第二章 旅路と出発

save4 ルミランスへ



 タイゴン列車が、荒野を走っている。


 先頭にて車両を引っ張るのは、二頭立てのタイゴンたち。でっぷりした巨体が四本の足で力強く大地をかき回し、進む、進む。

 座席車。

 エリスのために予約してあった席に、二人は座っている。エリス一人がルミランスへ行くためのものだったが、それでも急な出立であったため、特、良等席は満員。せめてもの配慮として、取られていた一般席は二人分だった。


「わらわは耐久力も高いので、大概どこでも平気なのだが……そなたは大丈夫か? 勇者よ」

「ぼくもこういうのは平気だよ。姫」

 お互い、そう呼ぶことで了解をとってある。その呼び名は、当然のようにしっくりと、二人の間に収まっていた。


 ――姫…?

 ――いま、勇者って……。


「おおぅ」

 エリスは胸につけた宝石のブローチに手をかざす。

 込められた魔法の効果がふわっと広がり、結果、周囲が感じた戸惑いは霧散したようだった。それ以上を気にすることもなく、平常に戻る。


 ロイドたちは、高速のドライガーでおよそ4時間南下して、ユノテック王国の都市、ソルタンへ。

 そこからタイゴン列車に乗って、西へ。現在大陸の中心にある〈商業都市〉へと向かっている。

 これからおよそ二千キロ、30時間以上を走る。

 更に商業都市で飛行クジラに乗り換えて、三千キロを飛ぶ。こちらも30時間ほど。

 休憩など挟み、道程は3日ほどの予定だ。


 ルミランスを目指す旅が始まってから、エリスは終始ご機嫌で、ロイドも自然と笑顔になれる。

「おぉ、見よ、勇者よ」

 エリスが通路の向こうを指差す。先にはワゴンに載せた商品を運ぶ売り子さんの姿があった。

「大陸の東は、親ジャポネアでな。限定された区間でのみ販売される、駅弁というものだ」

「うん」

 眼鏡の奥、ロイドの瞳が輝いたように見えた。

「食べるであろ?」

「もちろん」

 売り子さんが、二人の隣までやって来た。

 ロイドが手を挙げる。

「すみません」

「はい」

「とりあえず、全部ください」

「はい。ありがとうございます。全種類、お一つずつでよろしいですか?」

「いえ……、」


 ねえパパー!

 ぼくねぇ、ふたつたべたい!

 はは、食べきれるかな?


「……はい。それで」

「うーむ、健啖だのう」

「そうだね」

 眼鏡の奥、ロイドの瞳は霞んでいるように見えた。

「わらわは……うーむ……。やはりきのこか……」

 エリスはうなずいて、

「わらわにはこの、旬のきのこの炊き込みご飯弁当をひとつ」

 笑顔で注文するのだった。



 食事のあと。

 ロイドは車内の販売所で、軽食を、買って席に戻っているところ。

 まだ食べるのかと呆れられたが、ご飯を食べねば人は死ぬのだ。しょうがない。

 頼まれたエリスの分の軽いものも一緒に、揺れる車内を歩いていると、声をかけられた。


「やあ。 ――急にすまない。君も、学者かな?」

「はい」


 青年だった。見た目の特徴としては、腰に本を下げているところか。

「ああ、同職の人を見かけて、つい嬉しくなってしまってね。俺はハンレスという者だ。学者に転職してから三年ほどになる」

「ぼくはロイドといいます。旅には出たばかりなんです」

「そうなのかい。じゃあ、学者は最初に就いた職業というわけだね?」

「はい」

「うん! その才能と選択を祝福したい! 俺はね、学者という職業がもっと世に広まって欲しいと常々思っているんだよ。その可能性をね、みんなに理解してほしい!」


 ハンレスさんは拳を握りしめた。


「学者は、主に本で敵を殴るのが仕事の前衛職だ。それは事実だし世間的にそのイメージが広まるのも当然ではある。ただ、すべてのスキルを習得可能な余地があるという特性の方も同時に広まって欲しいと思うんだよ。もちろんすべての学者がすべてのスキルを使えるようになるということはないだろうけどね。でも学者という職業の開祖であり今日のレガリアにおける学者のイメージを強く形作ったどんとこい物理現象の著者である、


 がったん、


 おっと。

 列車が揺れ、ハンレスさんははっとなった。

「すまない。少々語りが熱くなり過ぎてしまった」

「いえ。興味深いお話でした」

「ありがとう」

 ハンレスはロイドが持っている軽食等を見る。

「だれか、待たせている人はいるのかい?」

「そう急ぎではありませんが」

「そうか。ロイドくんはこれからどこへ行くんだい」

「ルミランスを目指しています」

「ルミランスか! あそこはいい国だ。風光明媚でご飯もおいしい」

「そうですか!」

「ご飯が美味しいことはいいことだよね」

「はい」

「そしてあの、〈大冒険〉の始まりの場所でもある。旅のはじめに向かうには、よいところだと思うよ」

 ロイドはこくりと微笑んで答えた。

「あとはそう……。お姫さまのおっぱいが、とても大きかったかな……」

 ロイドの眼差しが真剣味を帯びた。

「すみません」

 その声の質の変化に、ハンレスもはっとなる。

「そのお話、くわしく」

 


