save6 勇者と姫、王城へ



 ロイドとエリスはルミランス城にやってきた。


「お。」

 美少女が来た。そんな嬉しさがある反応を、番に立つ兵士の一人がした。

 ぴゅぅ。もう一人の兵士が、口笛を吹く真似をする。

 しかし態度を崩したのは一瞬で、すぐに門番として隙のない雰囲気になる。


「こんにちは」

「うむ」


 兵士の挨拶に、エリスは背筋を伸ばし、

「国王陛下にお取次ぎを願いたい」

「陛下に……?」


 兵士たちは顔を見合わせる。


「……お名前を伺っても、よろしいでしょうか」

「うむ。アルド・ルシーナ姫王国王女、エリスである」

「え、?」

 明らかに眉をひそめ、兵士は、じっ、とエリスの顔を見た。

「――失礼ですが、窓を確認させていただいても?」

「うむ…?」今度はエリスが眉をひそめる番だった。


 そんなエリスを、ロイドは見つめている。


 レガリア大陸で、窓、ステータスウィンドウは、神聖なもの、神からの授かりものであると考えられている。みだりに他人が、見ていいものではないと。

 ゆえに特殊な状況でもない限り、身分証明として窓の開示を求めるということはない。

 つまりこの状況。エリスは完全に不審人物として見られているということだ。


 ロイドは指摘した。


「姫、宝石」

「おおう!」

 エリスは胸の宝石に手をかざす。

 次の瞬間、

「「っ、!!」」

 兵士二人の顔色が変わった。


「もっ、申し訳ありませんでしたっ!!」


 胸に拳を当てて深く深く謝罪する。

 ロイドから見て、なにも変わったところは感じられなかったが、二人の目には、劇的といえる変化があったのだろう。

「いや、わらわの落ち度だ。なにも気にせぬよ」

 顔を上げて欲しい。エリスは笑う。

「……ご恩情、感謝いたします」

 一度深く頭を下げ、兵士たちは顔を上げた。

「お話は伺っております。ご案内致します。どうぞこちらへ。……と、そちらのかたが……?」

「うむ、わらわの同伴ともないだ」

 うなずき、頭を下げ、兵士は門の奥に二人をいざなった。



 途中、案内役を変えて、城の中。

 作戦会議室らしき部屋の前で、二人は足を止めた。

 そもそも難しい話をする場所なのだろうが、直近に交わされたらしい難題に対する煩悶が、色濃い重苦しさを残しているような。

 両開きの扉の左右、立っている兵士たちが、丁寧な礼をして、戸を開く。


「――失礼いたします」


「おお……!」

 最初に声を上げて立ち上がったのは、上座に座っていた壮年の男性。

 整えられた貫禄を持つ髪と髭。王冠を被り、立派なマントを羽織っている。

 周囲の人たちもすぐに立ち上がり、二人を迎えた。


「ようこそ、エリス王女。呼びかけに応えてくれたことを、とても嬉しく思う」

 大げさではないおおらかさで両手を広げ、男性は心からの歓迎を示す。

「御用ありと伺い、ただいま参じました。ルミランス国王陛下」

 エリスは、す、と膝を曲げて、男性――ルミランス王の前に頭を垂れる。

 ロイドも、エリスにならって膝をつく。


「ルシーナ・エリス・プリンセシア殿下。……王として、フレンの意を送り、心からの歓迎と、深い感謝を、貴女あなたに」

「身に余るお言葉、ありがとうございます。僭越ながら、フレンの意をお返し致します、陛下。どうぞ、わたくしのことは気易きやすくエリスとお呼びくださいませ」

「ありがとう。ではどうか私のことも、ウィレムと呼んでもらえないか」

「誠に恐縮ではございますが、陛下。貴方ほどの偉大なる御方おんかたに対して、この若輩にはその名をお許しいただく資格はございませぬ」

「そんなことがあろうものか! 貴女の英名は皆が広く知るところ。それは貴女が重ねてきた功績の証だ。さあ、そんなことを言わずに、どうか」

「いいえ、陛下……」

 その後、二度ほど同じやり取りを交わし、

 二人は、ふふ、と笑い合った。


「いや、王族というのも面倒なものだね。さておき、本当にありがとう、エリス姫」

「いえ、もったいないお言葉です。ウィレム様」

 エリスは立ち上がり、胸に手のひらを当て、深く一礼すると、

「――拝察いたしますに、どうもよほどの難事にお悩みのご様子。無作法ながら、まずはお聞かせ願えませぬか」

 内容次第では、即座に動かんとする決意があった。

「……それでは」

 と、同じく立ち上がったロイドに目礼をして、


 端的に。なにが起きて、なにをして欲しいかを、国王はまず、伝えた。


「私の娘、ライラが魔王にさらわれた。あなたには、娘を助け出して欲しいのだ」

「おお…。」

 エリスは、一瞬目を輝かせて。けれどすぐに隠すように、眼差しを下げる。

 ルミランス王はことの経緯を、彼女に話した。


 まずは最初に、ルミランスが盟主を務める〈西方十一カ国同盟〉の意向として、魔界との繋がりを強化しようという政略が持ち上がっていたこと。

 次に、娘の婚期のこと。

 亡き妻、最愛の女性との間に、天より授かった一人娘。

 こと伴侶となる者については、それこそ彼女に選ばせても良いとすら思っていた。

 けれど彼女自身はふわふわと首を傾げ、ならば見つけてやるのが親の務め。その理想とするところを聞いてみれば、「魔王にさらわれたときに、助け出してくれるような勇者さま」とのことで。

