第29話 リリス・オンステージ

 そこら中でボンボン鳴ってる重低音に身体を揺らしている悪魔共をなかば突き飛ばすようにして、あたし達はヴァルプルギスを突っ切ってゆく。


 チンタラ歩いてるとタケルを狙って化け物共が群がってくるだろうし、だったらヤられる前にこっちから蹴散らしていけば話が早い。


 気が付けばあたし達の半径五メートル以内には誰もいない空間が広がっていた。


「やっべえ、少しやり過ぎたかな。てか、メインステージってどこだ?」


 あたしがそうボヤいた矢先、三メートル程先に巨大なステージを発見した。多分アレがメインステージだろうとあたりを付けた。


「タケル様。どうやら間に合ったみたいです」


「ふにぇえ?」


「しっかりしてくださいな。リリスちゃんのショーが始まるみたいですよ」


 ステージの照明が突然落とされ、ざわついていた辺りが静まりかえる。ついさっきまで鳴っていた重低音も止んで、ブースではDJまでもがステージを見つめている。


 ステージに一匹のデカいカエルが現れる。カエルはタキシードを着てマイクを握っている。


「エイ!調子はどうだいパーリィピーポー。今夜のヴァルプを楽しんでるかい?」


「イェエエエエエエエ!!」


 そこら中から歓声が上がる。いつの間にかあたし達の周りに化け物共が戻って来ている。だが化け物共は誰一人としてタケルに目を向けない。奴らは今、ステージに釘付けだ。


「良い感じみたいだな。それじゃあ今夜のスペシャルゲストを紹介するぜ。『夜の女王』『地獄の歌姫』お待ちかねのアーティストだ!」


「ウォォォォォォォォオ!!!」


 会場の熱気は増してゆく。


 タケルはそれに気圧されてか、ただただ口を開けて立っていた。


「レディースエンドジェントルメン。ボーイズエンガールズ。紹介しよう!!」


辺り一帯が息を飲む。


「リリスゥゥゥゥ!」


「ヤァァァァァ!!」


 歓声の後の静寂。そしてごく低い、弦楽器の音がゆっくり聞こえてくる。突然、もうもうとした煙幕が焚かれステージは煙に包まれる。それはあの手紙から出てきた煙と同じピンク色だ。そして、ユラユラとうごめく影が現れたかと思えば歌声が聞こえてきた。


 たった一筋の絹糸のような歌声。


 それはとても美しい声だ。例えるならそうだな、夜に突然降り出した雨の様だ。それは最初聞こえるか聞こえないかだった雨音が、ある瞬間にせきを切ったような轟音になる。透き通ってはいるが、降り続くウチにそれは恐怖に変わる。いつ終わるとも知れないその轟音が、やがて自分を隅から隅まで侵食してしまうのではという恐怖。お袋の声はそんな不安な気分にさせられる。


 お袋がいつも最初に歌う曲は決まっている。奴の二つ名にもなっている『夜の女王のアリア』だ。この曲はオペラの中で歌われている曲だそうだ。人の世界では高音域の出るソプラノ歌手の為に作られたとされているが事実は異なる。


 ここで少し昔話をする。


 昔、若くて才能に溢れる作曲家がいた。彼は押しも押されもせぬ人気で美しい妻もいて満足した人生を送っていた。


 ある日彼が、きまぐれに場末の酒場で一人で飲んでいた。まあ誰にだってそういう時はある。


 そこに一人の美しい女が現れ、彼に酒をねだった。彼女はまるで色香が人の形に固まった様なとんでもなく艶っぽい女だった。


 彼は心良くそれに応じたが、代わりに何か歌ってくれと要求する。彼女はそれを快諾し、ワインをがぶ飲みした後に聞いたこともない歌を一曲歌った。それは彼の人生の中でも最高峰と言って良いほどの歌声と美しいメロディだった。


 彼はその場でペンをとり、そこらにあった紙片に一曲の歌を書きなぐった。先ほど耳にした歌をヒントにして。そうして出来た曲が『夜の女王のアリア』である。


 この酒をたかったエロねーちゃんがあたしのお袋であり、その日から心を失ってしまい数々の奇行に走る事になる天才作曲家がかのアマデウス・モーツァルトその人である。


 誰も知らない事実だが、この曲はお袋の為に書かれた曲なんだ。


 会場全体がお袋の歌に聞き惚れている。いや歌だけじゃない。お袋の一挙一動。ステージパフォーマンス。全てが計算し尽くされ、見る者を魅了する力に溢れている。


 曲の見せ場がくる。この曲はかなり難易度の高い曲で実際悪魔の中でも上手く歌える奴はそういない。ちなみにあたしも無理。


 特にお袋の「コロラトゥーラ」は別格で悪魔にして神業と言われる程だ。コロラトゥーラってのはこの曲特有の技法で、アホみたいに高い音を自由自在に駆使すること。人間だろうが悪魔だろうが、コイツが出来る者はごく限られている。


 コレを歌っている時だけ、あのワガママでクソ淫売ビッチな母親が恐ろしくらい美しく見えるから音楽の力は偉大だと思うね。


 お袋が歌い切り伴奏が一気に盛り上がり曲が終わる。一呼吸置いてお袋が一列するとそこら中から歓声と拍手が沸き起こる。凄まじい人気だ。


 さっきのMCカエルからお袋にマイクが手渡される。


「ありがとう!みんなありがとう!愛してるわん♡」


「はーーーーーん!」


 何匹かの化け物が目がハートになって地面に倒れ込む。キモい。耐え難い光景だ。何が悲しくて自分のお袋が投げキッスして倒れていく奴を見なきゃいけないんだ。さっきまでの感動を返してくれ。


「それじゃあ、二曲目!いっくよーーーん♡」


 その言葉の直後、どこからか地を揺るがほどの怒号が聞こえた。振り返ると、どこからか集まってきた悪魔たちが物凄い勢いで走ってくる。


「ヤバい!タケル様!来ました!気を付けてください!」


「え?なに?」


 タケルはまだ歌の余韻に浸っている。不味い。このままだと奴らを抑えれない。


「もう良いです!そこに居て。なるべく気をしっかり持って集中していて下さい!でないとマジで、死にますよ」


 あたしはタケルの立っているところに急いで結界を発動させた。


 次の瞬間、ステージの準備が整いリリスがデカい声で叫ぶ。


「それぢゃ二曲目、『メロメロ♡ブロッケン』いっくよおおお!」


「うぉぉおぉっぉおぉぉ!!」


 目の前にいたデカい蝿みたいな悪魔が何処から取り出したのか真っ赤なハッピを纏う。そこには『リリス♡命』『魂♡捧げます』とか書いてある。


 すこぶる早めの四つ打ちドラムが鳴り出し、お袋が足でリズムをとっている。


 いつの間にか最前列には、蝿の悪魔と同じようなハッピを着た連中で埋め尽くされていた。彼らはまるで訓練された兵隊の様に同じ掛け声同じ動きをして曲の合間合間で合いの手を入れる。


 さっきまでの雨音みたいな歌声とは真逆、いつものクソ甘ったるい地声で脳ミソが砂糖漬けになりそうなくらいのイカれた歌詞を歌っている。オマケに恥ずかしい振り付けつきときてる。


 え?歌詞を見てみたいって?


 止めといた方が良いと思うけど。まあそこまで言うなら仕方ない。下に記載しておくから自由に読んでくれ。


続く

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