第23話 歌姫からの手紙
「ほいこれ。確かに渡したよ〜」
それだけ言うとニッキーは、また火柱を上げたかと思うと一瞬で地獄に帰っていった。
後にはお袋からのメッセージという封筒だけが残された。
「イヤだなー」
「開けろよ」
「スゲエ嫌な予感するんだよね」
「良いから開けろって」
あたしは嫌々ながらもニッキーがくれた封筒を開ける。
途端に桃色の煙と甘ったるい香りが辺りに立ち込め、その煙はみるみるうちに懐かしい姿に変わっていった。
『へロウ、可愛いベイビちゃん♡アマルも♡』
「うわ、きっつ!」
「うわ、クソッ!」
幾ら何でも久しぶりに見た身内の姿に対して「クソ」は言い過ぎじゃないかって?いや、もちろんあたしだって嬉しい。叔父さんだってお袋を見るのは久しぶりだからきっと嬉しいはずさ。だからこれには理由がある。
煙で登場したお袋は素っ裸だったんだよ。
「ああクソっ。最悪だぜアネキ」
全くこれには不快感を隠せない。誰がこんなもんを喜べるのか。
もちろんこれはお袋本体じゃない。煙に思念を閉じ込めて相手に届ける、地獄では割りかしポピュラーな連絡手段。
『地上の方はどうかしら?ベイビちゃんがいなくなってから
「最悪の気分だ」
お袋はなかなかの名推理だ。
『ところでまた、ヴァルプルギスの夜の季節が巡ってきたわ。もちろん覚えてたでしょ?』
「ああ嘘だろ忘れてた」
あたし達は頭を抱える。
『当然今回もアタシはアーティストとしてレイブに参加するんだけど、なんとビッグニュース!!今回はメインステージでライブなの!』
「嗚呼!!ヤダ!ヤダよぉお!」
ついに叔父さんは泣き出した。他人事じゃないけど、同情する。
『そんなワケでメフィスト、アマル。二人とも通年通り歌姫の護衛を頼んだわよん。報酬はあたしのキッス♡もしバックレたら、それに相応するペナルティを科すから気を付けてね。』
あたしのお袋は、マジで良い加減で淫売で、しかも自己中だ。
『スタッフパス2枚とおチビちゃんたち用のフリーパス3枚を同封しておくから。それじゃ会場で会いましょう。グッバイベイビちゃん。愛してる♡』
そう言い残してお袋の煙は消えた。後には甘ったるい匂いと胸糞の悪い気分だけが残った。
「はあ、マジで凹んできた」
「嫌だ。俺は絶対に行かねえぞ。ただでさえイヤなのにメインステージだなんて!ありえねえ!」
「でも叔父さん。行かないとお袋に何されるか解らないよ」
「だって!!あんな屈辱、俺には耐えられない!!」
なんであたしたちがこんな嫌がってるかは後で話すとして、兎に角あたしは叔父さんを説得するのに必死だった。
その時、背後から凄まじいプレッシャーを感じて振り返った。そこには先ほどイケメンに生まれ変わったばかりの
「な、何スカご主人様?」
「おいメフィスト。今の女の子は誰だっ!?」
「はぁ?」
あたしは思わず間抜けな顔で聞き返しちまうほど驚いた。
「ムッチリとした豊満なボディ。漂ってきそうな色香。そしてあの、トロける甘さのハニーボイス。全てがワシの理想の
ヒトじゃないけどね。自分のお袋に対する賛辞を聞くのがこんなに辛いとは思わなかった。考えうる最悪な出来事を未然に防ぐ為、あのアバズレが誰か説明して早々に諦めてもらおうと思った。
「いやご主人様。実はあの女は‥」
「あの子は超☆絶☆美少女、地獄の歌姫、リリスちゃんだ」
「リリスちゅわん!」
「え」
あたしは我が耳疑わずにはいられなかった。叔父さんの方を見ても絶対にあたしとは目を合わせようとしないし、脱皮してる時の蛇みたいな目をしてパクパクと口を動かしていた。
「リリスちゅわん……彼女は何処へ行けば会える?」
「彼女は普段、地獄にある自分の館でひっそり暮らしているんだ。もちろん人間が生きたままそこへ行くのは不可能」
