第22話 若返りと生まれ変わりの薬
「なんだ!?この大量の白い粉は」
「良いから坊ちゃん。さっさとキメな」
アマル叔父さんが目の前の白い粉を
「メフィスト、誰だ?このチンピラは?」
「あたしの叔父様ですよ」
「早くしねえと頭吹っ飛ばすぞ」
叔父さんは源田にイライラしてる。
「叔父だと?怪しいな。大体なんだコレは?ヤレってのは、一体どういうことだ?」
「鼻から思いっきり吸い込むんだよ。片方の鼻の穴を指で塞いでさ。ホラ、吸い込み道具貸してやっから早くしろタコ」
「なんだこりゃ。吸い込み道具ったって、ただ紙を丸めたヤツじゃないか。大体なんで口じゃなくて鼻から吸うんだ?口じゃいかんのか?」
叔父さんは怒りでプルプルしてきていた。
あ、ヤバい。と思った時は遅かった。
「ウダウダうるっせエエエエエエエ!とっとと吸い込めええ!」
言うやいなや、叔父さんは源田の頭を掴んで粉だらけのテーブルにグリグリと押し付けた。
「ああばうぱうあっ!んんぼうぷふ!んんぼうぷふ!!」
という具合に、複雑怪奇な屁の様な音を出して源田は白い粉を存分に吸い込んでいる。
叔父さんの気の短いのは相変わらずの様だ。良いね。素敵だよアマル叔父さん。
いささか摂取し過ぎでは?というくらいに粉まみれになった源田を見てようやく叔父さんもクールダウンして手を離した。
「まーあこんなもんかな?どうだい坊ちゃん?なかなか上物だろ?」
そう言って叔父さんが肩を叩くと源田は突然物凄い勢いで咳き込み始めた。そうしてしばらくゲホゲホやっていたかと思うと今度はゲエゲエやり出した。
「おいおい。叔父さん、大丈夫かいコレ?ちょいと吸わせ過ぎたんじゃない?」
「大丈夫だよ。お前誰に言ってんだ?ま、見てろ」
叔父さんはリラックスしてそう言った。
源田はそのウチ盛大にえずき始めた。
「おゔぇえええぇええおゔぇえええ」
食事中の方は失礼。だが事実なので。
「ねえ叔父さん。オーバーしてんじゃない?」
あたしが不安そうに聞くと。
「良いから。俺を信用しろよ。ホラ!出たぞ!」
そう言われて見やると、源田の口から白くてネバネバした大きな塊は吐き出されたとこだった。
「なんだよなに吐いたんだ!?」
あたしは思わず声を上げたが叔父さんは至って 冷静だった。信じられない事に叔父さんは源田が吐いたモノをプニプニと触っている。
「ああ、出た出た。コレは‥
「欺瞞?」
「そうだ。おっ、また出た」
源田はゲエゲエとしながら次々と白い塊を吐き出している。正直、すこぶる気持ち悪い光景だ。
「コイツは
確かに、吐き出した後の源田はかなりスマートになっていた。ブヨブヨと付いていた脂肪は見る影もなく、哀愁の漂っていた頭部にはオアシスの豊かさが取り戻されていた。脂だらけだった肌には代わりに潤いがもたらされ、歳の頃なら十九、二十歳の青年といった身体つきになっていた。
身体は、ね。だが顔は前の
暑苦しさが増して、若い男特有の生臭さというか青臭さというか。兎に角臭い。
爽やかさが
「なあアマル叔父さん。確かに若返りはしたけどさ。顔がこれじゃ色々と不都合が‥」
「焦るんじゃねえよ。ここまでは第一層だ。ここから第二層へ
そう言って叔父さんはフラフラと立ち尽くしている源田の肩に手を置いて耳元で語りかける。
「おい坊ちゃん。聞こえてるか?テメエは今、産まれ変わっている最中だ。余計なもんが削ぎ落とされて言わばお袋の腹ん中にいるも同然の状態だ」
「うん」
源田は虚ろながら弱々しく頷く。
「そこでだ。テメエは本当はどんな人間になりたい?言ってみろ。今のテメエなら、クソみたいな建前だのを気にせず心底叶えたい自分の欲望を言えるはずだ。さあ言ってみろ。夢を、現実にしてやる」
源田は目を閉じたまま少しだけ考えて、ゆっくり喋り出した。
「若手イケメン俳優みたいに、笑っただけで女の子からキャーキャー言われる顔になりたい。トップアイドルの子をお姫様抱っこできるくらいのイケメンになりたい」