 そんな折、とある魔王から、姫をさらってもいいかと伺いがあった。

 魔界における伝統的な腕試し。箔付けのための挑戦。


 〈魔王〉。それは勇者と同じく天より認められた者だけが、転生を許される存在。

 魔界では、有力な魔王の周りに自然と国ができる。


 魔王との繋がりもできる。見事姫を助け出した者――主に冒険者――を、伴侶として王室に迎え入れることは、古今東西広く見られる。

 それは、娘の希望にも沿うだろう。

 またもし、魔王のことを娘が気に入ったなら、そちらへの輿入れも考えられる。

 本来の姿は巨大なドラゴンだというその人型を、ルミランス王は直接見た。品格があった。

 名を魔王オート。

 周囲もそれを認めた。


「なにより、娘自身のたっての希望でね。

 私も彼のことは素晴らしい男性と思えた。窓も当然、確認させてもらったのだが……」

 王女がこれからさらわれるということを都民に知らしめるためのパレードの最中に、とつぜん真っ黒な巨竜が現れ、周囲を薙ぎ払って、ライラ姫をさらっていった。

 襲撃予定の二日前のことだったという。


「……それは、なんとも……」

 魔王として、いささかマナーに欠ける振る舞いではあろう。

「それだけならば、まだよかった……のだが、ね……」

 ルミランス王は、力なく笑った。

「魔王が娘を連れ去った方角は……、北。降り立ったのは、いまは戦王いくさおうの領土になっている場所だったんだ」

「あっ。」

 エリスはすべてを察した声を上げた。


 20年ほど前、レガリアの中央で戦争がブームになっていたとき。色々などさくさ紛れに、ルミランスは国土の三分の一ほどを彼の国に持っていかれている。

「……その国内で、娘を助け出すクエストを発令しようと思えば、あの国王の承認が必要になる。そうなれば必然、この事態はあの男の知るところとなるだろう。

 そうなったら……。そうなったら……ッ」


 王はくしいぃっと髪を鷲掴み、爆発したように叫んだ。


「そうなったらあのオッサンは絶対に自分でやってきて魔王を蹴散らして娘を助け出したあげくその足で宿屋へ直行して『ゆうべはおたのしみでしたね』な事態を引き起こすに違いないんだ! 命すら賭けてもいい。間違いなくやる! あの男は絶対にやる!

 そうなったらどうなる! いくらなんでも〈大二国〉の片割れと十一カ国同盟の盟主であるうちが婚姻なんぞ結べるわけもない。レガリア全体の安定のためには! けどうちの王様がお手つきしちゃってごめんなさい、お返ししますね♪ じゃああの子の立場がない! そうなった以上は娶ってもらわなければいけない! だとしたら! 縁を切った上で送り出すしかないさ! けどそんなのはあんまりじゃあないか?! 私は娘の結婚式に出席すらできないのか?! そんな、そんなことは、妻に、つま、おえええええっ、」


「「「陛下ーーーっ!」」」


 げほげほ。背中をさすられながら、王は心配ないと示す。空嘔からえずきが出ただけのようだ。

 一つ大きく息をつくと、彼はしんみりと話を続けた。

「……あの子は、あるいは、それでも幸せかもしれない。実際、悪感情は無く、むしろ好意らしきものも持っていたように思う。

 だが……」


 王は席につき、力なく、顔を両手で隠した。


「私が、嫌なんだよ……。あの子の結婚式だけは……妻の〈石〉とともに、祝いたいんだよ……」

 うっ、うっ…。と。これまで抑え込んでいたのだろう嗚咽が、彼の口から漏れた。

 いたわしい空気が、部屋に流れた。

 臣下の男性が、王の代わりに説明を引き継いだ。


「民にはいまは、事を広げないように口をつぐんでもらっています。

 また、冒険者たちにも、口止めと、姫を助けるクエストに参加するためには、王都内にいなければならないという条件を出しています。

 これがある限り、クエスト参加狙いの者は都内に留まり続けるでしょう。

 また、戦国いくさこくの〈奥の方々〉からは、速やかなお力添えを頂いております。

 加えて、今が偶然、戦王閣下が勇者王陛下のところへご遊興ゆうきょうおもむかれる折に、重なってはいるのです。

 そのため、戦王閣下が国をお出になってしまえば、まず滅多なことは起きないだろう、という状況ではあるのです」


 戦王の出立は、3日後。

「そののちに、通りすがりの殿下が、『偶然』あるいは『流れで』助け出してしまった、という体さえ整えてくだされば……」

 臣下の男性がそこまで言ったところで、ルミランス王が静かに立ち上がり、エリスに向き直った。

「……これは、正直なところ、私自身のエゴだと思う。だが……どうか。貴女の力を貸してはくれないだろうか。

 お願いだ…。ルシーナ・エリス・プリンセシア殿……」

 王は拳を胸に当てて、深々と頭を下げた。

 

「ウィレム様」


 声は響いた。

 しとやかに、しかし堂々と立つエリスは、後光すら背負ったように見えた。彼女が纏う白い服に、部屋の明かりが映えているだけだろうか。いや、それだけではない。その光は、彼女自身から放たれているようだった。

 すべてに注がれる陽の目のような、そんな輝き。


「御身の願いを受け取ることが許されたルシーナ・エリス・プリンセシアは、陛下がこの若輩を頼ってくれたことが、あまりにも嬉しいのです。

 なればこの不肖の身は喜びにあふれ、ただ持てる力のすべてを尽くして御意を成すことでしょう。

 どうぞ、お心を安らかに、そしてお待ちください。

 ライラ様は、わらわが必ず。」


 断言した彼女の眼差しを、まぶしい。と人々は思った。

 エリスは、にっこりと笑った。

 それは地上に咲いた空の花のような、笑顔だった。

「……ありがとう。」

 ルミランス王はもう一度、彼女に深く、頭を下げた。

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