが、ガルディスに言った。

「ああ」

 エリスが問うていたのは、捕まえた邪教徒たちのこと。

 この村の連中をさらえと、上から命令されたと言っていたが、さらってなにをするのかどうなるのか、その理由はわからない。

 あとはお上に任せるさ。言いつつ、ガルディスは呟く。

「……人狩りとの繋がり、やっぱ噂じゃあねえのかもな」


 邪教団。

 そう呼ばれる団体に所属する、邪教徒なる者たちについて、詳しいことはあまり知られていない。

 仮面、あるいは覆面をしているという特徴。並びに、イビルアームを売りさばく、という非合法活動。

 誘い手、という存在にいざなわれた者が、赤い水の儀式、というものを経て、邪教徒になる。

 ロイドが読んだ世界事典にも、載っていたのはそれくらい。文章中にあるハイパーリンクを辿っても、アンノウンで終わる情報がほとんどだった。


「――ところでロイド」

 ガルディスが話しかけた。

「お前さん、あの場で俺たちが欲しいものを、タイミングも完璧に全部用意してくれたもんだが。いったいどうやったんだ?」

「主に観察です」

 ロイドは答えた。

 それと推理が少し。


「戦える人はあなたしかいない様子。にも関わらず剣を手放した。

 確実に犠牲が出るほうよりも、犠牲が出ないかもしれないほうを選んだと判断しました。

 つまり頼みにできるパーティーが、少なくとも一つ、連絡の取れる範囲に必ずいると」


 場所については、邪教徒たちがダンジョンを張っていたので、そこだろうと。


「連絡方法はその腕輪。骨伝導式の、魔導無線機。ダンジョン空間の中とも通話できる、最新のものですよね」

「……おお。好きか?」

「先日、色々なカタログを見る機会がありまして。

 ――ぼくが確認できた会話の機会は二回。

 二度目の時、ガルさんの雰囲気がはっきりと変わったので、準備ができたのだなと確信しました」

 ガルディスは、多少引きつった笑みを浮かべる。

「あとは場に出て注意を引いて、レイダーをまとめて引きつけて、さらにダンジョンの反対方向に意識を向けさせて……、といったところです」


 はっはっはっはっは……。

 ガルディスは、しばらく、笑って。

「……ポーカーフェイスのニクい奴で通ってるんだがなあ。――わかるものか?」

「好きなんです。人を見るの」

 ロイドはにっこりした。


 けど、簡単に言うもんだな。

 運は良かったと思います。

 わいわいと、ロイドはザックたちに囲まれる。


「……ところで、綺麗な嬢ちゃん」

「エリスと呼んでくれ、ガルさん殿」

「いや、どっちかでいいぜ? ……まあ、ならエリス。あんたら、この村に来た目的はなんなんだ?」

「うむ」


 フロランシエ市への便があると知ったので、乗っていこうと思ったのだ。エリスは答える。


「しかし、できたばかりのダンジョン村で、この様子は……」

 先程あの場にいた十数人が、ここにいる全て。村というには少なすぎる。

「あー……」

 エリスの差し出した地図を見て、ガルさんは頭をかく。

「……ちっと古いな。まあ、さておきその様子じゃ知らんようだが。

 フロランシエな。あそこ、二年前に、超大型のローグライクダンジョンができたんだよ。今はダンジョンシティだ」

「なんと…。」

 よりにもよって市のど真ん中に、地面から生えてきたらしい。

「そこのGPDがうちのGPEを上回ってるとなりゃあ、そりゃ人も来んわな」


 結果、一年前に廃村が決まって、猶予は残り二ヶ月。

 すでに彼ら以外の全員が、元いた市や町、あるいは他の行き場を見つけて、住まいを移している。

「俺らはまあ、グレーゾーンだ。

 ダンジョン貸し切りで、金子きんすと経験値稼ぎに励んでいるわけさ」

「――ってのもな」

 ロイドと話していたザックが、エリスに声をかけた。


「なんか、口惜しいじゃねえか。

 俺たちの手で発展させてやるって、名前も俺たちで決めた村が……アトリネフ村が、あっという間になくなっちまう、ってのがよ」

 ザックは、どん、と自分の胸に拳を当てた。

「だから俺たちが名前を継ぐんだ。

 エリスだったな。ザック・アトリネフ、この名前、覚えておけよ」

 いつかきっと、おまえの耳にも入ってくる、大冒険者の名前だからよ。

「うむ。風がその名を伝える日を、楽しみにしていよう」

 へっ、とザックは笑う。

「ロイドもな」

「うん」

 ロイドも、頷きを返す。


「……まァ、そんなわけでな。市への直通便はなくなっちまってるわけだが、契約で来てもらってる馬車がある。あと二時間もあれば着くはずだ。直通とはいかんが、フロランシエにはそいつで向かってくれ。代金は当然こっちが持つ」

 というだけではあれだから……、


「ロイドよ。ちょいと真面目に、礼の話なんだが」

「いえ、結構です」

 ロイドは即座に首を振る。

「でもな、」

「彼女にいいところを見せるためにやったことですから。だから結構です」

 …………。

 ガルディスは、しばし沈黙。ザックたちは、にやりと笑う。

 くっくっく。やがてガルディスは、笑い声をこぼした。

 エリスも、和らいだ瞳でロイドを見つめている。

「ならよ、お前、メシくらいは奢らせろよ?」

「はい。よろこんで」

「っしゃ、おれの奢りだ、好きなだけ食え!!」

 ガルさんは声を張り上げた。

「おいモニカ!」はいはい、苦笑しながら、それでも楽しそうに台所へ。

「ザック、お前らも手伝え。チップなら払ってやらぁ!」

「渋るんじゃねえぞ?」

「エプロン取ってくるよ!」

「……皮むきは請け負った」


 はっはっは。


 にぎやかな食堂に響くガルさんの朗らかな笑い声が、だんだん乾いていくのはもう間もなくのことだった。



 場は大いに賑わい、予定より少し遅れてきた馬車に乗って、全員に見送られて出発。

 しょんぼりしているガルさんの隣で、チップをしっかり受け取ったザックたちは明るく手を振る。彼の人徳を表している。

「……そなた……。食べ過ぎだ」

 エリスのつぶやきをひづめに乗せて、馬車は大都市フロランシエへ向かい進んでいった。


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