第26話 大酒一気飲み勝負

「あたしの勝ちだな。じいさん」


 空になった瓶を掲げ、じいさんに対して勝利を宣言する。


「なんてこった。姉ちゃん、一体何しやがった」


 青黒いじいさんの肌が、怒りで真っ赤になる。


「どんなイカサマをしやがったああああ!言えええっ!!小娘!!」


 酔いどれキャレイドはブチキレてあたしに掴み掛かろうとするが、相手の動きは鈍くかわすまでもない。


「頭を冷やせよじいさん。アンタみたいな名のある悪魔が、勝負に負けて暴れるなんてあんまり格好の良いことじゃねえ」


「勝負だ?イカサマをしやがったクセにまだそんな寝言ほざいてんのか!言え!どんな細工しやがった!!?」


「ああ。確かにイカサマした。だがそれがなんだ?あたしは真っ当に勝負するなんて一言も言ってないね」


 あたしはじいさんの繰り出す攻撃をかわしながら続ける。


「開き直りやがったな!このアマ!さあ言ってみろ。タネを聞いてから八つ裂きやる」


「まあそう焦るなよじいさん。瓶の底を二重にさせてもらったんだ。二重になった底に液体を入れて、あたかもまだ瓶に中身が残っているかの様にみせかけたのさ」


「クソっ!なんて子供騙しなんだ。待てよ、でもお前の瓶と俺の瓶は事前に交換した筈だ。まさかお前、俺が取り替えると言い出すのを前々から分かっていたのか?」


「そんなわけあるか。簡単だよ。両方に同じ細工をしてたんだよ。だから勝利条件を飲み干すことだけじゃなくて、ちゃんと宣言する事も含めたのさ。あたしは細工の事を知ってるから、例え液体が残っている音がしても瓶は空だと分かっている。だからどうしたって、あたしの勝ちは間違いない」


「おいおい待ちなよねえちゃん。それじゃダメじゃねえか。二重の底にも酒が入ってたら全部飲み干した事になんねえだろ?勝負にならねえじゃねえか」


「ああ。それは液体だってさっきからいってるじゃんか。二重底の下の方に入ってるのは酒じゃなくてただの水。だからあたしは瓶の中の『酒』を飲み干したらと言ったんだよ。どうだいじいさん」


 あたしはこれ見よがしに瓶を振ってみせる。ちゃぷちゃぷと、水が揺れている音がする。じいさんは既に戦意を失って縮んできている。肌の色も段々落ち着いてきた。


「あーあ。なんだか狐につままれた気分だ。悪魔だってのに情けねえ」


「じいさん面白いこと言うな」


「姉ちゃん、もう一つ合点がいかねえんだがよ」


「なんでも聞いてくれよ」


「仮に今言ったこと全てが上手く運んだとしてもだ。しかし俺が、酒が残ってるかなんて疑問に思わないで構わずに『上がり』を宣言していたら姉ちゃんの負けだった。その可能性は考えなかったのかい?」


「いや、それは絶対ないね。」


「どうして言い切れる!?」


 あたしはじいさんの肩に手を置いて抱き寄せる。


「だって、じいさんはあの有名な『酔いどれキャレイド』だろ?酒に関しちゃ相当意地汚いって聞いてる。でもってコイツが稀代の銘酒、『クロコダイルの涙』ときた日にゃ、絶対一滴も残さず飲み干してえと思うだろって考えたのさ」


 そう言った途端じいさんは豪快に、すこぶる気持ち良さそうに笑いだした。


「アーッハッハッハッハ!こいつは、一本どころじゃねえ!二本も三本も取られたなあ」


「おいメフィスト、一体何やったんだ?私には全然わからなかったぞ」


「まあセンセ。あたくしが言った事を最初からよく読み返して。それでも分からなかったら別に無理して理解していただかなくて大丈夫です」


「はあ?」


 あたしもじいさんに合わせて、豪快に笑う。源田だけ取り残された様に首を傾げていた。


「さて、ともかく納得していただけたかな?」


「おうともさ。姉ちゃん。アンタの勝ちだ。約束通り二人ともゲートまで案内するぜ。ついてきな」


 そう言うとじいさんはヒョイと立ち上がり、すたすたと歩き出した。


「行きましょうセンセ」


「大丈夫なのか?あのじいさん信頼して?」


「悪魔は勝負ごとの結果は絶対守りますんで」


「おーい置いてくぞー!」


 じいさんはもうかなり遠くまで歩いてる。あんな酒を飲んだのに全くの素面みたいだ。


 しばらく倉庫街を歩いていたが、そのうちに景色が変わり、違う匂いが立ち込めだした。


「ここはもしかして……」


「海か?」


 目の前には夜の夕闇と同じくらい底なしの海があった。不気味で、なんとも美しい。


「乗ってくれ」


 じいさんは何隻か停まってあった小型のボートの一つに飛び乗ると、あたしらを手招きした。


「どこか……別の場所行くのかな」


「まあ着いて行きましょう」


 小型ではあったがしっかりとしたモーターが積まれていて、じいさんがエンジンをかけると物凄い音を立てて水しぶきを上げた。


「しっかり掴まってな」


 言うや否や、すさまじいスピードでボートが動き出す。


「うぁ!?ヨハネの馬より荒いぞじじい!」


「悪魔はみんなスピード狂なんですよ」


 じいさんはただ黙ってニヤニヤ笑っていた。


 随分いったところで突然ボートは止まり、じいさんは懐からタバコを取り出して火を点けた。


「姉ちゃん、確か『夜の女王』の護衛に行くって言ってたな。向こうで会ったらキャレイドが宜しく言ってたと伝えてくれ」


「じいさん知り合いなのかい?」


「昔馴染みさ。そういや、姉ちゃんの名前聞いてなかったな。教えてくれや」


 あたしは手を差し出し握手を求める。


「メフィスト、メフィストフェレスだ」


「そうか。ねえちゃんが『あかつきの娘』か。道理でキレもんだ。おい。やつに負けんじゃねえぞ」


「ありがと。じいさん」


 あたしも有名になってきたのかな。


 それにしてもさっきからじいさんは握手に応じてくれない。あたしは手を差し出したまま間抜けに突っ立っている。


「おいじじい!何でも良いが早く進んでくれ!いつま休憩してるんだ!?」


 じいさんはタバコを咥えたまま立ち上がり言う。


「なあに、。じゃあ俺はこの辺で。せいぜ頑張りな。暁の娘よ」


 そう言って突然羽根を広げたかと思うと、じいさんは空に飛び立った。


「おい!じじい!飛んでくな!待てキサマ!」


 慌てふためく源田とは逆に、あたしは周囲に漂うただならぬ気配を静かに感じ取っていた。なんだかとてつもなくヤバいのがくる。こいつは、デカい。


「マズイ、なんかきますぜ」


 突然海面が壮絶に盛り上がりボートが揺れ、あたしたちは立ち上がる事すら出来なくなる。


 その時目の前に、馬鹿でかい山が突然現れた。だがそいつが山なんかじゃなくて、なにかの大きな口だと分かるのに、数秒ほどかかってしまった。


「うぁあなんだありゃ!怪獣ううううう!」


 源田はまたも涙をながし、あたしにすがりついてきた。馬鹿でかい口に飲み込まれた。


その時上空で


「リリスに伝えてくれ!今でもアンタの歌声を愛してると!」


 というキャレイドの嬉しそうな声が聞こえた様な気がした。


 そこであたしは意識を失った。


続く

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