save5 勇者、食べる



 ざわざわと、人の賑わい。


 ロイドはお上りさんよろしく、声を上げながら周囲を見回している。

 商業都市もすごかったが、こちらはより華のある感じか。

 印象の違いは、建物の彩りによるものだろうか。

 あちらは、質実剛健で、機能的。

 かたやこちらは配色、デザインにも気を使われていると思える。機能や合理性ももちろんそなわってはいるが。


 周囲に見える人の数は多い。とても多い。しかしやかましいほどの喧騒はさほど感じず、綺麗に擦れ行く人々の流れ。その足元を、小さな人形が一体、縫うようにして歩いている。

 そんな光景を見つめていたロイドは、声をかけられた。


「ようこそ、ルミランスへ」

 見ると、人のよさそうな笑顔の、おじいさんだった。

「どうも、こんにちは」

「ようこそ、ルミランスへ」

 にっこにっこ。

「武器と防具はちゃんと装備しているかな?」

「はい」

水鏡みかがみ通りに盾の安らぎ亭という宿屋があるじゃろう? あそこはおすすめだよ。それに近くにある食堂は、量がとても多くて味もいい」

 びかっ、とロイドは目を光らせた。

「そうですか!」

「ようこそ、ルミランスへ!」

「ちょっ、おじいちゃんっ!」


 ひとりの女性が走ってきた。


「あーもう、急に……」

 にっこにこで、おじいさんは手を取られる。

「ごめんなさいね。なにか色々言われたでしょう」

「いえ」

「宿屋と食堂のことは?」

「お聞きしました」

「だったら、おすすめではあるわよ。とくに宿屋のほう。食堂は……量の多さで人を選ぶけどね」

 おじいさんの手を引いて、女の人は踵を返した。

「それじゃあね。ようこそルミランスへ!」

 手を振る女性に、二人も手を振り。

 エリスは、ふふ、と笑い、いまだ二人を見送るロイドに声をかけた。

「支度のために宿は取るつもりだった。そこにしようか」

「そうだね」

「うむ。ではゆこう。お約束した時間までは今少しあるのでな。多少のんびりできるぞ」

「姫の用意にはどれくらいかかるかな」

「ふむ、最低一時間は欲しいな。できれば二時間以上だ」


 それを聞いたロイドは、エリスに別行動を提案した。


「そう長くは離れないから」

 そう言う彼からは、なにやら我慢の限界的な雰囲気を感じる。

 エリスは、そうか、と頷く。「ならば支度をしながら宿屋で待とう」

「うん。宿屋までは一緒に行くよ」

「うむ。では馬か鳥の足を借りて向かうとしよう」

「鳥は翼だと思うよ」

「細かいことはよいのだ」

 ふふ、と二人は笑いあった。



 今日のランチ


 ステーキ盛り合わせ 2kg

 マッシュドポテトとグレイビーソースがけのショートパスタ 700g

 トマトのホットスープ たっぷり

 ブロッコリーの卵マスタードサラダ 300g

 コーヒー お好みで


 注:残すな!


 迷い無き足取りで、入る。

 がやがや、していた喧騒が、ふと止まる。

 大きなテーブルを小さく見せるほどにガタイのいい大男たちが、場違いな体躯の少年に目を向けた。


「いらっしゃい」


 恰幅のある女将さんの声が迎える。けれど、愛想がある響きではなかった。


「冷やかしかい?」

「いいえ、食べに来ました」


 静まり返った店内を進み、空いている席に腰を下ろす。

 女将さんはふう、と息を吐き、

「先に言っとくけど、ちょーっと胃袋に自信があるだけの自称大食いさんはお断りだよ。あたしゃ出したもんを残されるのがいっちばん嫌いなんだ」

「はい。ぼくも食材をムダにするのは大嫌いです。ですから、お気持はわかります」

「そうかい。食えるってんなら文句はないよ」

「ええ。とりあえず十人前で」


 ぴしり、


 場に緊張が走り、女将さんの目が細められた。

「なんだって?」

「ですから、ランチ、十人前で」

 ふー…………。

 女将さんは大きなため息をつく。

「入り口につかえるくらいの大男が、五人前を平らげていったことはあるけどねぇ……」

「あ、ぜんぶ大盛りでお願いしますね」

 その一言で女将さんのなにかに火がついたようだった。

「だったら食ってもらおうじゃないか!」

 まなじりを上げ笑みを浮かべて、女将さんは声を上げるのだった。


 十分後


 どごんっ、と少年の目の前に料理が置かれた。

「まずは大盛り一人前。さあ、どうだい!」

 ざわざわ……。周囲がざわめく。

 ひゅー、見ろよあの肉の山を……。いつもの倍くらいあるんじゃねえか。

 ポテトもやばいぜ……どう見ても三倍は優にある。

 この店の大盛りなんて初めて見たぜ……。

 いったいどんな食いっぷりを見せてくれるんだ……? あの小僧……。

 周囲が見守る中、少年は見慣れぬ作法で両手を合わせ、静かに祈りの言葉を口にした。

「いただきます」


 二分後


「なっなにぃいいいいいいいいいいいいいいいっ?! あの小僧あの大盛りを二分でたいらげやがったぜぇえええええええ?!」

「マジかよぉおおおおおおおおおおおおっ?!」

「おいマーサ! お前舐められんじゃねえぞ!」

「ジーン! 作るよっ! ペース上げなっ!」


 八分後


 どんっ、どごんっ!

