save10 ロイド 覗く!



 木立とやぶに挟まれた、冒険道。


「あとはやっぱりかわいいものが好きだ。もこもこで、ふわふわなのがとくによいな!」

 輝く笑顔で、エリスは言う。

「うん」

 記憶の確認をするくらいの調子で、ロイドは相づちを打った。


「それじゃあ、苦手なものは」

 うーむ、とエリスは腕を組み、

「鉄の車や、船や飛行機……。それからおばけ。 ――あとは、」

「あとは?」

「か……。カエル…。」

 指先をつんつんしながら小さく言った。

(かわいい)

 ロイドは確信した。

「――でも、蛙、可愛いのに」

 ぷるぷるぷる。エリスは首を振る。

「……それから、ぬめぬめしたものだ」

「なめくじとか?」

 ぷるぷるぷるぷる。

「ぬめぬめはダメだ。わらわ、きのこは好きだがなめこだけはどうしても無理なのだ」

「なめこおいしいのに」ロイドは少し憤然としたように言った。


 がさり。

 茂みを揺らして、子供の背丈ほどの大きさのなにかが飛び出してきた。


 ぬめぬめまんじゅうガエルが あらわれた!


 ぷるぷるぷる、エリスは涙目でふり向いてきた。

(かわいい)

 ロイドは素直な感想を抱いた。


 現れたぬめぬめの大ガエル。頭頂までの高さは一メートルを優に超え、体の厚みも相応しいだけ備えている。

 人間くらいは容易に呑み込む、と思っていたら伸びた舌がエリスに巻きつきぱっくりこと、口の中へ。

「のわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 粘液にまみれてデロデロになったエリスが口の中から顔と上半身だけを出して悲鳴をあげる。けれどそれ以上は力が入らずにっちもさっちもいかない様子。


「ゆっ、ゆっ、ゆうしゃーーーーっ! ゆうしゃーーーーッ!!」

 どくんっ、と、ロイドの胸が震えた。

 はっ、これはっ。

「ちょっとまって! いま永久記憶に保存しているから!」

「なにをだーーーーーーーーーーーーーー!!??」


(よし……!)


 ロイドは下ろしたリュックを探り、

 パシャッ

「撮るなーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「せっかくだから!!」

「せっかくだから?!!」

 こんなこともあろうかと、買っておいたカメラがさっそく役に立った。

 更に数枚ほど撮影したあと、ロイドは取り出した聖水をぬめぬめガエルにふりかける。顔にかけられてびっくりした大蛙は、エリスを吐き出し、逃げていった。


 はあ、はあ、はあ、

 荒い息をつき、どろどろになったエリスがへたり込んでいる。

「大丈夫? 姫」

 エリスは震えながら立ち上がる。

「れ……れいは言う……礼は言う……が……………………」

 とりあえず、そのカメラはわらわに寄越せ。

 ロイドはしょんぼりした顔で差し出した。

「――でも、姫。ひとつだけ言わせてほしい」

「うむ、?」

 カメラを渡しながら、ロイドは真剣な顔で、言った。


「――きみの弱みにつけこむのは、卑怯だと思ったんだ」


「…………」

 エリス、反芻はんすう


 カエルに食べられ、

 助けを求めたにもかかわらず、

 永久記憶に保存され、

 写真に撮られた。


「つけこんどるわー!」

 ぬめぬめパンチが炸裂した。



 うううう……。べとべとの身体を持て余し、半泣きのエリスがうめいている。

 ロイドは地図を調べた。

「近くに水場があるみたいだよ」

「ゆくぞ!」

 一も二もなくエリスは叫んだ。



 やってきたのは、綺麗な泉。

 エリスはここで、水浴びをするという。

 先んじて、ロイドに釘を刺した。


「うむ……というわけだ、のぞくなよ?」

「だいじょうぶ」


 ロイドは確定的な顔つきで頷いた。


「背中を向けて正座をしているから。きっと大丈夫」

「……………………………………信じるぞ」

「うん。信じて」

 がさがさと、茂みの向こうにエリスは姿を隠し、べちょべちょと、服を脱ぐ音。そして、ちゃぽん、と水音。

(よし覗こう)

 ロイドは立ち上がった。選択肢など無かった。

 この向こうに一糸まとわぬエリスがいるのだ。

 見ねば。

 ロイドは拳を握りしめた。

 だがおそらく、難易度は高い。きわめて高い。ならば不可能か? いや、できる。


「絶対にできる!!!」


 ばしゃっ、と、水音。魚が跳ねた音だろう。計画に支障はまったくない。

 そう、あとは自分を信じて……。


「ぼくは……、のぞく!!!!」


 世界は静寂に包まれている。風の音だけが聞こえている。

 そう、必要なのはサイレンス。この静けさの中に溶け込むこと。エリスに絶対ばれないために。

 まずは計画のプランを立案しよう。

 ロイドは学者としての能力をフルに活用して、策を練った。ありとあらゆる自然現象を解明し、緻密ちみつな計算式のもとに利用する。それが学者のやりかただ。


(よし、上からのぞこう。)