「続けな」
「そもそも私だって、何も好きでこんな暑苦しい顔に産まれたわけじゃない。子供の頃から不細工だなんだと言われて本当に辛かったんだ。勉強したって、スポーツを頑張ったってそこまで出来たワケじゃないから、誰も見向きもしてくれない。全てはこの顔のせいだ。もっと良い顔に産まれてれば。もっと違う人生だったはずだ。もっと人に愛されたい。もっと幸せになりたい。もっともっと、華やかな世界で生きていたいんだ!!!」
「じゃあそうなれば良い」
そのうち、源田の顔に変化が現れ始めた。突然肌が真っ赤になり顔中からもうもうと煙が立ち込めだした。
「ふぁああっ!ふぁああっ!熱いっ!熱いっ!助けっ‥水をっ!!」
源田は顔を手で覆い、そこら中を転げ回る。
「ダメだ。その熱はテメエの欲望そのものだ。それほどテメエの業は深い。受け容れろ。テメエがいかに
「うあああああああああ」
まるで炎に焼かれている人間そのものだった。だけど願いにはいつだって、相応の対価が必要になる。そうしてしばらく肩で息をしていたが、やがて落ち着きを取り戻した。
「オーケイだ。仕上がったぜ。坊ちゃん、メフィストに顔を見せてやんな」
立ち上がってこちらを向いた源田を見て、周りにいた全員が息を呑んだ。
よくいる整った顔立ちってのの見本みたいなツラだった。
一見すると人懐っこい顔なのだがそれでいてどこか憂いを帯びている。パーツひとつひとつの調律がとれていて、絶妙のバランスを保っている。中性的な様でもあり、しかし角度によっては猛々しいほどの男らしさを感じてしまう。
ま、つまり女連中はこの手の顔にはとんと弱いってこと。
その証拠にさっきまで見向きもしていなかったマシロやアオイ、アカネまでもが源田の顔に見惚れていた。
え?あたし?うーん、まあ男の魅力ってのは顔だけじゃないと思っているからねえ。そりゃあ良いに越した事は無いけど。どちらかと言えば、あたしは前の顔の方が愛嬌があって良かったと思っているくらい。
兎に角、自分の欲望に素直になった事で源田はグッと地獄に近づいた。この勝負、あたしが一歩リードした。
男前になった源田はマシロが持ってきた鏡を一心不乱に覗き込んでいる。
「これがワシ?これが?ホントに?イ、イケメン過ぎる」
「うんうん」
「確かに」
「間違いなく」
というやりとりを、もう三度も繰り返している。バカかコイツら。
「上手くいったじゃねえか」
「うん。みたいだね。ありがとうアマル叔父さん」
叔父さんはいたく上機嫌だ。
「ところでなんでまたこんな奴と契約したんだ?ていうか、なんで
「実はそのことなんだけど……ちょっとやっかいなことになっててさ。実は神と勝負することになっちゃったんだわ」
「なに!?オマエ、そらどういうことだ?」
その時にわかに風が起こり、突然床から炎の柱が上がった。
「はろーメフィスト。地上は慣れたかい?」
「ニッキー!?」
地獄の炎であたしの古馴染みのニッキー・ミナンジュが突然現れた。だが今回はあたしが呼んだわけじゃない。
「この間の契約は上手くいったみたいだね」
「お陰さまでね。良い炎だったぜ?」
「どういたしまして」
「おうニッキー、久しぶりだな」
「アマル様もお変わりなさそうで。相変わらず渋いですね」
ニッキーは仕事の最中は寡黙だがプライベートの時はよく喋る。
「ところで今日は何しに来たの?その様子じゃ仕事じゃなさそうだけど」
「ああ、メフィストにメッセージを預かって来たんだ」
「あたしに?誰から?」
嫌な予感がした。
「リリス様だよ」
「げ。オフクロかよ」
「げ。アネキかよ」
あたしとアマル叔父さんが顔をしかめたのはほぼ同時だった。
続く
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