save11 あなたと二人でたべたかった



 薄暗さ。


 二人は祝福された道、モナークロードの側にいた。

 今日はこの場所でテントを張り、一泊することになったからだ。


 エリスがなにやらうきうきした様子で、支度をしている。

 五時間もたてば、機嫌はすっかりなおっていた。


「旅の一夜を、こうして外で過ごす。一度やってみたかったのだ」


 普段は、日が暮れかけたころにでも、走ってゆけばどこかの人里にはたどり着く。

 念のためと、モンスター感知の魔導具などを設置するその様子は、しかし手慣れたものだった。


「技能習得のため、作業自体は、身につくまで何度もやったのだ。これに限らず、一通りのことは、自分でできるように教わった。わらわの自慢だ」

 その通り、エリスはテキパキと作業を進め、あっという間に一つのテントを張り終えた。

 ぱんぱん、手を払う。


「完成だ」

「上手だね」

 エリスは嬉しそうに笑った。

「うむ。手抜かりなし。寝袋もちゃんと二つあるんだぞ」

 ふふん。と。赤と青の寝具を取り出してみせる。

 ロイドは自分のテントをリュックから取り出そうとしていた手を止めて、

「うん」

 と頷いた。



 日が落ちて、夜。

 焚き火を囲んで、二人は会話をしている。


「――先ほど、なんでも一通り、とは言ったが、」

 わらわ、料理だけは、あんまりなのだ。

「そなたは得意か」

「料理をするのは大好きだよ」

「そうか。……だが、今日のところは買ったもので済ますとしよう」


 エリスは二人分のサンドイッチを取り出して、一つをロイドに手渡した。

 レガリア大陸において、サンドイッチとはバゲットサンドイッチのことを指す。むしろそれ以外のものは存在しない。〈サンドイッチ〉とは、レガリアっ子のソウルフードなのである。

 一般家庭においては、主に朝食用。昼にもよく食べる。冒険者たちにとっては、休憩や、移動の合間の間食用。

 どちらも日の出ている間に食べるものであり、夜に食べることはあまりない。


「……のだが、その……」

「食べてみたかったんだね。外で、サンドイッチ」


 うむ。

 エリスはうなずく。


 夜の草原は静かに広い。星空のまたたきの下、ぱちぱちと焚き火がはぜる。見渡せば透明な暗闇がかなたまで続き、けれど二人の間には、暖かく灯るだいだいの明かり。


「では、いただこうか」

 エリスは片手を胸に添え、短く祈る。

「天よ。糧に感謝を」

 ロイドはサンドイッチの包みを膝に置き、両手を合わせた。

「いただきます」

 それを見て、エリスが言う。

「その作法はジャポネアのものと記憶しているが。……なにか、そなたと関係があるのやもしれないな」

「そうなのかな」ロイドは包みを取り上げ、封を開けた。


 マケットサックから取り出したばかりのサンドイッチは、鮮度の保たれたたっぷりの野菜と、瑞々しいハムが挟まった定番のもの。

 硬めのパンにかぶりつけば、程よい塩気と、シャキシャキした食感の中に浮かぶハムの旨味が、口内にあふれる。


 一口目を、じっくりと味わい、目を細めて飲み込んでから、ふと、エリスが口を開いた。

「――と、そういえば、そなたはよくよく食べるのだったな」

 列車の件を思い出したようだった。

「足りるか?」

「いまは、お腹いっぱいかな」

 ロイドはエリスを見つめて、微笑む。

「きみと一緒に食べているから」

 エリスはえくぼを浮かべて視線を下げた。彼女の顔は、橙の明かりに照らされている。


 二人は静かに、食事を続けた。

 ――緋色の熱を顔に受けて、涼やかな夜気のなかで味わうサンドイッチの水気のある食感は、この焚火たきびの夜に映えるものではないかもしれない。


 でも、これはきっと、思い出に残る味だった。



 食事を終え、二人で歯磨きをする。

 着替えをするために、エリスが先にテントに入った。

「のぞくなよ」

「うん」

 エリスが分厚い旅装を脱いでいる間に、ロイドも革の鎧を外す。

 服もゆったりしたものに着替えて、その際、体を軽く拭く。

 エリスが呼ぶ声。

 ロイドはテントに入った。



 二人並んで横になり、上を見上げている。

 敷いた寝袋の上で、エリスはとても満足そうだった。


「……楽しいな」

「……うん」


 はー…。と、心地よいたっぷりの吐息をはいて、エリスは言った。

「今日は一日……なんというか、これまでにないくらい、充実した日だった。

 そなたは、お調子者で、機転が利いて、おばかで、えっちで……」

 目を細める。

 それから、キラー・グリズリーのとき、引かれた手の感触を思いだす。

「わらわの手を引き、守ってくれようとした。あれは……、とてもうれしかったぞ」

 ふふ、と、笑みをこぼす。

 エリスにとっての、それは偽りのない、本当の気持ちだった。

 と、


「エリス」


「ふぁっ?!」

 耳に近い場所で、突然名前を呼ばれて、へんな声が出る。

 声は再び、そばに響く。

「――エリス」

「なっ、なんっ。ななななななんっ、」


「――ねえ、エリス。

 ぼくは君を守りたいよ。

 きみのことが、大好きだから」


 エリスは真っ赤。上だけを見つめている。


「君はとても強いよね。

 でも、だからといって、後ろにいるのはいやなんだ。

 ぼくは、男の子だからね。

 ……いまは、君に認めてもらいたい。

 きみの隣に、立てるように」


「そ、そうか、。そうか、。」胸をばくばくさせながら、上を見たまま、言葉を探す。

「で……。では、では……………………えっと、では…………、

 そう!

 あれだ、あの…………、」


 そして思いつく。

 いや思い出す。そもそもの、目的を。

 そうしたら、思いはゆっくり、自然と声に出た。


「ライラ姫を、助け出そう。

 魔王から。

 二人で。


 …………ふたりで。


 ……わらわと、そなたで、だ……」


 一瞬、ちらっとだけロイドに目線をやる。

「うん」

 ロイドが嬉しそうに頷くのが見えた。

「――そ……それと。それとだ。わらわのことは、名前で呼ぶな」

 打って変わった早口でささやく。

「どうして?」

 わかった上で聞いている声だった。

 エリスはさらに真っ赤になって、

「は、は、は、はずかしいからだ!」

 ふふふ、とロイドの笑い声。とても、とても、しあわせそうな響きがあった。

「わかったよ。

 おやすみ……。エリス」

 ううううう。

「おやすみ! 勇者!」

 がばっと。エリスは寝袋の中にもぐりこんだ。


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