「クソッ!なにか手は無いのか!?チンピラおじさん!」
「なくは無い。てかテメエ、チンピラじゃねえだろ」
「いいから!その方法とは?」
「知りたいか?実はな、リリスちゃんは数十年に一度この地上で催される『ヴァルプルギスの夜』の本祭で必ずライブをする事になってんだよ。その時だけは地獄の鎖から解き放たれ、地上の者も会う事が叶うって寸法さ」
言い方は大げさだけど大体は合ってる。厳密に言うと地獄で退屈してるババアが時折外に出て存分にハメを外してるってだけの話。
「だがその『ヴァルプルギスの夜』に行くのだって簡単じゃあねえ。人間なら尚更だ」
「なんとかなら無いのかい?彼女に会うためなら私はなんだってするぞ!」
「しかしな……過酷だぞ?」
「構うものか!」
「ヨシ!その心意気、しかと受け止めた。リリスちゃんのバックステージパス、特別に俺の分を譲ってやる」
「ほんとに!?」
「うわきったねえ!!叔父さんきったねえぞ!」
「黙ってろメフィスト。男の話し合いの最中だ」
なーにが男の話し合いだ。さっきまで泣きべそかいてたクセに。
「でも、チンピラおじさんは良いのかい?」
「俺の事は気にすんな。てかテメエ、マジでそれやめろ」
「ありがとう!恩に着るよ!」
源田は涙を流して喜んでいる。
「良いってことよ。男はな、惚れた女の為にいつだって全力であるべきだ」
「はい!先生!」
アマル叔父さんも涙を流して喜んでいる。男ってマジで汚い。
「はいはい、その辺でストップストップ。男の話し合いは分かったけどさ、ご主人様じゃ歌姫の護衛は務まんないよ?人間がどうこうできるレベルじゃないよ。アマル叔父さんかせめて三色姉妹クラスでないと」
あたしは流れをぶった切って入る。
「メフィスト、ちょっと来い」
叔父さんはそう言ってあたしの肩を組んで源田から遠ざける。
「なに?」
「頼むよお。一生のお願いだメフィスト。坊ちゃんを俺の代わりに連れて行ってくれえ」
「はあ?」
叔父さんはまたも半べそをかいている。
「ホントに行きたくないんだ。マジで頼む」
「でも、護衛はどうすんのさ。ホントにただの人間なんだよ?」
「お前が付いてれば大丈夫さ。いざとなったら娘たちも使っていいから」
「マジで汚ねえ」
あたしは呆れ顔になる。
「先生。メフィスト。どうしたんだ」
源田が怪訝な顔付きでこっちを見る。
「いやあ、メフィストがちょっと渋っててさ」
「ご主人様。歌姫の護衛で参加するんですよ?こことは比にならないくらい危険なとこに行こうってんですよ?『ヴァルプルギスの夜』に参加した人間なんて聞いたことない」
「大丈夫だ。私もしっかりする。それにリリスちゅわんを守る使命なら、私が一番適任じゃないか」
ダメだ。完全にイカレてる。
「いよぉっ!大統領よく言った!男だね!」
叔父さんもマジで調子がいい。
「あたくしだって、ことヴァルプルギスとなったら不安もありますよ。絶対反対です。それに……」
「良いかメフィスト!契約の三つの約束のひとつ!『誰もが振り返る美人との恋愛』今こそ叶えてもらおうじゃないか。命令だ!私をそこに連れて行き、リリスちゅわんとニャンニャンさせろ!!」
はあ。もう知らねえぞ。マジで。
「解りましたよ。ご主人様」
「イェーーーイ!」
「yeeeeeeeeeeees!!」
源田も叔父さんも小躍りして喜んでやがる。良い気なもんだ。
「面倒くせえなあ」
あたしは面倒臭いのが大嫌い。
「あーところでメフィスト、そのライブ?どこでやってるの?」
あたしは溜息まじりに返答した。
「ブロッケン山ですよ。ご主人様」
続く
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