save9 冒険者たち



 時折現れるモンスターを倒しながら、二人は冒険道を北へ向かっている。


 辺りの平原には、密集した木立が点在するようになってきた。中には、大きな群がりもある。それらを避けるように、道もくねくねと曲がっている。


 立ち並ぶ木立を迂回した先、道を少し外れた場所で、冒険者の男女たちが休憩をしていた。

 向こうもこちらに気づき、五人全員が立ち上がる。笑顔を浮かべているが、全員が軽く身構えている。外ではなにが起きるかわからない。備えられなくては冒険者足り得ない。


 レンズに浮かぶレベルの表示は、全員が70台。

 ABCDEとある冒険者クラスのうち、B、あるいはそれに限りなく近いCといったところ。全員が二十代前半から半ばくらいまでという年齢層を考慮すると、間違いなく有望な一団だといえるだろう。

 ロイドとエリスは彼らに近づく。ただ通り過ぎるだけならば、その意思を明確にして、ただ行くのがマナー。


 道行きに光を。

 道行きに光を。


 声を掛け合い、二人はその場をあとにした。



「――それで、強度係数というものがあるから、とくにモンスターの強さは、レベルの表示だけでは測れないんだよね」

「うむ。それゆえ、モンスターのことを知っておくのは、とても大事だな」


 無数にいるモンスター。その名前と外見と特徴。亜種や上位種。通称〈色違い〉のことや、見た目は同じだが強度的な突然変異で化けるもの。後者の代表的な例はトビハネウサギとクビハネウサギ。クビハネのほうはアークエネミーとして現れたこともある恐るべきモンスター。


 無知こそが、冒険者を殺すと言われている。

 知らなければ、命を落とす。

 けれど時には、ただの不運で、道を塞がれることもある。


 がさり。


 前方にある木々の茂みから、枝葉を鳴らして出てくる、四足の影。


 キラー・グリズリーが あらわれた!


