第28話 ヴァルプルギスの夜

「海千山千幾億万千。酒と音楽、恋に華。何でもござれ、何にも要らぬ。あたしゃアンタの隣が良い。さあ、扉を開けておくなんまし」


 分かってる。ダサいよな。あたしだってこんなの嫌だ。でも仕方ない。合い言葉なんだ。


 呪文を唱えた瞬間、空間に亀裂が産まれ、人間がやっと一匹入れるくらいの隙間ができた。


「じゃ、先に行ってます。合言葉をくれぐれも間違えない様にお気をつけください。


 そう言ってあたしは中に入った。ゲートを潜れば、そこは別世界だった。まるで夜から朝へ、扉一枚隔てて別々の世界が存在してる感じ。


 文字にするとややこしいな。なかなかあの感じは伝えにくい。


 例えるなら、全ての感覚を失っていた奴が一瞬でその全てを取り戻した様な気分。世界が開ける。そんな感じ。これで分かるかな。


 あたしは目を閉じて耳を澄ます。鳴っている。確実にあの音が鳴っている。今度は夢じゃなくて現実に。


 あたしはまさに、狂喜の宴にやって来たのだ。この胸がバックンバックンに高鳴っているのは、あたしが悪魔である何よりの証拠。我が全身が喜びを噛み締めていた。


 やっぱり、なんだかんだ言ったってヴァルプルギスの夜はワクワクしちまうもんなんだ。


さっさとやる事やって、今晩は踊り明かそう。そう考えていた。


 そんな矢先に、すぐ後ろから聞こえてきた情けない声ですっかり出鼻を挫かれそうになる。


「ふぁああん!メフィスト!どこ!置いてくなよ!馬鹿ヤロウ!!おい!どこ!ふざけんなよぉ!」


 パーティで冴えないツレのお守りをするくらい耐え難い事は他にない。まあしょうがないんだけど。


「タケル様。こっちです。ちゃんと目を開けて前を向いて下さい」


 大方目を開けるのが怖くて手探りで歩いてんだろ。全く情けないなさの見本みたいな男だ。


「ほえ!なんで俺のしてる事が見てもいないのに分かるんだ!」


「おバカで意気地なしのやる事なんざすぐ分かりますよ。それこそ目を瞑っていてもね」


 タケルはキーキーと猿みたいに喚いて抗議したがあたしは生憎と、特別な力を使わない限りは動物の言葉は分からないのでシカトして歩き出した。


 相変わらずの木だらけの場所だったが一変してさっきまでの雪景色は何処へやら、青々と生い茂って真夏の様である。オマケに気温も高いようだ。


 あたしはさほど感じないがタケルは腕まくりをして汗をかきまくっている。


「こんなんじゃ風邪ひいちまうよ。一体どうなってんだ」


「結界のせいでしょ。自然が勘違いしてるんですよ」


「結界?」


「こん中は大掛かりな結界の内側なんです。人の世界と悪魔どもを隔離する為のね。ホラ、もう見えて来ましたよ。アレがヴァルプの開場です」


あたしは音のする方向を指差す。あたし達がいたのは見晴らしの良い小高い場所で、少し歩くと開けた場所が一望できた。


 そこはまるで巨大なサーカスと遊園地の合体した場所。山の中だってのに馬鹿でかいステージや乗り物。大小様々なテントが立っている。


 とにかくグチャグチャしててまとまりってのがまるでない。まさに混沌カオスそのもの。


 だけどたったひとつ共通してるのはそこでは常に音が流れている。腹にズンズンと響く低音。誰かがマイクを通して魂を込めた歌を歌っている音。そして、狂喜乱舞する魑魅魍魎の歓声。これこそがヴァルプルギスの夜。


「おいおい。宴会だってきいてたから、せいぜい町おこしイベント程度に思ってたんだぞ。……こんなに大規模だなんて聞いてない」


 横ではタケルの開いた口が塞がらなくなっている。


「言いませんでした?ヴァルプルギスの夜は一度死に、そして先ほどの酔っ払いのじいさん『酔いどれキャレイド』のお陰で再び蘇った。かなりの大規模なレイヴとして成長に成長を重ね、今や魔性共の間では世界で一番の人気野外イベント『VARUPU《ヴァルプ》』に変貌を遂げたんです」


 無限に広がる混沌を目の当たりにしてタケルは足が震えているようだった。


「タケル様、大丈夫ですか?まだ引き返せますぜ」


「だ、大丈夫だ!愛しのリリスちゅわんに会うまで、俺は絶対に死なん!」

 

 なんなのコレ。一ミリもカッコ良くない。


「では行きましょう」


 あたしは再びタケルを促す。


 丘を下って行くとアルファベットで「G」と書かれた看板があり、その下に木で出来た小屋が建っていた。このあたりはいつもと変わらない感じだ。


 あたしは小屋の窓口でスタッフっぽい奴に声をかけた。


「リリスのプライベートスタッフなんだけど楽屋テントはどこかな?」


 あたしがそう尋ねとソイツはさも面倒臭さそうにコッチを向いた。


「パス、あんの?」


 あたしは持っていたスタッフパスを見せる。


「ホラこれで良いだろ」


「おい、そっちにいるのはアンタの連れかい?おいおいおいおい、もしかしてソイツ人間じゃねえのか?」


 受付はタケルに気が付いて驚いている。あー良い加減このリアクション面倒くせえ。あたしは面倒臭いのが大嫌い。


「だったら何?ツレもパスは持ってるよ」


「だとしてもダメだ。人間がヴァルプに来てはいけないキマリになっている!」


「リリスのご要望なんだよ。わかんだろ?粋のいい人間の男だぜ?」


「ええ?ああ……まあ……なあ……」


 受付は困惑したままだ。当のタケルは鼻をほじっていやがる。なんとも言えない。大物だと言えばそうなのか。


「とにかく時間も無いんだ。早く教えてくれ」


「知らねえぞ。人間がヴァルプに入って生きて出られた話は聞いたことない。どうなっても知らねえからな」


「え?生きてってことは、過去にも人間が入ってきたことはあんのかい?」


とタケル。それを聞いて受付はニヤけながら言う。


「ああ、あるさ。主にアンタと同じで食料としてだけどな。楽屋は25番のテントだ。だけどもうメインステージに行った方が良いかもな」


「なんで?」


「あと三分でリリスのショータイムだ」


 あたしはタケルの首根っこを掴むと全速力で走った。まあ正直、全速力ってのは比喩であって本気で走ったワケじゃない。本気は流石に速すぎるからね。まあそれなりに速く走ったってこと。


続く

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