Love to BraveⅠ 前編 ~勇者と姫~

ビギニング


 

 スペース紀元より半世紀。

 対邪神用要塞。

〈邪神の宣告〉――世界スペース消滅まで、残り24時間。



 人類の希望は託された。

 兄のために剣を取り、少女のために血を流し、やがてすべてを乗り越えて、勇者と呼ばれるに至った少年一人と。

 驚異の計画を母体とし、第四の種を宿しつつ、人智の外を歩みながら、人を護りて在れと生み出された少女一人に。



「――以上が、〈最終作戦〉に関する、最後の連絡事項です」


「はい」


 男性に、少年が答えた。

 柔らかい髪は明るい茶色。縁無ふちなしの、丸い眼鏡をかけている。

 彼の隣には、少女がいる。

 金色が美しい長い髪に、透き通るような薄紅の瞳。

 二人の身長は、そう変わらない。少年は、その年頃としては背が低く。対して少女は、スタイルが良く。百六十と半ばほどで、わずかに少年の目線のほうが、彼女よりは上にあった。


「それでは、調整が終わり次第、〈剣〉はこちらへお持ちします」


 しばし、お待ち下さい。


 一礼して、男性はその場を離れる。

 目礼して彼を見送った少年に、少女が声をかけた。


「いよいよだな」

「うん」


 二人は、向かい合う。


「調子はどうだ?」

「すごくいいよ。ごはんもたくさん食べたからね」


 少年の返事に、少女は、にかっと笑った。


「いつも通りだな。うん。問題は無さそうだ」


 視線をそらしながら、ふん、と笑声をこぼす少女。

 そして外した眼差しを、わずか上の方に、ふわりと浮かせながら、


「ありがとう」


 少年を、見つめた。


「わたしがここまで頑張れたのは……、お前がいてくれたからだ」


 少年は、大切なものを受け止めた微笑みを浮かべて、うん、とうなずく。

 少女も、ふふっ、と笑い、


「もう少し、わたしに、付き合ってもらうぞ」


 嫌だと言っても引きずっていくからな。と、楽しげに目を細める。

 思いのかよった眼差しをレンズ越しに見せて、少年も頬を緩める。

 更に言葉を重ねようとした少女に、少年は声をかけた。


「ねえ、エル」

「んっ、?!」


 少女の声を止めた少年は、穏やかに言った。


「ありがとう。

 ――ぼくも、嬉しいんだ。

 君と出会えたことが、一緒にここまでこれたことが。

 本当に、嬉しいって、思えるんだ。

 ――すごく、幸せなことなんだ。

 だから、君にも伝えたい。

 ありがとう。エル。

 あと少しだけ……、がんばろうね」


「あっ、ああ。そっ、。うん。も、、もちろんだ。ゆっ、ゆ、ゆ………ろ、ロイド」

「名前で呼んでよ、ぼくの」

「い、いやだ」

「どうして?」

「は、はずかしいからだ!」


 部屋のあちこちに、優しい笑い声が上がる。


 この大部屋までが、怪我人たちでいっぱいだった。

 血のにじんだ包帯を巻き、四肢の一部をなくした人も多くいる。

 けれど、彼ら彼女らの雰囲気は死んでいない。まだ、戦ってやろうと。闘争を決意した者たちだけが持つ、穏やかさに満ちている。


 ここを人類最後の砦と、決めた人たち。


 少年と共に戦うことを、決めた人たち。


「そ、それからわたしのことも名前で呼ぶな!」

「どうして?」


 答えのわかっている問いかけをする。

 少女は更に顔を赤くして、


「は、は、は、はずかしいからだ!!」


 さきほどよりも大きな笑い声が、周囲に広がった。



 部屋を離れていた男性が、ケースを持って戻ってきた。

 数人の技師たちを連れている。

 少年の前で立ち止まった男性は、技師の一人にケースを持たせて、それを開く。


「お待たせしました。 ……どうぞ、ご確認を」


 それは、つるぎ

 太い鞘に収まった剣に見えるが、これはそのままを全体とする一つの機構であった。

 全体の長さは80センチメートルほど。しかし柄は両手で握れるほどにあり、刀身は短い。

 オーバーソウル能力者としての――中でも更に特別な少年にだけ扱える、専用の決戦兵装。


 その立ち姿。

 少年は、剣を手にして。

 お世辞にも、見栄えがする様子ではなかった。

 少年が纏う雰囲気も、剣の見た目のちぐはぐさも。

 映えない、という点では、相応する二つではあった。

 けれども、それらは、秘めていた。

 剣は、人間の執念と血、誇りを内包し。少年は、眼鏡の奥の瞳に、超然を宿し。


 そして少年は、剣を腰にき、感謝を込めて、男性たちに頷いてみせる。

 男性たちも、笑顔を返す。


 少年は、少女と向き合う。

 やがて呼ばれるに至った二つ名を持つ少年は、少女をまた、特別な名で呼ぶ。

 それは二人の出会いを――二人の物語を彩る、大切な呼び名。


「いこうか、姫」

「うん、勇者」


 いってきます、兄さん。


 思う声を、家族に向け、少年は部屋にいる人たちに、ぺこりと一礼する。

 皆は、それぞれの気負わない挨拶を、少年に返す。

 少女は、いつもの自分を見せる。人の守護者として、安心せよと、今は意識して行なっている傲岸ごうがんさで、頷いてみせる。


「勝つぞ」

 強い視線を向けられて、少年は、

「ねえ、姫」

「うん?」


 彼は、言う。


「ひとつだけ。君に、お願いしたいんだ。

 ――ぼくを、信じて。」

 ふふっ、と少女は笑い、

「うん!」


 それだけで。少年は、勇者になれる。


 立ち向かうために、く。

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