 ごふぅっ

 威圧的な巨体、凶暴な面構え。

 平原、森、山。通常、モンスターの生息域は決まっている。しかし、そこから外れて彷徨さまよい歩くものもいる。


 ワンダリングモンスター。


 キラー・グリズリー。大型のクマ。本来は森に住み、平原には出ない。

 レベルは30。人の冒険者ならば、ようやくCクラスに手が届こうかというレベル帯。


 強度係数の話をする。


 それはモンスターのレベル数を、簡易的に人間のレベルに換算するためにある。

 人間の平均強度を1と定め、蓄積したデータから数字を出し、それぞれのモンスターに割り当てる。ばらつきは大きく、最弱のモンスターと言われるグミーで、0.3。

 そしてキラー・グリズリーのそれは、およそ3。

 それを30に掛けた、レベル90が。極めて単純に考えた、指標としての、このモンスター本来のレベルとなる。


 一般人はもちろん、E、Dクラスの冒険者たちなら、確実に返り討ちの戦力。Cクラス冒険者とて、全滅もありうる強さだ。


 そんなモンスターを見つめるエリスの眼差しは、平然としている。大熊は唸り、牙を剥いて彼女を威嚇する。すっと前に出ようとしたエリスの手を、ロイドは掴んだ。

 引き寄せる。

 同時に、投擲とうてき

 辺りに閃光が迸った。視界を奪われ、苦悶の鳴き声を上げるキラー・グリズリー。それを背後に、ロイドはエリスの手を引いて、これまで歩いてきた方に走り出す。


「待て、野放しにはしておけぬ。倒さねば」

「うん。わかってる。でも、」


 ぼくに、任せてよ。


 ふむ……。とエリスは口を閉じた。ロイドはエリスの手を、握り直した。そっと、エリスも繋いだ手に力をこめた。

 数分ほど歩いた距離を、走って戻る。

 やがて先程の冒険者たちの姿が見えてきた。二人を認めた彼らは、装備を取って立ち上がる。


「すいませーん」

 わりと呑気な、よく通る声だった。駆け寄りながら話しかける。

「緊急の討伐依頼を申し込みます。

 キラー・グリズリー、一体。レベルは30。じきに来ます」

 五人の冒険者は戦闘準備を始めた。彼らの目は、駆けてくる大熊の姿を捉えていた。

「依頼料は百万ゴールドで」

 リーダーらしき青年は、頷いてみせた。

「引き受けた」

 剣を抜き、皆と共に構える。


「油断せずに行こう」

 戦闘が始まった。


 戦いは、冒険者たちの優勢で、危なげなく推移した。


 そして、

「おおうッ!!」

 大熊の脳天を叩き割る、斧の一撃を戦士の男性が放った。その一撃が止めとなり、大熊は倒れ、光となった。

 粒子が量の多少を見せながら、五人にそれぞれ吸い込まれていった。一人の身体が、かっ、とまばゆく輝いた。


「……って俺かい」

 今回は、あまり見せ場のなかった盗賊の青年だった。

「はは。おめでとう」

 仲間たちは拍手。彼を祝福する。


 レベルアップ。

 戦闘職に就いた者は、倒した敵が消滅する時に出る〈マナ〉を吸収することで、それを自身の経験値とできる。蓄積が限界に達すると、輝きを放ち、強く新しい身体になる。生まれ変わるといってもいい。


「祝うのが礼儀だ」

 ロイドに言いながら、エリスも拍手。

「うん」ロイドもぱちぱちと彼を祝した。


 盗賊の青年はゆるく手を振りながら、モンスターが姿を消した場所へ向かう。

「さーて、ついでにいいもん、落ちてますかね……、っておい」

 青年は、水晶玉のような物を拾い上げた。

ぎょくじゃねえか」

 倒したモンスターは時折、アイテムをドロップする。青年が拾い上げたものは、魔導具の材料等に重宝される品。その価値の高さから、俗に宝玉と呼ばれるものだった。

 ピュウ

 誰かが、口笛を吹いた。



 ロイドたちは、お互いに自己紹介をした。

 礼を述べ、ロイドは彼らに頭を下げる。

 それに答えて、リーダーである剣士の青年がロイドに言った。


「討伐依頼ということは、ドロップ品はこちらのもので構わないんだよね」

「はい。もちろん」

 青年は一度仲間たちを見て、

「レベルも上がった、いいドロップもあったし、依頼料はロハにしておくよ」


 もったいねー。後ろの方で言った青年がどごっ、とどつかれる。 いやせめて相場分ぐらいはもらっといてもいいだろうよ。 がめついのやめろっ。


「それはどうも。ありがとうございます」

「いや、実際、いい判断だったと思うよ」

「では、せめてこれを」

 ロイドは下ろしたリュックサックから、菓子折りを取り出し、手渡す。

 はは。リーダーの青年は笑って、「用意がいいね」

 受け取った包装を見た彼は、普通にお金は持っている人だったようだな、という印象を顔に出した。

「備えておくのは、好きなんです」


「ってそれチョコじゃん! チョッコレーーートじゃんルミランスのーーーー!!」

 魔法使いの女性が包みをひったくった。

「ありがとう! きみ! わたしがぜんぶ大切に食べてあげるからね!!」

「喜んでいただけたなら。よかったです」

 いや、俺らにもよこせよ。と、後ろで。がめついのやめろ。

 苦笑しているリーダーの青年に、ロイドはもう一度深々と頭を下げた。


「それでは、ぼくたちはこれで。本当に、ありがとうございました」

「うむ。おかげで助かりました。感謝を」

 エリスも同じように頭を下げる。

「どういたしまして」

「チョコ、ありがとうねー!」

「じゃあ、いい旅を」

「はい。よい旅を」

 ばいばいと、手を振り彼らと別れる。


 しばらく二人、無言で道をゆく。


 やがてエリスが、ふふ、と笑った。

「なるほど、そなたに任せてみたが……。万事解決、だな?」

 言いながらそちらを見ると、

 どうやぁ?? とでも言わんばかりの超得意げな顔がそこにあった。

「……いや、だからといってそなたがしていい顔では……、」


 まじまじと見つめながら言いかけたエリスの、言葉が切れる。じっと、その顔を眺める。そして、ふっ、と吹き出し。ふっ、ふふっ、

 どや顔を続けるロイド。

「やめよその顔」

 やめよと言っている。

 エリスはけらけらと笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る