 パーフェクトアンサー! 恐るべき完全性を備えた答えが導き出された。

 傍にあった木に登るために、適当な枝を掴む。

 がさがさっ、重みをかけられ、枝葉が鳴った。


(ふふっ、計算通り)


 ロイドは会心の笑みを浮かべる。

 たとえば木でできた階段を登るとき、どんなに注意してもかすかな音は鳴るものだ。木のきしむ音というのは意外と響く。さらに靴底が木の幹をこする音などもどうしても生じてしまう。

 だがしかし! 枝葉が鳴る音はそれらの音をかき消してくれるのだ!

 忍者も驚くカモフラージュで上へと登ったロイドを待っていたのは、十分に人の体重を支えられるだけの太さを持つ太い枝。万が一にも折れそうにない安心感。

 ロイドの計画遂行のためには必要不可欠な要素だが、これは適当に選んだ木にたまたまあっただけなのだろうか?


 否! ロイドには計算があったのだ!

 人が乗れる太い枝を持つ木は三本に一本くらいはあるかもしれない。

 そう、三分の一、すなわち確率!

 ロイドは確率を計算していたのだ!


 幸運を待つというのは空を見上げて口を開けて、飴玉が降ってくるのを待つようなもの。

 だがロイドはこの木を選んだ後で確率を! 確率を計算していたのだ!

 常に思考し、努力を続ける者のみが得られる必然。

 そう、つまり目についた適当な木を選んだ時点でこの結果は約束されていたということ。これは揺るぎのない事実!

 枝を渡る際にも、先ほどと同じ理屈で、がさがさと鳴る葉音がどうしても生じてしまうかすかな音をかき消してくれた。

 やがて到達。泉の上。

 ばれることなくここまでこれた。あとは勇気を出すだけだ。行動する勇気。すなわちブレイブ!


「ロイド、いきまーーーーーーーすっ!!」


 大声で自分を鼓舞し、

 3、

 2、

 1。

 がさっ、顔を出した。


 きらきらと輝く水面みなも。みずみずしい白桃のような胸をかくして、桃色の瞳が怒ったようなかおでこちらを見あげていた。うっすらと峰をつくるあばらに、金色の髪が、ぬれてくっついていて。


 ……綺麗だ。


 心から、そう思った。

 どぱーんっ。

 手のひらですくい上げられた水が砲弾となって、ロイドに直撃した。



 エリスは替えの服を着て、腕を組んで。ロイドの前に仁王立ちでいる。

 ロイドは正座。かしこまって、彼女を見上げている。


「なにか……。なにか言いたいことはあるか?」

「うん」

 ロイドは頷いた。

 まっすぐに、エリスを見つめる。表情は純粋。空を渡る風ほどに透き通った眼差しで、言葉を紡いだ。


「すごく……きれいだった」


 ふがっ、とエリスはうめき、

「ふん!」

 ずどん、とチョップ。正座が一センチくらいめり込んだ。

「……ほかに、言うべきことは」

 顔を赤くして、言う。

 ロイドはまっすぐな瞳で、続けた。


「どうしても……。きみの裸が、見たいと思ったんだ」


 うっ、ぐっ、

「ふんん!!」

 ずどーん、と、さらに五センチくらいめり込ませる。

 合計六センチほど地面にめり込みながら、どこまでも透明な眼差しで、ロイドは語り続けた。


「ほんとうに、綺麗だった。

 ぼくは多分、あの瞬間、世界で一番綺麗なものを見ていた人だったと思う。

 心から、そう思えたんだ。

 それが……とても嬉しかった」


 エリスの耳がさらに赤くなる。

「う、うるさいうるさい! こ、こここ、こーの、えっちめ! えっち勇者め!!」

 そっぽを向いて腕組みをして。

 顔は真っ赤。その赤は、果たしてなんの色だろうか。

 そんなエリスをいとしむように微笑みながら、ロイドは最後の言葉を添えた。

「あとはおっぱいが大きかったら……ふふ。もっとよかった。」

「そえいやっ!!!!!!!!!!」

 怒り100割のドロップキックでぶっ飛ばされた。



 二人の距離は二十メートルくらい空いている。

 前をゆくエリスはぷりぷり怒っている。

 うしろからついて歩きながら、

 ロイドはこれを幸せと感じ、頬をゆるめるのだった。

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