save12 邪教徒の襲撃



    ■2■



 翌日。


 ロイドとエリスは、森の中の公道を歩いていた。

 森は平原と比べて、圧倒的に危険である。立ち入って良いレベルは、最低20。あくまで一戦くらいはできぬでもない。という意味であるが。

 推奨されるレベルは30以上。それとて、いざという時には逃げて帰ってこれるだろうという基準。クラスで言えば、C未満は絶対に立ち入るべきではない。


「……であるので、道を外れないようにな」

「うん」


 二人が向かっているのは、この先にあるダンジョン村。

 エリスが朝、テントを畳んで出発する時に、地図を見ながら決めたことだ。

 できたばかりのダンジョン村がある。そこから都市までの直通便があるので、乗っていこうと。

 やがて、村の入口が見えてきた。



 入り口に近づいていったエリスの足が、次第にゆっくりになった。ロイドもその歩みに合わせる。

 やがて立ち止まったエリスが振り向き、指を一本立て、静かにと告げた。

「妙だ」

 そろりそろり、二人、様子を窺いながら進む。


 村は、丸太の壁に囲まれている。その合間に開けられた入り口を抜けると、広場が見える。

 中心には、村人たちだろう、十数人が集められていた。

 彼らの前には、角の付いた仮面を被った大男が、気を荒くして立っている。人々を挟んで、覆面の男がもう一人。

 遠巻きにして、レイダーと呼ばれる人型のモンスターが、三十体ほど。荒れた服装、モヒカン男の姿たちが、甲高い奇声を上げている。

 広場の奥には、ダンジョンの入口があった。一人の覆面男と、レイダー数体が、入り口を見張っている。


 ツノ仮面が、恫喝した。


「いいからその腰にぶら下げたご立派なもんをこっちに寄こせっつってんだよ!」

 これのことか? 彼の前に立つ男が、自分の股間を掴む。

「ほめてもらって恐縮だが、こいつは取り外しとかできない仕様なんでな」

「ふッざけてんのか!」

「おいおい、これくらいは笑っておくもんだぜ」

 耳の後ろを左の指で掻きながら言う。ツノ仮面に怒気がみなぎる。

 男は肩をすくめ、腰に下げていた剣を外すと、ツノ付きのほうに放り投げた。

 忌々しそうに掴み取ったツノ付きは、それを自分の腰に差す。


「――しっかしまあ、邪教徒さんが人狩りの真似事とか。聞いたことない話だな。

 それとも実は、しこしこ励んでいたのかね」

 ツノ付きは手にしていた大剣を振り上げる。

「まあまてまて、ちょっとはしゃぎすぎた。ごめんなさい」

 それをかわすようにのらくらと言葉を紡ぐ。

 男性の、装いは普通。左手につけた腕輪くらいが洒落っ気か。無精髭を生やし、全体的にダラっとしている。


 その様子を離れた場所から窺っていたエリス。

 振り返って言った。

「助けるぞ」

「うん」

 少し思慮を見せるロイドに対して、

「心配するな。わらわは強い」

 言い切ってみせる。

 うん。

 そう答えつつ、ロイドは尋ねた。

「ねえ、姫。

 昨日の夜のこと、覚えている?」

「ん? あ、うん……」

 耳元で、名前を呼ばれた、

「君の隣に立つために、

 きみに認めてもらいたいって」

「ああ無論覚えているともそういう会話をしたなそういえば」

 早口で言った。


 ロイドは静かに笑って、言った


「証明したいんだ。

 ぼくが、男の子だということを」

 強い声、だった。

「……そなたが、やるというのか」

 ロイドは頷く。

「……しかし、そなたのレベルは、まだ1だ」

「大丈夫、ぼくは学者だからね。頭を使うよ」

 ――それをきみに、見届けて欲しい。


 エリスは真剣な眼差しを受けた。そして目を閉じ、息を吸い、考慮の上、答えた。


「……うむ。ならば、見せてくれ」

 そう言ってもらえた瞬間、ロイドの表情に、明らかな喜色が浮かんだ。

 とくんっ、と、どこかで音が鳴った。

 心なしか、彼の身体に、力がみなぎったように見えた。

「しかし、連中どうやら〈邪教団〉の者らしい。その〈邪教徒〉たちが、どのような凶器を手にしているかは、知っているか」

「うん」

 そこに、無知の色はなかった。

「……では、気をつけよ」


 武運を。


 エリスは身を下げる。無論、危なくなれば自分が出るつもりではいる。ただそれでも、少なくとも、ロイドが〈死亡〉するまでは、手は出さないつもりだった。

 ロイドはリュックから何かアイテムを取り出しつつ、視線を切らさず、広場の様子を見続ける。そこにある光景の全部を、全員を、目に入れているようだった。

 佩いていた剣を地面に下ろし、リュックも下ろし、取り出したヒノキ製の棒のみを腰に下げる。

 広場では、男性がツノ仮面に話しかけている。


「やっぱり顔を隠すのが良くないんだろうよ。人間関係なんてな、笑顔が大事なもんだろうぜ? ほれほれこんなん」

 左右の指で、頬を吊り上げる。

「へへへへ」

 ロイドは頷いて、先程取り出していたアイテムを、村の入口付近にセットした。

 次はなんだろう、とエリスが思っていたところ、ロイドはすごく普通に広場に向かって歩いて行った。


「あのー、すいませーん」


 全員が、びくっと身を震わせた。

 あまりにも無警戒な調子で歩いてきたその少年に、危機感を感じなさすぎて、逆にビビった。そんな風。

 あるいはそれは近寄ってきた仔犬が、人の言葉で話しかけてきたような。そのような驚きにも似るだろうか。


「ぼく、ロイドっていいます。あの、さっき、ここに来る途中でへんな人を見かけて。その人もこっちに向かってきているんです。なんていうか、なんて言ったらいいのかわかんないんですけど、すごく…………変なんです。変な人だったんです」


 たぶん、逃げたほうがいいですよ。

 力説、しているらしい。と、全員が感じる程度には、力の入った、しかし気のない言葉、だった、が……。

「いや、変な奴は手前てめえだろう」

「そうですか?」

 至極真っ当なツッコミは、ツノ付きから入った。

「へんですか?」

 ヒャハッ?

 隣りにいたレイダーが、反応する。

「とりあえずくらえー!」

 ぼごんと。

 ひのきの棒の一撃が、レイダーを捉えた。

 ひゃはっ?! ヒャーーッハー!!

 その一打による反応はレイダー全員に伝播し、全てのモヒカン頭たちが、少年めがけて殺到した。

「ッ! 野郎ッ!」

 小僧を叩き斬るために手にした〈凶器〉を振り上げたツノ仮面、

 ボゴォンッ!! 村の入口で炎と爆音が炸裂した。


「ッ?!」

 

 ツノ付きの思考は、一瞬、四つくらいに分かれた。

 加えて感覚は、そちら側の情報を拾うために向けられて、


 ザクン、とダンジョンの見張りが剣で斬られ。

 スカンッ、ともう一人の覆面が、頭部を矢で射抜かれ。


「――ファイアーボール!」


 メガネを追いかけていたレイダーたちが、まとめて吹き飛ぶ。

 まばらに残る数体に、白刃をきらめかせた男たちが二人、切り込んでいく。


 無精髭の男は、ぞろりと顎髭を手で撫でると、レイダーの落とした剣を取って、ツノ仮面と対峙した。

「絶妙のタイミングで全部くれやがったな、おい、メガネ坊主」


 ちっくしょおお。

 ツノ付きは吠えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る