第25話 酔いどれキャレイド

「なんだメフィスト。もうヴァルプの会場に着いたのか?」


「いや、それがさ叔父さん。困ってんだよ。入り口の門番があの『酔いどれキャレイド』のジイさんみたいなんだわ」


「げ、あのジジイまだ生きてたのか?」


「そうなんだよ。それでさ。ちょっと頼みがあるんだけど、叔父さんの秘蔵のラム酒、二本くらい譲ってくれない?」


「なんだあ?賄賂か?そういうのが通じるタイプじゃねえと思うが」


「ああ違う違う。ちょっと考えてがあるの」


「いやしかしなあ。秘蔵っつっても……」


「『クロコダイルの涙』持ってんでしょ?」


「ばっ!?」


 叔父さん、炎の中でも分かるくらい動揺してる。


 クロコダイルの涙ってのは、悪魔のラム酒の中でも珍品中の珍品。超極レア級ってわけ。


「お前!なんでそれを!?」


「あっ、やっぱり持ってるんだ。叔父さんすげえ」


「ハメられた……クソっ」


 あたしはカマをかけた。叔父さんなら持ってると踏んでね。


「アレはいざという時の酒だ。そう易々と渡せるか」


「じゃあ今がそのいざという時だ。それとも、お袋に叔父さんがライブには行かないって今すぐ伝えてもいいんだ。お袋はリハをほっぽり出して叔父さんとこに来るだろうね」


「ぐえ……」


 叔父さんは黙って炎の連絡便にとっておきのラム酒を投げ込んだ。


「これこれ」


 あたしはクロコダイルの涙を手に取り瓶の構造を確認する。


 よし、これならイケる。あたしは手早く瓶に細工をして急いで源田のもとへとって返した。


 源田は喰われてこそなかったものの、すっかりじいさんにビビってしまいあたしの顔を見つけるなり泣き出してしまった程だ。


「どごいっでだんだめびずどぞぞぞぞお」


「はいはい。良い子にしてましたかー。ねえ坊ちゃん」


「姉ちゃん、てっきりコイツを置いて帰ったのかと思ったぜ。もうそろそろ喰おうと思ってたのに」


「じいさん。こんなの喰ってもロクなもんじゃないよ。それよりコイツをらないかい?」


 あたしはニ本のラム酒瓶をじいさんの目の前にチラつかせる。途端に腑抜けた顔のじいさんの目が鋭くなった。


「そいつぁ……」


 じいさんがすかさず手に取ろうとするがあたしが意地悪くヒョイと取り上げる。


「コイツはあの『楽園の蛇』から失敬してきた酒だからなあ。そんなに悪い代物じゃねえ筈だぜ?」


「悪いくないだと!?トンでもねえ!!姉ちゃん、ソイツは悪魔の銘酒『クロコダイルの涙』だぜ!!しかもニ本だなんて!!キリストもおったまげの珍酒だ!」


「酒にはあんまり詳しくないんだけどさ。ま、とにかくコイツで一杯やろうって言ってんのさ」


 そう言うとじいさんはまた元の腑抜けた表情に戻った。


「おいおい姉ちゃん。そうはいかねえ。酒で俺を釣ろうってんだろ。いくら酒をめぐんでもらっても、人間を通すわけにはいかねえ。賄賂はお断りだ」


 じいさんは手をシッシッと振ってあたし達を追い払おうとした。


「違うよじいさん。そうじゃない。そんなケチなこと言わないよ。なあ、あたしとひと勝負しないかい?」


「勝負だ?」


「そう。どっちがこのラムを早く飲めるか。あたしとじいさんで勝負さ」


「へえ。ねえちゃん。面白いねえ。何を賭ける?」


 じいさんの顔が段々変化して悪魔じみた面相になってゆく。悪魔はこと、勝負事ギャンブルには目がないのさ。


「あたしが勝ったらゲートへ案内してもらう。この人間も一緒に」


「そっちが負けたら?」


「この人間を、好きにして良いよ」


「あに!?」


 源田が詰め寄る。


「ダメだっ!そんなこと!美味しく食われちまう!な、メフィスト。頼むよやめてくれ」


「大丈夫です。あたくしを信じてください」


 源田はマジで泣いている。まあ悪魔を信用しろって無理あるか。


「ふぇふぇふぇふぇふぇ。いいねいいね。面白い。そうこなくっちゃ。でも姉ちゃん。なんで勝負なんて思いついた?」


「じいさんただの門番じゃねえだろ」


「ほう。というと」


 いよいよ気持ちの良い面になったじいさんは耳元まで口が裂けてヨダレだらだらである。


「アンタ、あの有名な『酔いどれキャレイド』だな」


「えひゃひゃひゃひゃ。すげえや姉ちゃん、よく分かったな」


「さっき自分で名乗ってただろ。それに、ただの門番のじいさんにしちゃ、気配が禍々し過ぎる」


「いけねえなあ。もう引退したんだ。だがそれと分かってて飲み比べを挑んでくるなんざ、ねえちゃんも大した無謀だな」


 じいさんの肌はみるみる青黒くなり、針のような毛並みの大猿に変身した。


「名のある奴と勝負してえ。それだけだ」


 あたし達は互いに並び勝負の体制をとる。


「ルールは簡単。先に瓶の中の酒を飲み干してデカい声で『上がり!』と叫んだ方の勝ちだ。ちゃんと宣言しなきゃ無効だぜ」


「分かった。スタートの合図はどうする?」


「センセ。お願いします」


「あ、ああ。分かった」


 源田がおずおずと真ん中に立つ。まだビビってるみたいだ。


「量は全く同じだ。それじゃいくぜ」


 あたしは構える。


「待った。姉ちゃん、待ちな」


「?」


 嫌な予感がする。


「コイツをもって来たのは姉ちゃんだ。俺の瓶に何か細工をしてないとも限らない。そっちを寄越せ。交換だ」


 このじいさんなかなか侮れない。


「おいメフィスト!」


「分かったよじいさん。ホラ、センセ。取り替えて」


 あたしは大人しく応じる。


「今度こそいくぜ?」


「おうともさ」


「それじゃ位置について」


 あたしとじいさんは構える。


「よーい、ドン!」


 じいさんとあたしは同じタイミングで瓶を傾ける。


 この「クロコダイルの涙」って酒は普通じゃない。悪魔の酒だ。一本だって並みの悪魔なら一週間ヘベレケになっちまうって代物だ。だから飲み干すなんざ容易じゃない。もちろん、それは酒豪で有名な「酔いどれキャレイド」だって同じだ。


 あたしは瓶を傾け良いペースで飲み進める。だがじいさんはやはり半端じゃない。もう既に飲み終わりそうだ。あたしはさらにペースを上げる。その時じいさんが瓶を口から離して、最後の一滴を舌にのせた。


「へへへ。悪いなねえちゃん勝ちだ」


そう言ってじいさんが瓶を下ろした瞬間、とぷんっ、と瓶から確かな液体の音がした。


「なに!?そんな馬鹿な!もう残ってねえはずだ!」


 じいさんはしきりに瓶を逆さにしたり振ってみたりする。


 確かに瓶は空なのだが、たぷたぷと音はするし底の方にもユラユラと影が見える。


「なんだこりゃ!どうなってる!?飲めねえぞ!」


 じいさんがそう困惑の叫びを上げていた次の瞬間、あたしは大きな声ではっきりこう言った。


「上がり!あたしの勝ちだ!!」


 瓶を下ろしてみれば、汚く色々グシャグシャになって喜ぶ源田と呆気にとられて放心するじいさんの顔がそこにあった。


続く

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