save7 大勇者の像の前で
王は居住まいを正して、ロイドに向き直った。
「お恥ずかしいところをお見せしました。
……勇者、ロイド殿」
「いいえ。陛下」
ロイドは頭を下げた。
「――
臣下たちも、礼節の奥に深い興味を湛えた目で、ロイドを見つめている。
「〈勇者の証〉を、見せていただいても、よろしいでしょうか」
「はい」
ロイドは首にかけていたネックレスのチェーンを引っ張った。服の内側から、意匠の凝らされた小さな円盤を引き出す。
彼が勇者であることを、その場の誰もが認めた。
「よろしければ、窓もどうぞ」
ロイドは手のひらを差し出す。
王は供の者と目で会話をし、自ら歩み寄る。
「拝見させていただきます」
ルミランス王は、ロイドの窓に示される情報をじっと確認した。
「……確かに」
皆に告げる。
「大勇者様と同じ特徴をお持ちだ」
おお……。
周囲から、感嘆のため息が漏れた。
「ご覧いただいたように、今のぼくはレベル1の勇者です。
いまはまだ、弱いぼくです。
けれどライラ様を助け出すために、出来ることはすべて行うつもりです。
いまのぼくでも、役に立てるところはあるはずですから」
例えばこだわりのある魔王の中には、色々注文をつけてくる人もいる。精魂込めて用意したという謎解きを、うっかりダイナミックという名のゴリ押しで突破してしまったために、すねてしまって戦ってくれなかった魔王の話もある。
ルミランス王は、王としての礼儀を尽くした態度で、ロイドに頭を下げた。
「勇者ロイド殿。
どうか、娘をよろしくお願い致します」
ロイドは――、
「はい」
1.微力を尽くします。
2.ところで、タダ働き……ということはないのでしょう?
3.おっぱいのためなら!
「おっぱいのためなら」
瞬間、場が凍った。
「ここに来るまでに、王女様のおっぱいがとても大きいという話をお聞きしました。
ぼくはそのおっぱいをひと目見たいです。
だからそのために……。」
がんばります。
胸の前で、ぐっとこぶしを握りしめ、男らしく宣言した。
ゆ、ゆ、ゆ、
臣下たちは心の声で絶叫した。
一国の王様の前でこんな発言できる人見たことない!
王の目が、ちょっときらりと輝いた。
「――話によれば、我が国では貴方にとっての運命が待っているとか……。
勇者殿……。
娘に……興味が……おありですかな」
「おっぱいにはあります。でも、ぼくが世界で一番大切な人はエリス姫なので、ご希望にはこたえられません」
「むわっ?!」
いろんな感情ないまぜで憮然としていたエリスだったが、突然の発言に変な声が出る。
ロイドは彼女に視線を合わせ、にっこりと笑う。
「ふっふ、」
王の口から、優しげな笑声がこぼれた。
王は深みのある笑みを浮かべ、胸に拳を当てて、頭を下げた。それはただ一人の父親としての行為と見えた。
「娘を、どうか」
「はい。
尽くせる力を、すべて」
ロイドは王に向け、相応しい眼差しで、答えた。
◇ ◇ ◇
「まったく……」
城を出た二人が、歩いている。
エリスは、すごく複雑そうな顔をしている。だが、ロイドはひょうひょうとしたものだ。
4日ほどかけて、二人は旅行くことになった。
ライラ姫を助け出すのは戦王の出発を待ってから。ということで、方針が正式に決まったからだ。
今日はここで一泊。途中、野宿などもしながら、目的の町を目指す。
宿に向かう途中、賑わいのある一角にさしかかる。
「おお」
エリスは、ぱっと表情を輝かせた。
「勇者よ。少し寄っていこう」
二人は、川ほどに広い水路に掛けられた橋の上へ。その中心部はちょっとした広場のように造られている。六つの像が並んでおり、大勢の人たちが、その周りに立ち、見上げている。
台座のプレートには、それぞれの名前が記されていた。