「おそかったな」

「うん。途中で学者の人と会ってね。話をしていたんだよ」

「んむ、そうか。人との出会いはよいものだ」

「そうだね」

「……嬉しそうだな?」

 ふふふ。

 ロイドの含み笑いとそれに首を傾げるエリスを乗せて、

 タイゴン列車は走ってゆく。



   ◇ ◇ ◇



 ロイドは驚きの顔で周囲を見回している。


 深夜ごろに商業都市に到着し、そのまま宿へ。

 朝、外に出ると、周囲はとっても賑わっていた。

 人熱ひといきれが吹き出るように、あまりにも沢山の人々が動き回っている。


 ここはレガリア大陸の中央、すべてが集まる場所、商業都市ヘラトキア。


 空気を叩き裂くような音がして見上げてみれば、大型の飛行機、いわゆるジェット旅客機の姿が見えた。

「おおー……。かっこいいのう」

 この都市にはレガリアで唯一の国際空港があり、あの飛行機は海外からのものだという。

「わらわも乗ってみたいが……」

 ふっ、と儚げな顔になる。

 なんでも乗り物酔いが凄まじいらしい。

 例外は、動物が関わっている乗り物だけなのだとか。

「さて、われわれはこっちだ。ゆこうぞ、勇者」

「うん」

 先に歩き出したエリスについて、踏み出しかけたロイドは、視線を感じてふと足を止めた。

 こちらをじっ、と見つめてくる老人の姿があった。

 すぐに人混みにまぎれ、視線は途切れる。

 自分を呼ぶエリスの声に答えて、ロイドは足を進めた。



 飛行クジラ便の発着場。

 商業都市で起こった大事件を、以前エリスが解決したらしく。その縁で、専用の飛行クジラを用意してくれているとのこと。


「どうもどうも、わァたくし、セボイです。 今回の案内を仰せつかったセボイと申します。 セボイをよろしくお願い申し上げます」


 魔法石の効果を切ると、途端にエリスを見つけたらしく、なにやらぐいぐいくる人の案内で、ターミナルまで向かう。

「あ、あれじゃないかな」

「ああおう! かっ、かわいいのう! かわいいのうっ!!」

 エリスがちょっとあやしくなるくらい興奮した様で見つめる先。もこもこで、ちいさな白い雛鯨の姿があった。

 小さいとは言っても、胴体の下部に取り付けられている客室部分は大型バスくらいの大きさ。贅を好むこともないエリスなら、むしろ幸せに包まれた旅ができるだろう。

「あ、いえいえ。今回エリス様のためにご用意させて頂いた飛行鯨はあちらになります」

 手で示された先。エリスは笑顔のままで視線を向ける。ロイドも一緒に顔を向けた。


 なんかこう、頭突きで竜とか殺しそうな顔つきの、すっごいでっかいやつがいた。


「わたくしが用意し直させて頂きました」

 セボイを、セボイをよろしくお願い致します。


 エリスは固まった笑顔をもこもこに向ける。


 いやぁー、急な話だったけどチャーターできてよかったよ。

 ちいさいけどかわいいねぇ。

 いや、十分じゃろ。

 と、数人の冒険者たちが乗り込んでいく。

 うわー! 天井がないんだ! もこもこがすぐちかくにあるよ!

 へぇー。なんだか癒される空間だな。

 悪くはないのう。

 賑やかな声が聞こえてきた。


「……うむ。」

 笑顔を消してうなずく様は、抱きしめてあげたいくらいにはさみしげであった。



「うむ。しかしなんとも精悍な面魂つらだましいよ。そなた、実に頼りがいのある顔つきだな」

 けれどエリスはすぐに気を取り直した様子で、ボス顔の飛行クジラに話しかけている。素直に、彼の良いところを褒めていた。

「よろしく頼むぞ」


 ぶしゅー。


 ボスクジラは背中の鼻の穴から空気を吐き出し、答える。

 ここから吸い込んだ空気を体内で気体状の魔法物質に変換し、飛行鯨は宙に浮く。そうして魔力を込めた尾ひれで空を掻いて、前に進むのだ。

 二人は客室に乗り込んだ。

 もしかしたら十階建てのビルを横にしたくらいあるかもしれない広さ。いったい部屋数はいくつくらいあるのだろうか。

 十分に幅のある通路を歩きながら、ロイドはエリスに言った。

「ねえ姫?」

「うむ?」

「ぼく、勉強をしたいんだ」


 もうちょっと、世界のことをいろいろ知っておきたくて。幸い、本はあるからね。


「そのために、到着するまで一人で集中したいんだよ」

「……うむ。そうか。――よいとも。勉強するのはよいことだ」

「ありがとう。食事のときには顔を出すよ」

「うむ! ご飯もちゃんと食べねばな!」

 では。と二人は別れ、客室乗務員に案内されてロイドは部屋へ。

 一礼をして下がろうとする乗務員スチュワードに、そしてロイドはひと声かけた。

「すみません。とりあえず軽食とか、あるだけ持ってきてください」



 30時間後。


 部屋の扉がノックされた。

「勇者よ! 見えたぞ!」

「うん!」

 答えて、ドアを開ける。

 エリスとともに通路を進み、透明な壁に囲まれたラウンジへ。

 外が見える壁際に立ったエリスの隣に並んで、ロイドもその光景を見下ろした。

「うわー……」

 ロイドの口から、感嘆したような声がこぼれた。


 王都ルミランス。

 ルミランス王国の首都で、ルミランシティの愛称でも呼ばれる超大型都市。

 人口は800万を擁し、ルミランスようの高層建築物が立ち並ぶ街並みは、極めて雄美ゆうびに発展している。都市の中央には王城があり、城の近くには〈塔の湖〉。そこを源とする清流が、張り巡らされた水路を流れ、市街の隅々まで清らかに行き渡っている。

 城郭都市として世界最大を誇る、直径およそ30キロメートル、周長にして100キロメートル弱の大城壁は、城を中心として王都を包む、綺麗な真円を描いている。

 アルド紀元より前から存在する、悠久の都。

 その美しき威容が、眼下に眺望できた。

「すごい。」

「うむ」

 二人を乗せた飛行クジラは、空港に降りていった。


 

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