第一章 姫と勇者が出会うとき
save1 勇者、天より来たる
レガリア大陸の北東にある、〈三国同盟〉構成国のひとつ。
アルド・ルシーナ姫王国。
人口は三百万。領土は小なれど、穏やかな国風の良い所。
王都〈ユミエール〉。
十万の民が暮らす城郭都市は、牧歌的で柔和な表情を見せ、微笑むように存在している。
清らかな水が流れる恵まれた水路は美しく、優美な線を描き潤いをもたらす。人々は地に足をつけ水と生き、太陽の下で、歌とともに働く。
それら素晴らしい民たちを治める女王の
ポチールが城内を歩いている。
一年ほど前、勢い任せに肝心な部分のリサーチを怠り、さらおうとした当のお姫様にKO負けを喫して以来、客将として城に仕える、魔王。
そんな彼に対して周囲は、
あの姫様を相手に、ニ秒!
初見で初撃をかわした
ポチ魔王の評価は高い。
いま、彼は姫を呼びに、彼女の部屋へ向かっているところだった。
たどり着いた部屋の扉を、丁寧にノック。
返事があり、入室が促される。
ポチールは扉を開け、中に入った。
床から天井まで届く大窓が、空に向かって開け放たれていた。テラスに続く、覗く青空。腰に手を当て、堂々と立つ、少女が振り向く。
太陽に彩られた白が似合う、美しい少女だった。
「おはようございます。姫さま」
「うむ、おはよう! よい朝だな! ポチよ」
心に音色を響かせる声。素敵な作りの黄金のティアラを頂いた、同じく金色の長い髪。形のいい小さな顔には、桃色の瞳が愛くるしく輝く。唇もまた、若々しい水気のある桃色を、柔らかく光らせている。
彼女の名前は、エリス。
ルシーナ・エリス・プリンセシア。
ポチールは彼女に一礼し、要件を伝えた。
「エリーゼさまより
「うむ。承知した」
ティアラを手にとって、懐へ。大きな宝石の付いたブローチを、胸につける。
彼女がいま身に着けているのは、白い旅装。
目的地に着くまでは3日弱の見通し。依頼の内容次第では更に一、ニ週間ほどになる。けれども荷物は純白のリュックサックひとつ。母お下がりのマケットサック。
エリス姫は年中大陸のあちこちを飛び回っている。出現したアークエネミーの討伐。英雄騎士団ですら持て余すような事件の解決。
今回は、遠く離れた西の大国、ルミランスの国王から秘密の依頼を受け、彼女は行く。
「留守をたのむぞ」
「はい」
鏡の前で身だしなみを整えるエリスに、ポチは答える。
「足手まといにならなければ、ご一緒したいくらいですけど」
ふふ、エリスは笑う。
「わらわの隣に立つ者……理想は高いぞ」
〈勇者〉くらいでないと。
冗談めかして言う彼女に、ポチも笑顔で付き合う。
「では姫さまは、どのような勇者さまを求められます?」
「うむ。その者はな。賢く、勇気があって、そしてメガネをかけているのだ」
「眼鏡ですか」
ミヤー
窓の外の青空を、ポチの飼いドラゴン、ミケが横切った。
気持ちよさそうな鳴き声を尻尾の先に引っ張って、優雅に空を泳いでいく。
「――そういえば、ちょうど去年のいまごろだったな」
エリスはほんのりと懐かしげな目つきをする。
「いやあ、その節は……。お恥ずかしい限りです」
「なにを言うか」エリスは笑う。
「そなたは強くなっておる」
「……光栄です」
深みのある断言に、心から感謝を述べる。
ポチールは、ときどきエリスに稽古をつけてもらっている。今では13秒、彼女の本気に付き合えるようになっていた。
出会いの時を思い出しながら、二人は和やかな気持ちで外を見ていた。と、エリスの顔が険しくなった。
「人だ」
「え?」
エリスは窓から飛び出した。
「姫さまっ?!」
ポチールはバルコニーに出て、手すりに手をつき下を覗き込む。三十メートルほどの高さを飛び降り、堀にかかる石橋の上に着地したエリスが、一蹴りでトップスピードに到達してあっという間に地平線を目指す。
呆気にとられてその姿を見送っていたポチールだったが、エリスのつぶやきを思い出す。
そしてとりあえず、その旨を彼女の母、エリーゼ女王に連絡をと、部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
数分前。暗い部屋。
ぼんやりと、意識が戻ってきた。
ほの暗い空間の中に、なんらかの計器が発光している。
暗闇の中に浮かび上がるのは、なにか円形の舞台装置だろうか。自分はその真ん中に立っている。
声がした。
見上げる。
背後に光を背負って、人影が五つ。部屋の上方に、横に並んで。弧を描き、取り囲むように。
――時は来た。
声は重々しく響き、降り注いだ。
――かつて傷つき、眠りし者よ。
――汝が目覚めるときが、いよいよ訪れた。
――汝を苛んでいた、傷は癒えた。
――いまこそが、永きに渡る汝の、封印が解かれるときだ。
――汝は我々神々の代行者となり、地上に降り立つ。
――汝が身につけている装備は、その為に我々が用意したものだ。
――一つは、無限のリュック。
――一つは、奇跡の腕輪。
――一つは、勇者の証。
――一つは、旅立ちの資金。
――そして、学びの書。
――世界の知識が
――読み、学ぶのだ。
――そして、つるぎ。
――人が造りあげし、汝のための力。
――
――この世界に、大いなる
――世界をめぐり、己を鍛えよ。
――
――そうして
――〈ルミランス〉を、目指せ。
――汝の運命が、そこに待ち受けているだろう。
――さあ、旅立ちの時だ。
――勇気を胸に、誇りを抱いて、雄々しく戦え。
――〈勇者〉よ。
演奏を終えるように、朗唱が終わる。
少年を囲む人影が、活気を持って動き始める。
鍵盤を叩くように、何かの数値を入力している。
――転移術式始動、制御開始。
――座標設定、横軸。よし。
――縦軸。……よし。
――高さ……、
*おおっと*
少年は、光に包まれた。
突如床が抜けて、青空の中に放り出された。
重力に引かれて、果てしない空の中を落ちてゆく。
風切音が耳元で鳴り、ぐるりと回る視界の先に、緑なす大地の広がりがあった。
少年は、高高度からの絶賛墜落中であった。
(落ちる、落ちていく。どこから、どうなる。死ぬ?)(……?! おい、おいなんだ、おい、?!)(高度、三千メートルくらい? 手段、ない。残り時間は一分ほど。本を読む?)(どこだここは、いや、落ちてるのか?!)(生きる。あがく。理由はある……? ――空が、きれいだな)(空?! いや、俺は……ここは……?)(せっかくだから、このまま空を見ながら落ちようか)
混乱。しているらしい。思考はひどくぶつ切れに、混線しているようなありさま。
さすがに、はっきりと、死を目前にすれば、これだけパニックになるみたい。
これも人間らしい死に様、というやつだろうか。
そんな思いにちょっとだけ嬉しくなって、ほほ笑み。
大地に叩きつけられ、少年は気絶した。
エリスは駆け寄った。
うつ伏せになって倒れているのは、少年のようだった。
叩きつけられ、跳ねて転がり、土と草にまみれてはいるが、彼の身体の上には気絶状態を示す白い砂時計のアイコンが浮かんでいる。
「よかった。まにあった」
ひとまず安堵し、近寄る。
さてとりあえず……うつ伏せも寝苦しかろうと仰向けにして、
エリスの目が見開かれた。
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