アルド ルシーナ ルキフェル ガロ プリオリ レッカ
橋の上の広場には、周囲より一段高く
やがて一人の女性が、ゆっくりと登壇した。
辺りの人々はざわめくのをやめ、彼女を見上げる。
ロイドは壇のそばにある予定表に目をとめた。どうやら観光客向けの講談を、決まった時間にやっているようだった。
壇上の女性は皆に一礼し、短い前口上のあと、語り始めた。
――かつて……。
命を賭して、邪神を打ち倒した青年がいました。
彼の名は、アルド。
大勇者 アルド。
その名を誰もが知るでしょう、偉大なる挺身の勇者。
その人の名は――アルド。
その場の人々が、それぞれのやり方で悼みを示した。
同じように、視線を下げていた女性は、しかし顔を上げた。光を受けるように、笑顔を浮かべる。
これから語るのは、出会いの物語。
大勇者 アルド
姫王 ルシーナ
大魔王 ルキフェル
女性は、声のトーンを上げる。
若き日の、彼らが。
“
背後の楽団が演奏を開始した。
冒険の始まりを告げる、明るく胸躍る曲が流れだす。鮮烈な冒頭から、雄大な旋律へとつながってゆく。
主題・
大いなるメロディが、広場を包んだ。
――その調べに乗って、彼らの物語が紡がれてゆく。
地に降りたアルドが最初に出会った貴族の少年、ユミエール。
都市国家ルミランス。魔界より訪れていた魔王ルキフェルとの、険悪な出会い。
鳥猫亭で二人が起こした喧嘩騒動。おぼん一つでそれを収めた、看板娘、ルシーナとの出会い。
旅の中で出会った、頼もしい三人の仲間たち。
謎の青年、J。奇妙なスライム。ガンスミス、ワイルド。魔族の道化師、パロン。
小さな、けれどよく通る声で、エリスがロイドに話しかける。
「……かつては、邪神という大いなる
だが、天が、現れると言った。……ならば、それは現れるのだろう」
その時までに、名実共に勇者にならなくてはな。エリスはこっそりと笑みを浮かべて言った。
「大勇者アルドも、そなたと同じ。レベル1からの始まりだった。
そして彼の方は、仲間と出会い、世界をめぐり、
ついには、邪神を――――打ち破ったのだ」
エリスは、像の一つ――胸に拳を当てて凛々しく立つアルドの像を、敬意あふれる眼差しで見上げる。
そしてその視線を、アルドの像の隣で微笑む、ルシーナの像に移す。
「……かつては、世界に、悲しみが残った。
――だが、いま。そなたの隣には、わらわがいる」
ロイドに移した視線。その瞳には、太陽があった。
「ともにゆこう。
天は、人が乗り越えられる試練しかあたえない。
まずは、最初の一歩を踏み出そう。
みごと、魔王から、姫を取り戻してみせようぞ」
「……うん」
エリスの強い心を感じながら、ロイドは彼女を見つめて、頷いた。
楽団が演奏を終え、一礼した女性が壇を降りた。
拍手が巻き起こる。
特にエリスと、またロイドも、賛称の拍手をおくる。
ふと、ロイドは視線を感じた。
人混みの中に、一人の老人がいた。
商業都市で見た、顔だった。
声をかけようとしたロイドの前に、体格のいい男性の背中がかぶさる。
塞がれた視界は、すぐに開けた。
老人が立っていた場所には、誰もいなかった。
◇ ◇ ◇
時刻は、昼の三時を過ぎたころ。
のこりの時間は、買い物等に使わせてほしい、とロイドは要求した。
エリスは受け入れ、その日二人は別々に行動した。
翌日。
「おや。鎧を買ったのか」
「うん」
宿の中。部屋から出てきたロイドは、革の鎧を身にまとっていた。
「どうかな?」
「ふふ、ぴかぴかだな。うむ。似合っているぞ」
二人は並んで宿を出ると、北に向かって歩き始めた。
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