save2 勇者、目を覚ます
目覚め。
ベッドの清潔な匂い。
保健室みたいだな、とふと思った。
「気分はいかがですか」
真っ黒くて薄っぺらい感じの人が話しかけてきたが、意思の疎通はできるようで、問題はなさそうだと少年は思った。身を起こす。
「私、ポチールと申します。端くれですが、魔王をやっております」
「ぼくは……」
少年は答えようとして、自分の中に広がる空白に少し驚いた。
どうやら記憶を失っているようだ。
さて、名乗らないのも失礼だし、名前くらいは思い出せないかと頭の中を探っていると、
ROID
ふと、文字が浮かんだ。
「ロイド……。ぼくは、ロイドです」
ポチールと名乗った魔王は笑みを浮かべた。
「ロイドさん、ですね。……お加減は、いかがですか」
記憶が無いことを除けば体調に全く問題はなさそうだ。けれど言われて考えてみて、もう一つなにかがおかしいことに気がついた。
「あの」
「はい」
「ぼくはどうして生きているんでしょう?」
…………。
ポチール。思考がしばらく固まった。
(えぇ~? 私いま初対面の男の子に人生について相談されちゃってるぅ~?)
かなり重めのクエスチョンにあわてながら言葉を探すが、ふと気づく。
「あ、ああ。ええ。うちの、ええと、この国、姫王国のお姫さまが、ですね。ロイドさんが気絶してからすぐの救助を、なさったから、ですかね。はい」
うなずきながら。
「さすがにフィールドで24時間、無事に過ごせる保証はありませんからね」
「……そうですか」
少年……ロイド。知性を感じさせる瞳を持つ彼――それゆえにか、感情を読みにくいところもあるけれど――は、どうやら納得したように頷いた。
「それでは、ぼくは助けてもらったんですね?」
「はい。そうですね」
「ありがとうございました」
頭を下げるロイドに、ポチは笑顔で答える。
「いえ、私は特になにも」
「……お姫さまに、直接、お礼を言わせてもらうことは?」
言われてポチは考える。
「そうですね、その前に……事の確認だけ、させてください。――空から落ちてきたようですが……なにがあったのですか?」
「ごめんなさい。覚えていないんです」
「そうですか……」
「記憶喪失みたいで」
「ああ、それはたいへぇええええええええっ?!」
ポチは大層驚いた。
「
「みたいですね」
「
魔王の通信教育の一環で、心理カウンセラーの資格なども取得しているポチだが、記憶喪失の人間に対して施せる処置などは身につけていない。
けれど無いなりにベターを探し、提案してみる。
「では、とりあえず、窓を確認してみては」
「まど?」
「ステータスウィンドウ、と言って……わかりますか?」
「すいません」
首を横に振る。
「いえ……」
元々知らなかったということはないだろうから、それすら忘れているというのはかなり深刻なのではないだろうか。
考えつつも、まずは自分で出してみせる。
「こういうものです」
広げた手の上に、黒い窓を出現させた。
ポチール
魔王
レベル 109
窓の表面で指をスライドさせ、表示を切り替える。
出身地 ポッチーナ村
出生地 サンキスト市 アントゥ神殿
「最低限、これだけはわかると思うんですが」
ロイドは自分の手のひらをじっと見つめた。
「あ。」
出現した。
「……失礼ですが、見せていただいても?」
「どうぞ」
差し出された窓を、ポチールは見た。
ロイド
学者/勇者
レベル 1
ポチールの、丸い目が更に丸くなった。
次いで、もう一回り大きくなる。
出身地 なし
出生地 なし
息を呑んだ。
「大勇者……」
「?」
疑問符を、ロイドは浮かべ。
ポチールは、慌て始めた。
「ちょ、ちょっと人を呼んできます!」
言い置いて、部屋をあわあわと出ていった。
◇ ◇ ◇
玉座の間。
豪奢を好まなかった姫王ルシーナの意向を受けて設計された謁見の部屋は、諸王たちの感覚から言えばこぢんまりとしている。
そして、人をかしこまらせる威厳よりも、気分の落ち着く温かみを感じさせる内装。
ただし今は兵士たちが詰めており、彼らが伸ばす背筋のぶん、空気はピンと張っている。
敬愛する姫殿下を見送るために、集まっていた兵士たち。
しかし少し前、気絶した少年を担いだエリスが駆け込んできて以降、兵士たちの気分の張りは、興味の方にも向いている。
彼らの視線は、時折、上座の方に向けられる。
そこには、二人の姿があった。
玉座に座る、女王エリーゼ。
隣りに座る、佐王マオス。
エリスの両親であった。
「しかし……似ていたな」
エリーゼが、ポツリとこぼした。
「そうだね」
「……どう思う?」
「……もしも、
と、部屋に黒い影が駆け込んできた。
「え、エリーゼさま! マオスさま!」
「何があった」
「はい、その。ちょっと、えーとその。先ほどの方について、ご相談したいことが」
「聞こう」
「はい。ええと、まずはあの方、ロイドさんとおっしゃるのですが、
「「ロイド?!」」
女王と佐王が上げた
ポチもびっくり。けれど、言葉を続ける。
「は、はい。……それで、職業が……。〈勇者〉さまでして……」
「「…………。」」
今度は沈黙。
勇者と聞いた兵士たちは、ささやかにざわつき始める。
「そしてレベルは1で、出身地、出生地、ともに、なし、と……」
!!
今度の驚きは、部屋にいた全員に等しかった。
はばかりを忘れたくらいのざわつきが、兵士たちの間から溢れた。
エリーゼは、真剣な顔で黙考している。
「ポチよ」
「はい」
「その者は……ロイドで……勇者なのだな?」
「は、はい」
そうか……。
「そして、眼鏡か……」
エリーゼは、玉座から立ち上がった。
「会おう」
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