「さあ、今度は一度に二人前だよ!」

「あ、あの野郎、やれやれようやくです……か。みたいな顔してフォークを取りやがったぜ!」

「なんかムカつくな!」

「くっくっく、だが、今度は果たして最初みたいにいくかな?」

「どういうことだ」

「始めは勢いを味方にして胃袋に放り込むこともできるかもしれない。だが、時間がたてば満腹感が全身を包んでくる。 しかも! 飲み干したたっぷりのスープが三倍のポテトと合わさり、腹を更に膨らませているはずだ」

「つ、つまり……」

「二回目、こいつが試金石。果たして奴が、本物なのか、どうかのなぁっ!」


 三分後


「げっげぇええええええええええええええっ?! 三分で大盛り二人前たいらげやがったぁあああああああああ?!」

「おいどうなってんだ! 一人前当たりのペースが速くなってんぞ!」

「おいマーサ! お前あのメガネの坊主に舐められてるぞ!」

「ジィーーンッッ!!」


 そしてしばらく後。


 わいわいがやがや、感心したようなざわめきが店内に満ちている。

「マジで大盛り十人前完食しやがったぜ……」

「見た目そんなに変わってねえじゃねえか……。どんな胃袋してやがる……」

 やれやれ、と、女将さんがやってくる。

「甘く見てたのはあたしの方だったね。あんた、大した……」


「ぼくのお腹は今、三分目くらいです」


 沈黙の帳が下りた。

「あと、二十人前お願いします」

 ふと、つけ足す。

「もちろん大盛りで」

 女将さんはおおいに笑った。

「ネネ、看板下げてきな! こっからはクローズド、あんたの貸し切りだよ!」

 十歳くらいの女の子が、嬉しそうに入り口に走っていった。

 そして店内は、さらなる歓声に包まれるのだった。



 ふう……。

 すべてを食べ終え、人心地ついた、といった様子の息を吐くロイドに、男の一人が声をかけた。

「いや、大したもんだ。しかもまだ余裕があるってほどときた」

「いまはだいたい腹七分目くらいですね」

「おい、九分目じゃねえのか。二分にぶんはどこ行った」

「? 食べてる間もお腹は減るじゃないですか」

「こっ、こいつ、只者じゃあねえ」

「ふふっ」

「!?」

「ちなみにぼくのお腹の限界が十分目だといつから錯覚していました?」

 強者のオーラを醸し出しつつ、

「ぼくの胃袋にはあと九十五割の余裕があります」

「ありすぎだろ」

「さ、じゃああとは、締めのコーヒーだけだな」

 いそいそと。カウンターの向こうで体格のよい青年が動く。

 ひそひそと、ギャラリーのあちこちから忠告があがる。


「やめとけ、死ぬほど苦いぞ」

「いただきます」


 過ぎた苦味を楽しめる味覚ではないが、飲みたい気分が自分の中にあるのを感じたのだ。

 ならばそれに従いたいのがロイドであった。

 女将さんの息子、ジーンは、嬉々として、その一杯を出した。

「すっ、すげえ。顔色一つ変えずに飲み干しやがった」

「おかわりいるかい」

 嬉しそうに尋ねる。

「いえ、二度と結構です」

「水がさぁ……」

 心の底からもはや無いとでも言わんばかりにきっぱりと断られて、言い訳がましい響きで。

 水の問題じゃあねえだろう、と、周囲が笑う。

 いや、けどここ最近よお、と反論。

 言うことには、七日ほど前から、なにやら水の味が変わったのだという。

 女将さんは、そうだねえ、言われてみればそうかもねえ、くらいの反応。

 俺たちは全然。周囲は言う。

 納得の行かない様子で、ジーンは唸る。

「なぁんかあるんじゃねえかなあとは思うんだよなあ……。けど、水場はいまは魔王、」

「しっ」

 あっと。

 へへへ。

 ジーンはロイドに愛想笑いを浮かべ、口を閉じた。



「ごちそうさまでした」

 ロイドは女将さんにお代を払った。

「はいよ、たしかに。……それであんた」

「はい」

「名前を教えちゃくれないかい?」

 その笑みに、ほほ笑みを浮かべて。

「ロイドです」

「ロイドか。あんた大した男だよ、ロイド! あたしの完敗だ!」

 女将さんは、気持ちよく笑った。

「おいしかったです。とても」

 心から伝え、それでは、と礼をして、ロイドは出口へ向かう。

 さきほどネネと呼ばれていた少女が、とてもうれしそうな、懐かしい人を見るような目を向けながら駆け寄ってきた。

 きれいな赤い瞳。耳を隠すほどにニット帽をかぶった、浅く黒い肌のかわいい女の子。

 ロイドのために扉を開けて、彼女は言った。

「またきてね」

 ロイドはありがとうと手を振り、食堂をあとにした。



「戻ったか」

 身支度を終えたエリスは、宿の部屋でロイドを迎えた。

「なんだかつやつやしているな」

「うん。元気いっぱいだよ」

「うむ。旅に疲れたのか、そなたなんとなくげっそりしていたからな。元気になったなら、よかったよかった」

 では、城に向かおうか。

 二人は王都の中心を目指して、宿を出た。


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