幕間1 エリスの勇者



「いやぁー、なんだか、すごいことになっちゃいましたね」


 振り返ってみれば激動と言えた一時間半ほどを指して、ポチールがふとこぼす。

 そんな彼に、エリーゼが声をかける。


「ポチール」

「はい?」


 振り向くポチ。

 彼が目にしたのは、態度を改めたエリーゼの姿。

 格式張った様子というわけではない、ある種のたおやかな笑みを浮かべて、彼女は穏やかに口を開いた。


「そなたに一つ、礼を言いたいと思ってな」

「私に……ですか?」

 思い当たりを探すポチールに、エリーゼは語りだした。


「――一年前のことだ。


 そなたがエリスをさらおうと、試みてくれたときのことだ。


 妾には、あの時はじめて気づけたことがある。

 それは、あれの……、エリスの気持ちだ。


 あの時の、あの子の興奮は、今でもはっきりと思い出せる。


 魔王殿がわらわをさらいに来てくれるのだ!

 どうしよう。どうしよう母上。もしもさらわれてしまったなら、勇者が助けに来てくれるのだろうか!?


 ――あれは、浮揚の年頃のすべてを、研鑽と、天の義務に注いできた。 ……尊いが、色のない歳月だ。

 あれが望まぬ道を歩んでいたとは、微塵も思っていない。

 けれど、

 あの時。

 そうか、こういう一面も、ちゃんとあったのだな。と。

 我が子ながら、知ることができた。

 そして、妾はそれに安心した。


 ――全て、そなたのおかげである。


 その礼を、これまで、正しく伝えてはいなかったな、と、そう思ったのだ」


「いえ、そんな……」

 エリーゼの言の葉に含まれた深い謝意に、ポチは当然の謙遜を返す。

「……感謝をしている」

「いえ、いえ! そんな! もったいないです! あ、い、いえ、光栄です!」

 へりくだるのも礼儀だが、受け取るのも礼儀である。

 わたわたするポチールに、エリーゼは、ふふ、と好ましく笑って言う。


「ポチよ。

 ひとつ、面白いものを見せてやろう」



 ポチールは、エリーゼに連れられて、エリスの部屋へやってきた。

 クローゼットから彼女が取り出したものは、金属製の入れ物。ちょうど画用紙くらいの大きさのそれから出てきたのは、はたして画用紙。えがかれているのは、幼い子供が描いたのであろう絵だった。


 金の髪、ももいろの瞳の、女の子と。

 茶色の髪、まるい眼鏡をかけた男の子。


「女の子は姫さまで、男の子は……ロイドさんに似てますね」


 にっこにこしている二人の下には、名前が綴られている。


 Elis


 Roid


 ………………。


「ロイドさんじゃないですか?!」

「ああ」

「え、ええ?? ええー??」

 見ていく。

 エリスの隣に、ロイド。

 剣を構えた、ロイド。

 画用紙いっぱいに描かれたメガネの、その下にロイド。

「ええ~…………。」

「まあ、おどろくだろう?」

「おどろきますよ!」

 ひょっこり掛けられたエリーゼの声に、うっかり大声を返すポチ。

 一切気にせず、含みをもたせた声で、エリーゼは言う。


「――そう。

 まさしく天から授かったようなわが子の前に、天から降りてきた勇者……眼鏡のロイドが現れた。


 なにかを、期待せずにはいられないだろう?

 親としてはな」


 ふふ、と、悪戯いたずらめかして、エリーゼは笑うのだった。

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